三十一、終章「アライブ・アフター・デス」

 今度は、彼女とふたりで夜景をながめることになった。

 しばらく無言だったが、ふと彼女が言った。

「……なに、考えてるの?」

「うん、考えたら、まともなデートしたことないな、って」

「そうね。なんやかやあって、けっきょくドタバタしちゃうし。ライブやらでなにかいそがしくて、気がついたら、もう年が終わる、みたいな。

 でも、これって……」

 こっちを見て、複雑な笑いをした。

「長年つれそった夫婦みたいね」

「ええっ、まだ結婚もしてないのに」

 俺が驚くと、向こうはもっと驚いた。

「する気だったの?!」

「えっ、それは……」


 混乱した。

 結婚とかウザいから、しないで、ずっと恋人でいましょう、ってことなのか。それとも、するほど好きなわけじゃない、みたいな……。


 俺が疑惑でいっぱいになったのを知ったのか、海子はさとすように言った。

「したくない、ってことじゃないの。でも今はそんなこと、考えられないっていうか」

 ほっとした。

「もちろん俺だって、今すぐ、なんて考えてない。考えたら俺、海子のこと、ろくに知らないんだよ? 好きなのは完璧に事実だけど」

「そういえば、おたがいの家すら知らないわよね。気がつかなかったわ。興味ないわけじゃないんだけど、その……」と、ほほを染める。「わりと、こまかいことなんか、どうでもよくって」

「ああ、俺も――」

 うれしくなりかけて、ふと、いやなことを思い出した。


 そういやお袋は、連れこむ男がどんなにバレバレのホラをふいても、まるで気にしなかった。相手がどこの誰だろうが、どうでもいいって感じだった。

 げんなりした。

 なんで海子を、あんなのと重ねなきゃならないんだ。前世に対してきっぱりしてるったって、あのバカ女が、まだまだ俺の中にでかく残っているのは、たしかだ。


「最初に会った日、パロロで、あなたにあいさつしたでしょ」

 彼女は、俺のダウナーに気づかないように言った。

「そのあと、楽屋に飛びこんできたわよね」

「あー、あれは、いま思うと恥ずかしいな」


 初めて会ったときのうれしさと感動が、たちまち、いやな気持ちを俺の外へおしのけた。

 心がほっこりあたたかくなり、自然に笑みがこみあがって、海子も笑った。


「そのとき、驚きはしたけど、なんかピンときたの。知らないはずなのに、初めて会った気がしなかったのよ。もしかして、覚えてないだけで、前の世界の前世では会っていたのかもしれないわね」

「なんかややこしいな。今の前世はアトランタだけど、いま言ったのは、アトランタにいたときの前世だろ? まるで、向こうからここに持ちこしたみたいだ」

「前世の持ちこしって……」


 彼女は笑ったが、俺はふと思い出した。

「そういや、ラフレスさんに会ったら聞きたいことがあったんだ。ここでは前世のことを覚えてるのに、前世では、そのまた前世の記憶がなかったのは、なんでなのかな、と。いろいろあって、聞く機会がなかったけど」

「うーん、やっぱり、前は赤ちゃんから始まったから、リセットされたんじゃないの? ここでは、なぜかすーっと来ちゃったけど」

「やっぱ、そうなんだろうな」

「あと、もうひとつ聞きたいことが――」

 言いかけて、いきなりキスされて驚いた。


 離れて、にっこりする海子。

 顔が街明かりで輝き、死ぬほど美しい。


「それなら、私にも聞かせて。

 ここへ来て、よかった?」

「もちろんだよ。

 まず雄二に出会えて、次にズールに会って、それから海子に、うららに……。

 でも、いちばんよかったのは――」

「や、やっぱり恥ずかしいわ、よして」

 いきなり、まっかになってうつむく。自分でふっといて。

 あまりのかわいさに、彼女を頭から丸呑みにしたくなった。大蛇の気持ちがよくわかる。なに言ってんだ俺。



「じゃ、べつの質問でいいよ」

「それじゃあ――」と塀につかまり、手の甲にあごをのせてこっちを見る。「来世で、ここの記憶がリセットされても、私のこと、思い出してくれる?」

「忘れるわけないよ」


 笑って寄りそい、肩を抱くと、頭をこっちにもたれるので、俺もそうした。

「私も絶対に忘れない。こんな濃い人、思い出さないはずないもの」

「その言葉、お返しだね」 

 俺らは笑った。



 この世界へ初めて来たとき、ラフレスさんは「きっと、しあわせになれる」と言った。

 そして、その言葉は現実のものとなった。

 今、俺は最高にしあわせだ。


 まばゆいばかりの夜景が微笑みかけてくる。

 俺たちの未来の姿みたいだ。


(「ライブ・アフター・デス! 異世界で絶叫ノイズ女とバンド組んじゃった」終)

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ライブ・アフター・デス! 異世界で絶叫ノイズ女とバンド組んじゃった ラッキー平山 @yaminokaz

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