11 伝説のエルフ登場

 ウサギさんは借りてきたウサギみたいに縮こまってソファに座っていた。

 彼女は紅茶を勧められたのであろう、高価そうなティーカップとソーサーを持ち上げていたんだけど、気の毒なくらい震えているせいでカチャカチャ音を立てていた。


 ウサギさんは僕の姿を見るなり、オアシスを見つけたような安堵の表情を浮かべる。

 この時たぶん、僕も同じような表情をしていたと思う。


「ウサギさん、どうしてここに……?」


「その説明は、わたくしからいたしましょう」


 声がしたほうを見ると、そこは光がさんさんとさしこむ窓際。アンティークな椅子に優雅に足を組んで座り、紅茶をたしなむ女生徒がいた。

 輝く金髪に青い瞳、ビスクドールのように整った顔立ち、そしてなによりもほっそりと長い耳が目を引く。

 絵画から抜け出してきたような、美しすぎるその人の名は、


獲篭エルアユミ……先輩……!」


 この学校どころか、この世界において彼女を知らない人間はいないだろう。

 特区ステーションはエルフ族が管理運営しているんだけど、その頂点に立っているのが彼女の一族なんだ。


 かつて、地球とアストルテアが繋がって間もない頃の話。

 いくつかの国がアストルテアに侵略戦争を仕掛け、一時は全面戦争になりかけた事があった。

 しかし北極に住んでいたエルフたちがふたつの世界の間に入り、戦争は回避された。


 エルフたちはそれまでおとぎ話の中だけの存在だったんだけど、その時にはじめて存在が確認された。

 本来ならツチノコが発見されたのと同じくらいの大事件なんだけど、アストルテアというもっと不思議な存在があったので、当時はそれほど騒ぎにはならなかったという。


 地球とアストルテア、どちらも深く知るエルフは両陣営の【仲裁者】となり、その存在感を高めていった。

 北極以外の住まいを欲した彼らは見返りに、特区ステーションを固有の領土として認めるよう要求。

 各国の首脳は最初のうちは拒んだものの、アストルテアとの繋がりは自国の発展には欠かせないと判断。

 やがては特区ステーションの設立を、そしてエルフの世界進出を積極的に手助けするようになったという。


 現在、特区ステーションは大使館のような扱いになっている。

 これはどういうことかというと、地球からアストルテアへは直接行き来しているわけではなく、いったんエルフの領土を挟んでいることになる。

 彼らは異世界の玄関口としての役割を担うことで、近年さらに勢力を伸ばしているという。


 このことは歴史の授業で勉強するので、エル一族の名は教科書に載っているほどだ。

 そんな歴史に名だたる一族の末裔を前にし、僕の緊張は頂点に達していた。


「あ、あの……」


「わたくしのことは、【アユミ先輩】と呼ぶといいですわ。もしくは、【ネズミ先輩】でも構いませんことよ」


 彼女……アユミ先輩は柳眉ひとつ動かさず、本気とも冗談ともつかぬことを言う。

 僕はなんとリアクションしていいのかわからなかったので、ただ息を漏らすばかりだった。


「は……はぁ……」


「今日、こちらにお呼びだてしたのは他でもありません。【モコフワチャンネル】のことですわ」


「【モコフワチャンネル】?」


 僕がオウム返しにすると、アユミ先輩はパチンと指を鳴らす。

 すると壁のビーナスがふたつに別れてスライドし、奥からさらなる部屋が現れる。


 その先は書斎から一変、ハリウッド映画とかでハッカーが住んでいそうなサイバー感満載のコンピュータールームになっていた。

 ディスプレイがたくさんある机に向かって風子ふうこ先輩と雷子らいこ先輩がキーボードを操作している。


 それは驚きの光景だったんだけど、それ以上に度肝を抜くものが大写しになっていた。


 ディスプレイに流れていた動画には明らかに僕、そして顔文字みたいなので顔は覆い隠されてるけど、ウサギさんらしき人物が。

 なんと昨日の夜のモコフワ領での出来事が、トックチューブで流れていたんだ。

 動画にはこんなタイトルが付いている。


【裁縫の天才少女が仲間入り! ふかふかカーペットでおおはしゃぎ!】


 動画はちょうど、僕がおおはしゃぎしているシーンにさしかかっていた。


『もう! こうなったらウサギさんも巻き添えだーっ!』


 それを目の当たりにしたウサギさんは、頭から蒸気機関車みたいに湯気を噴出してオーバーヒートしている。

 僕も我を忘れ、全身を真っ赤にして叫んでいた。


「な……なんで!? なんで配信されてるの!?」


 背後から、大きなため息が聞こえてきた。振り向くと、アユミ先輩がやれやれといった様子で両肩を上げている。

 彼女はもう一度、「えるふぅ」と独特なため息をついた。


「やっぱり、知らなかったんですのね」


「これ、隠し撮りですよね!? 誰がこんなことを!?」


「隠し撮りじゃありませんことよ。特区に行った地球人の活動はすべてチャンネル化され、トックチューブで自動配信されるのですわ」


 それは衝撃の事実だった。


「特区の誓約書に書いてあったでしょう? そちらにいるウサギは知っていましたわよ」


 視線を移すと、ウサギさんはビクッと両肩を縮こませる。

 アユミ先輩とウサギさんはふたりとも肩をすくめているのに、態度は真逆だった。


「ご……ごめんなさい……配信……されているのは……知ってました……でも……誰も……観ないって……」


「そんじょそこらのチャンネルだとそうですわね。トックチューブのチャンネル数は現在50億を突破しており、そのうち観られているのはわずか5千チャンネルほどですから」


 「はぁ……」と小首をかしげる僕とウサギさんに、アユミ先輩は噛んで含めるように教えてくれた。


「観られていないチャンネル数を割合でいえば、99.999999パーセント。そんじょそこらのチャンネルが視聴されることは、NASAの安全基準と同じくらいに起こりえないということですわ」


 なんだ、そういうことだったのか。だったら僕のチャンネルもぜんぜん観られてないよね。

 僕はホッと胸をなで下ろしつつ、まだ流れている動画の視聴数を見てみる。

 再生数が5くらいであれば、いいほうだと思ってたんだけど……。


「ごっ……5千億再生っ!? なんで!?」


 しかもその数字はストップウォッチのミリ秒みたいな速さで、いまもなお増え続けている。


「なんでって、当然ですわ。幻といわれた聖獣モフが、それも1匹だけじゃなくて何匹も出ているのですから」


「えっ……!?」


 それは、さらなる衝撃の事実。


「まさかピーパーやコラッコって、聖獣だったの……!?」


「えるふぅ、やっぱりそれもご存じなかったんですのね。モサオ様は、絶滅しかけていた聖獣モフを保護しようとしていたのですわ」


「えっ、ひいじいちゃんを知ってるんですか?」


「知らないわけがありませんわ、モサオ様は世界で唯一の【聖獣使いモフテイマー】だったのですから」


聖獣使いモフテイマー……? でも、ひいじいちゃんは動物に嫌われてたんですよ?」


「ええ、そうですわね。でもそのぶん、聖獣モフには溺愛されておりましたわ」


 アユミ先輩は、神秘的な輝きを放つ瞳で僕をまっすぐに見据えていた。


「その血を受け継いでいるのが、モコオ……あなたというわけですわ」


 動物と目が合うだけで威嚇されるこの僕が、モコフワ領の動物にだけはやたらと懐かれる理由がいまわかった。

 そして僕の頭の中では、点がさらなる線として繋がっていた。


「あっ……! 父さんの工場の製品が急に売れ出したのって……僕が、モコフワ領で使ったから……!?」


「えるふぅ、やっとそこまで理解できたんですのね。でもこれで、ようやく本題に入れますわ」


 アユミ先輩のいう本題、それはモコフワチャンネルの今後についての話だった。

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