10 取材殺到

 今回は門限ギリギリとかじゃなくて余裕で家に帰り着いたんだけど、隣の工場がやけに賑やかだった。

 スタンドのライトがたくさん設置されていて昼間みたいに明るく、ライトの下では記者やカメラマンみたいな人たちがひしめきあっていた。


 母さんが右往左往していたので呼び止めてみると、


「あっ、おかえりモコこちゃん! テレビ局の人たちが押しかけてきて大変なの! 悪いんだけど、晩ご飯は出前を取ってちょうだい!」


 なんの取材か聞きたかったんだけど、母さんはいっぱいいっぱいな様子で走り去っていった。


 まあ、あとで聞けばいいかと思いながら家に入る。

 出前と言われたらいつもは大喜びでピザを取るんだけど、さっき特区で朝ごはんを食べたばかりだったからお腹いっぱい。


 居間でスナック菓子をつまみながらテレビを付けてみると、そこには父さんが映っていた。

「えっ、なんで!?」と思ったんだけど、工場に詰めかけている取材陣ですぐに理解した。

 液晶の向こうの父さんはド緊張、フラッシュを浴びるその顔は硬直していて声は震えていた。


『い……いったい、なにがあったというんですか?』


 父さんにマイクを向けていたインタビュアーたちは、そんなことも知らないのか、みたいに驚いていた。


『ええっ、ご存じないわけないでしょう! 御社の工具が、トックチューブで世界的に人気のあるチャンネルで取り上げられたんですよ!』


『そのチャンネルは、少年が聖獣モフと戯れてるんです! しかも少年はアストルテア人じゃなくて地球人、なんと日本人なんですよ!』


聖獣モフは千年以上も前に絶滅したと言われてたんですが、その動画でまだ生存していることが明らかになったんです! それが話題になってフォロワーが増え、いまや世界一有名な少年なんですよ!』


『少年はフェイスマスクをしているので正体はわからないのですが、配信のなかで御社のナタを使って木を切ったんです! 他にも少年が配信の中で使っていた道具の多くは、御社の製品でした!』


 取材陣から説明され、父さんはこれまでの謎がすべて解けたような顔になっていた。


『そ……そういうことだったんですか……! 今朝から、うちの工場の電話が鳴りっぱなしなんです! その問いあわせはすべて、自社製品に関するものでした! 我が社では自社製品の製造はだいぶ前に止めてしまったので、なぜ今になってと思っていたのですが……!』


 有名な配信者が動画の中で使ったものが評判になって、売れるというのはよくあることだ。

 そういえば、うちの学校でも聖獣モフの配信者の話題でもちきりだった。


 でも動画の中で工具を使っただけで問い合わせが殺到して、製造元に取材が来るなんて相当だ。

 その配信者はたしかに、世界的な人気があるといっていいだろう。


 気になったのでその動画を観てみようとしたんだけど、アクセスが殺到しているようで僕の古いスマートフォンだと専用アプリのトップ画面すら表示できなかった。


 しょうがない、明日学校で誰かに見せてもらおう。

 父さんは感極まっているのかすっかり大声になっていて、リビングの窓とテレビごし、ふたつの方角から同時に声が聞こえてきていた。


『あ……ありがとうございますっ! いまうちの工具は日本だけでなく、世界じゅうから注文を頂いているところです! 在庫はすべて売り切れてしまったのですが、社をあげて増産体制を整えているところですので、今しばらくお待ちくださいっ!』


 父さんは感激にうち震えながら、圧倒的感謝を叫びはじめた。


『あ……ありがとう……! ありがとうっ……! 実をいうとうちの工場は借金で首が回らなくて、明日にも倒産するところだったんです!』


 僕はふたつの意味でギョッとした。

 倒産が目の前だったという事実と、父さんの目の中に大粒の涙が浮かんでいることに。


『危うく家族だけでなく、社員まで路頭に迷わせるところでした……! どこの誰かは知りませんが、本当に……! 本当にありがとうございましたっ!!』


 涙を撒き散らす勢いで深々と下げられた頭頂部に、大量のフラッシュが浴びせられる。

 いつもは厳しい父さんの男泣き、目の当たりにした僕は「はえー」となっていた。


「父さんがあんなに泣くなんて……。僕の前では気丈に振る舞ってたけど、実際はかなり苦しかったんだな……。工場が助かって、ほんとうに嬉しそうだ……。動画の配信者って中学生らしいけど……きっとすごい子なんだろうなぁ……」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 父さんと母さんはあれから徹夜だったみたい。

 ふたりともちょっと疲れているようだったけど、倒産の危機を免れていつもよりハツラツとした顔で飛び回っていた。


 母さんが夜食用に握っていたおにぎりを朝ごはんがわりに食べ、僕は家を出る。

 工場は相変わらず多くの取材陣がいた。


 僕も一度くらいはあんな風に注目されてみたいなぁ、なんて思いながら学校に向かったんだけど、校門をくぐった瞬間にその願いは叶う。

 校舎までの中庭には学校じゅうから集まったんじゃないかと思えるほどの大勢の生徒たちが待ち構えていて、クラスメイトの「あっ、モコオが来たぞ!」という一言で僕は囲まれてしまった。


「キミ、不破工業の息子なんだってね!? 頼みがあるんだけど!」


「ねぇ、工具が手に入らないかな!? 本当にどこにも売ってないの!」


「世界的なトップスターたちもこぞって買い求めてて、あれを持ってるだけで、どこに行ってもヒーローになれるんだよ!」


「もし転売できたら一生遊んで……あ、いや、一生大事に使うから! お願い!」


「おい、押すなよ! 俺の親友が嫌がってるだろ! あっちでゆっくり話そうぜ、なっ!」


「なに連れてこうとしてんだ! モコオくんは俺の親友だぞ!」


「え……ちょ、わあっ!?」


 僕とはいちども話したことがないような生徒たちが、こぞって腕を掴んでくる。

 なにがなんだかわからないまま、僕はあちこちに引っ張られてしまった。


「ちょ、やめて、制服が破けちゃうよっ!?」


「ケチケチするなよ! あっ、わかったぞ! 工具をもってるんだろう!?」


「そうだ、ひとつくらいあるはずだ! よーし、こいつを剥いちまえ!」


「や……やめてーっ!!」


 いくら言ってもみんなはやめてくれなくて、僕はいよいよ制服を剥ぎ取られそうになったんだけど、


「「……かぁーーーーつ!!」」


 稲妻と暴風が合わさったような一喝がキャンパスに響き渡り、みんなの動きが凍りついた。

 潮が引くように僕のまわりから人が離れ、海が割れるように人垣ができた先に立っていたのは、ふたりの女子高生だった。


 ひとりはボサボサ頭で、もうひとりはパーマ頭。

 背が高くて身体つきがしっかりしていて、凛とした表情。

 威風堂々とした立ち姿の彼女たちは、この学校では知らぬ者がいないほどの有名人だった。


 風子ふうこ先輩と雷子らいこ先輩。

 成績優秀で武道に秀で、剣道や柔道などのいくつもの大会で優勝を収めている猛者コンビだ。


 ふたりを遠巻きに見たことは何度もあるけど、こんなに近くで見るのは初めてだったので、そのオーラに僕は圧倒されてしまう。

 ウワサの先輩たちは僕の前に歩いてくると、「いっしょに来なさい」とだけ言った。


 その言葉には有無を言わせぬプレッシャーみたいなのがあって、背を向けるふたりの後を、僕の足はひとりでに追う。

 しつこかったまわりの生徒たちはチョッカイを掛けてくることはせず、むしろ道を譲ってくれた。


 助かったけど、僕の不安はより強くなってしまう。

 いったい、どこに連れて行かれるんだろう……?


 うちの学校は中高一貫校なので、同じ敷地内に中等部と高等部の校舎がある。

 先輩たちが向かった先は高等部の校舎で、直通のエレベーターでいっきに上まであがった。


 着いた場所はふたつの校舎の頂きにあるような屋上で、そこにはなんと大きな洋館があった。

 しかもプールや庭園、さらにヘリポートまであって完全に豪邸の佇まい。


 入口の表札には【生徒会室】とあった。


 屋敷の中にある書斎に通されたんだけど、そこも外観に負けない贅を尽くした作りになっている。

 天井からはシャンデリアが下がり、床はふかふかのカーペット、重工な書斎机に革張りのソファや豪華な調度品。


 これのどこが生徒会室なんだと思ったけど、そんなことはすぐにどうでもよくなる。

 だって壁に掛けられた巨大なビーナスの絵画の下に、僕にとってのビーナスがいたから。


「ウサギさん……!?」

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