02-8

「今度は現代への戻り方について、説明します」

「お願いします」

「向こうへお着きになられても、こちらの扉は場所を変えずそのまま残っています。タイムリミットまでに扉の前にお立ちになって、『支配人さん。何年後、もしくは、何か月後の何月何日、何時に戻らせていただきます』と言ってください。わたくしが許可しましたら、扉が自動的に開きます。そのまま中へ入っていただけたら、戻って来られますので」


浮いたままで説明を続ける加能。その脚の隙間から顔を覗かせる黒猫。ミャオ、と小さく鳴いた。


「許可したら、ということは、許可が下りない場合があるってことですか?」

「はい。規則に従わなかった場合に許可が下りることはありませんので、くれぐれもご注意ください」

「その場合、どうなるのです?」

「現代へ戻ってくることができなくなります」


戻ってくることができない。このワードは二人を一瞬にして暗闇に向かわせた。


「七瀬、必ず戻ってくるぞ。戻らなかった先は地獄かもしれない。今後も七瀬には警察官として様々な経験を積んで欲しい。だから規則も時間も守れ。警察官ならできて当然のことだろう?」


つい口調が強くなる。最悪の場合を避けて欲しいという、その一心で。


「まぁ、そうですね。警察官ですもんね」


 さっきとは打って変わり、ろくに相手にしようとしない七瀬。これ以上強く言ってしまえば、せっかくの戦意を喪失させることになるかもしれない。今できることは、違反せずに戻って来ることのみだ。


「説明は以上となります。何かご不明な点はございますか?」

「あの、一つ質問いいですか?」再び挙手をして尋ねる七瀬。

「はい。どうぞ」

「現代と過去は、同じ時を刻んでいるんですか?」

「と、言うと?」

「浜中さんも俺も現在休職中なので、正直言ってあまり関係ないかもしれないんですけど、過去で三日間も過ごしたら、現代でも三日過ぎてしまっている、なんてことになるのかどうかが気になりまして。まぁ、気にする要素ではないのかもしれませんが」


質問したのはいいが、やはり内容がおかしいと感じたのか、語尾が弱くなっていく。そんな七瀬に対し、加能は「気にしてください」と笑みを浮かべる。


「実はですね、現代の五分が過去では一時間となっております。そのため過去で七十二時間は、こちらでは六時間だけ進んでいるということになります。タイムリミットがありますから、実際には六時間以内ということになると思いますが」

「へぇ、六時間で帰れるのか。ちょうどいいな」


何に対してちょうどいいのか分からないが、そう答えていた。


「良かった。同じような時間の流れだったらどうしようかと思いました」

「だな」


 三年前に買った電波時計を見る。今から六時間。日付が変わるか変わらないか、それぐらいの頃に戻って来ることになるだろう。周りの住人に迷惑をかけないようにしなければ。あとで七瀬にもこのことを伝えておこう。


「ほかに何かご不明な点はございますか?」

「私からも、一ついいですか?」

「はい」

「戻る際は二人一緒にですか? それとも個別でですか?」

「個別で構いませんよ。過去でお二人が揃われるのは難しいと思いますので」

「分かりました。ありがとうございます」


 七瀬はまっすぐ前を見つめていた。その視線の先にあるものは加能ではなく、何年も前に、とある少年からもらった、大切な品を飾っている棚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る