01-14

 またも何かに着地して目を開ける。今度は自宅のソファに座っていた。


「おかえりなさいませ」

「あっ、えっと…、ただいま戻りました」


家族や女性以外に”おかえり”と言われること自体初めてで、思い惑ってしまう。


「過去へのご旅行はいかがでした?」


「言われてた通りなんで分かってましたし、当たり前ですけど、結果を変えることはできませんでした。それでも、過去に戻って僕が抱いていた後悔の念を晴らすことができました。真里那はやっぱり最期まで笑っていました」


「そうですか」


「戻る前までは、何で笑顔のまま死んでいったのか分からなくて、ずっと記憶の中からその一部始終を消していたんです。でも、消すことは間違ってました。やっぱり、消しちゃダメだったんです。僕が真里那のこと忘れると、向こうの世界で一人悲しんじゃいますから。今日からは、眩しいほどに光輝く笑顔をずっと忘れないようにします」


「それは、そうしてあげてください」


「はい。あ、あと、加能さんに一つ聞きたいことがあるんです」

「何でしょうか」

「七年前の僕は、当時中学一年生だった華里那に何も話しかけなかったんです。責められるのが嫌で、それを避けるために。でも、実はそのことも後悔していたし、未来に戻れなくてもいいって心のどこかで思っていたので、意を決して、戻った僕は話しかけたんです。話しているときも、これは規則に反した行動をしていると考えてたんですけど、開いた口を止めることができなくて。でも、こうして僕は戻ってくることができました。どうしてですか?」


下を向き、帽子で目元を隠しながら右の口角を上げた。


「結論から申し上げますと、真里那様が亡くなられたという結末は変わっていませんよね。だからです。結末さえ変わらなければ、そして、タイムリミットまでに戻っていただけるのなら、過去でどんな行動をしてもらっても構わないのですが…、あれ?お伝えしていませんでしたかね?」


ニヤリと歯を見せる加能さん。僕は、「伝えてもらってないです」とだけ答え、溜息交じりの呼吸をした。


「でも、伝えてもらっていたら、華里那に話しかけることは無かったと思います」そう伝えると、加能さんは少し照れたような表情を浮かべる。


「加能さん。僕に戻る選択肢を与えてくれて、ありがとうございました。これからは、真里那のことも、華里那のことも、もっと大切にできる気がします。もう、僕の前に二人が現れることは無いですけどね」

「そんなことありません。宮部様が逢いたいと強く望まれたとき、そして、相手方の真里那様、あるいは華里那様も、宮部様に逢いたいと強く願われたときに、心の中で逢うことができるのです」

「心の中で逢える…、か」

「はい。きっと笑顔で逢えますよ」

「そうですね」


 シルクハットを軽く指で触り、杖を三回床に叩く。黒猫の商光が加能さんの背中に飛び乗った。


「わたくしは、ここで失礼させていただきます。宮部様のこれからが、もっと明るい未来になりますことを願っております」

「ありがとうございました」


 消えゆく加能さんから顔を背ける。それは、何となく去り際を見てはいけない気がしたから。


 三分間だけ待ち、そっと顔を加能さんが立っていた場所に向ける。そこに、扉と加能さん、猫はいなかった。その代わり、床にはキラキラと光る何かが落ちていた。こんなところに落ちてたか? と思いながら”それ”を拾い上げる。


「永遠の絆」


真里那が好きな宝石でもあり、華里那の誕生石でもある”それ”が、窓から降り注ぐ陽の光によって、神々しく照らされていた。

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