12 まさかの美少女

「モコフワチャンネルの登録者数はすでに50億を突破しており、その影響力は世界を動かすほどになっておりますわ。各国の諜報機関では、モコフワチャンネルの配信者を特定するべく情報合戦が始まっているのです」


「諜報機関……? それって映画とかによく出てくる、FBIとかMI6とかのことですか?」


 さすがにそれはないかと思ったんだけど、アユミ先輩は「その通りですわ」と事もなげに頷く。


「あなたがアストルテアに入った際、聖獣モフの【タメルスライム】に懐かれたのは僥倖と言わざるをえませんわね。顔が隠されたおかげで、あなたが配信者であることがバレずにすみました。この事実は、一部の地球アースエルフが知るのみとなっておりますわ」


 あのフェイスマスクみたいになってたスライムは、【タメルスライム】っていうのか……。

 なんで貼り付いてくるんだろうと思ってたんだけど、僕に懐いていたのか……。


「ですからモコオのほうは、今後もあのスタイルでいいでしょう。問題なのは……」


 青く冷たい瞳がウサギさんを捉える。彼女はそれだけで背中に氷を入れられたみたいに縮みあがっていた。


「ウサギ、あなたがモコフワチャンネルに初登場した動画は、公開前にこちらでマスク処理を施しましたけど、これからはそうはいきませんわ。不慮の事故で顔がバレるのを防ぐためにも、変装を命じます」


 僕はつい口を挟んでしまう。


「えっ……? でもウサギさんは、モコフワチャンネルに出るわけじゃ……」


 ウサギさんと視線がぶつかった瞬間、僕の心拍数は跳ねあがった。

 彼女は【ひろってください】と書かれたダンボールに入ったウサギみたいな顔で僕を見上げていたんだ。


「あっ……あの……ダメ……です……か……?」


 僕は顔を振り乱す勢いで左右に振った。


「ぶるるるるる! だ、ダメじゃない! ぜんぜんダメじゃないよ! でも、なんで!?」


「とっても……楽しかった……から……」


 ウサギさんはいつも死にかけの蚊みたいな小さな声で話す。でもいまはそれでも生きようとする、いっしょうけんめいな蚊の声になっていた。


「世界じゅうのひとに……見られてるって知ったときは……びっくりしました……でも……それもで……モコフワ領に……行きたいんです……また……モコオさんといっしょに……」


 急に「はっ」と声をあげるウサギさん。

 とんでもないことを口走ってしまった、みたいに真っ赤になった顔を両手で覆い隠し、イヤイヤしていた。


「は……はわわっ! い、いえ……! ご、ごめんなさいっ……! も、聖獣モフさん……! また聖獣モフさんといっしょに……!」


 僕は棚からぼたもちどころか、棚を開けたらウエディングケーキが入っていたようなサプライズをひしひしと感じていた。


 ウサギさんが「楽しい」って言ってくれていたのは、社交辞令じゃなかったんだ……!

 しかもこんなにも、モコフワ領を望んでくれていたなんて……!


「ありがとう、ウサギさん! ウサギさんなら僕も大歓迎だよ! じゃ、変装のほうを考えよっか!」


「それならプランはありますわ。ウサギ、その前髪をあげるのです」


 アユミ先輩からビシッと指さされたウサギさんは、彼女史上初なんじゃないかと思うほどの大声をあげていた。


「え……ええーっ!? そ、そんな……!?」


「これは決定事項です、それ以外の変装は認めませんわ」


 前髪をあげるというのはウサギさん的には死刑判決も同然だったようで、真っ青になって震えている。

 ここで「やっぱり止めます」なんて言われたら嫌なので、僕は助け船を出した。


「あの、他の変装じゃだめなんですか? 僕みたいにマスクをするとか……」


「モコオ、あなたのしているタメルスライムには認識阻害の力があるのですわ。それ以外のもので顔を覆ったところで、すぐに解析されてしまうでしょうね」


「そうなんですか? でもそれなら、前髪をあげてもすぐにバレるんじゃ……?」


「いいえ、バレませんわ。我らエルフ一族の分析の結果、それがウサギを特定されないいちばんの変装だというのがわかったのです。さぁ選ぶのですわ、ウサギ。前髪をあげてモコフワ領に行くか、それともモコフワ領から去るか」


 決断を迫られたウサギさんの顔は、赤くなったり青くなったりしている。

 どうやらこれは彼女にとって究極の選択のようだった。


「……や……やります……! わたし……前髪を……あげますっ……!」


 やがて絞り出されたその声は、自らの腸をソーセージとして差し出すかのよう。

 アユミ先輩は「よろしい」と満足そうに腕組みをしていた。


「さて、そうなると次はヘアピンを用意しなくてはなりませんわね。それも、市販のものではダメですわ。また市場がパニックになる怖れがありますから」


 そういえばそうだ、僕が動画の中で工具を使っただけでうちにテレビが取材に来るくらいだから。

 でも市販ものがダメとなると、どうすればいいんだろう……? なんて思っていたら、アユミ先輩が射貫くように僕を見ていた。


「出しなさい」


「え? なにをですか?」


 僕はそう言いかけて、背中のリュックサックの片隅に眠っているあるものの存在が頭をよぎり、背筋が凍りつく。

 アユミ先輩の瞳は、心の奥底までも見通しているかのようだった。


「渡しなさい」


「な……なんで……? なんで、知ってるんですか……?」


 するとアユミ先輩は遠い目をして言った。


「長きにわたって永久凍土に隠れ住んでいた、地球アースエルフ……。腕力もなく魔力も乏しいわたくしたちですけど、いまこうして日の目を見られている……。それは、ある力のおかげなのですわ」


 悠久の歴史を眺めていたような瞳が、現実に戻ってくる。


「その力の名は、【情報】……! わたくしがその気になれば、日本の裏側に住んでいる庶民、たとえばボボさんがブラジリアンワックスを使って抜いた鼻毛の本数までわかるのですわ!」


 アユミ先輩はまるで決めゼリフを言ったみたいに、ビシッと指さすポーズを決める。

 例えがなんだかよくわからなかったけど、僕は観念するしかなかった。


 背負っていた通学用のリュックサック、そのポケットからふたつのヘアピンを取り出す。

 それは木でできていて、ウサギのシルエットを模したものだった。


 ウサギさんに差し出すと、「わぁ、かわいい……」と口元がほころんだ。

 そして、当然の疑問を口にする。


「でも……どうして……?」


「これは……」


 僕は一瞬言葉に詰まったものの、思い切って白状した。


「これは、僕が作ったものなんだ。ウサギさんに似合うかなと思って」


「えっ……わたしに……?」


「あっ……ごめん、気持ち悪いよね」


「えっ……そっ……そんなことないです!」


 僕がヘアピンを引っ込めようとしたら、ウサギさんは僕の手を両手で握りしめてきた。

 彼女はとんでもないことをしたみたいにアワアワしだして、湯気の出はじめた頭をサッと伏せる。


「あっ……あの……いただいても……いい……ですか……?」


「も……もちろん、そのために作ったんだから」


「あっ……ありがとう……ござい……ます……」


 うつむいたままのウサギさん。

 僕はもう胸いっぱいで、それ以上はもうなにも言えなくなっていた。


 まさかウサギさんに、手作りのヘアピンを渡せる日がくるなんて……!


 まるでラブレターを受け取ってもらったような最高の気分だったけど、水を差すようなクソデカため息が割り込んでくる。


「えるふぅ、【テスト】はまだ終わっておりませんわよ。さぁウサギ、そのヘアピンをするのです」


 アユミ先輩の物言いがちょっと気になったけど、ウサギさんはヘアピンを両手でしっかり握りしめ、こくりと頷いていた。

 彼女は室内をきょろきょろ見回したあと、「失礼します……」とだけ言い残し、近くにあったソファの背まで移動してしゃがみこむ。


 どうやら、僕らから見えない場所でヘアピンをするみたいだ。

 まるで着替えをしているみたいで、僕はかえってドキドキさせられた。


 やがてウサギさんは立ち上がって振り返る。

 その瞳に僕が映った途端、僕は思わず胸を手で押さえつけていた。

 だってそうしていないと、暴れている心臓がどこかに飛んで行ってしまうんじゃないかと思ったから。


 かっ……かわいすぎるっ……!!


 ウサギさんの瞳は、大きくてキラキラしていた。

 しかも潤みがちで、瞼をパチパチさせるたびに瞳の奥がはかなげに揺れる。


 まるで静かな夜の森に佇む湖畔、その水面に映る満天の星空みたいな、幻想的な美しさだった。


 僕はウサギさんのことを、どこにでもいる平凡で目立たない女の子だと思っていた。

 しかしいま目の前にいるのは、この学校でもいちばん……いや、日本でもいちばんの美少女といってもいい女の子だった。


 思わず見とれていると、ウサギさんは耳を疑うようなことを口にする。


「ごっ……ごめんなさい……やっぱり……へん……ですよね……」


 恥ずかしがってヘアピンを取ろうとした彼女に、僕は思わず大きな声を出していた。


「そ……そんなことないよ! すっごく似合ってる! その……かわいい! すっごくかわいいよっ!」


 ウサギさんはびっくりして、ただでさえ大きな目をことさら見開いていた。

 直立不動になったかと思うと、壊れる寸前のロボットみたいに全身から湯気を噴出しはじめる。


 彼女はそのまま、後ろにあったソファにバッタンと倒れてしまった。

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聖獣もふもふ村 聖獣と村造りをしていたら、世界的配信者になってました 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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