落花狼藉
三鹿ショート
落花狼藉
自分が異常な人間だと気が付いたのは、幼少の時分のことである。
転倒し、膝から出血した少女が涙を流すその姿から、私は目を離すことができなかった。
周囲の人間は、涙を流すその姿につられてしまい、私が動くことができなくなってしまったのだろうと考えていたようだが、そのような理由ではない。
私は、傷つき苦しむ異性の姿に対して興奮するような人間だったのである。
ゆえに、気が付けば私は様々な異性に目を向けては、その人間が苦しみ、泣き叫ぶ姿を妄想するようになっていた。
だが、それが異常なことだということは理解していたために、たとえ恋人が出来たとしても、身体を重ねている最中に相手の首を絞めるような真似に及んだことは無かった。
何時の日か、心置きなくこの欲望を満たすことができるような人間に出会うことができるのだろうかと思っていたが、それは叶うことなく、私は年齢を重ねていった。
***
娘と公園で散歩していたところ、隣家の夫人とその子どもと会った。
会話をしながら歩いていると、不意に、他の子どもが遊びに使っていたであろう球が、夫人の顔面に直撃した。
彼女は顔面を押さえながら蹲ってしまい、駆けつけた球の持ち主は、謝罪の言葉を吐きながら頭を下げた。
顔面を押さえながらも、彼女は笑みを浮かべながら大したことはないと言ったが、鼻血が出ていた。
慌てて手巾を渡そうとしたところで、私はその姿を目にした。
それは、手に付着した血液を、彼女が頬を紅潮させ、笑顔で舐め取っていた姿である。
私が見ていることに気が付くと、彼女は取り繕うように感謝の言葉を口にしながら私の手巾を受け取った。
私は返事をすることなく、彼女の態度の意味を考えていた。
もしかすると、彼女ならば、私の欲望を満たすことができるのではないか。
そう思ったためか、私の呼吸は荒くなってしまっていた。
平静を装いながらも、子どもたちに聞こえることがないように、私は一か八か、彼女に問うた。
「痛みを好むのですか」
その言葉を聞くと、彼女は勢いよく私を見た。
しばらく見つめ合った後、彼女は顔を赤らめながら、首肯を返した。
その瞬間、私はその場で握り拳を作った。
***
互いの趣味に気が付き、一線を越えてしまえば、後は欲望に塗れた日々を過ごすだけである。
私の罵倒と乱暴な行為に対して、彼女は謝罪の言葉を吐きながらも、その身を捩らせながら、私への誘惑を止めようとはしない。
その願望を叶えるように、私は何度も腰を打ち付け、その度に、彼女は獣のような声をあげた。
我々は結婚する相手を間違ったのだと思いながらも、実際にそのような関係に至ろうとは考えなかった。
何故なら、愛する妻や夫を裏切ったことによる背徳感は、己の欲望を満たすときに強力な薬味と化すからである。
だからこそ、我々は、平時には互いの家族を尊重していた。
そして、二人きりになった瞬間、二匹の動物と化すのである。
我々は、人生において初めて幸福というものを味わっているような感覚を抱いていた。
しかし、因果応報というべき事態に直面することとなってしまった。
我々が宿泊施設から出ようとしたとき、まさに入ろうとした男女と顔を合わせることとなったのだが、それが私の妻と、彼女の夫だったのである。
我々四人は、しばらくその場から動くことはできなかったが、たとえ動くことができるようになったとしても、互いを責めることなど、できるわけがない。
その結果、我々は、他人の振りをして、その場をやり過ごすことにした。
そして、その後も、今回の件について触れることはなかった。
そのように行動すれば、何も問題が起きていないということになるからである。
だが、それから彼女と関係を持つことは、無くなってしまった。
互いが互いを裏切っていることが分かったために、背徳を感ずることができなくなってしまったからである。
結局、私は、欲求不満の日々に戻ることとなってしまった。
***
それから特段の事件に直面することもなく、時間だけが過ぎていった。
彼女とその家族は数年前に引き越してしまい、私の娘もまた、進学のために家を出て行った。
妻とは会話をするものの、何処か距離を感ずるようになっている。
その空気を嫌い、私は外に出ることが多くなった。
常のように散歩をしていたところで、私はその女性を目にした。
怪我をしながらも、顔を赤らめながら笑みを浮かべているその姿から、私は目を離すことができなかった。
どうやら、私の病気が治ることはないらしい。
私は呼吸を荒くさせながら、女性に近付いて行く。
どのような言葉を放つのかなど、決まっていた。
落花狼藉 三鹿ショート @mijikashort
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