01-12

 タイムリミットまで六時間。そんな時に真里那の父 和慶かずよしと母 那美、妹 華里奈が僕の元へとやってきた。会うのはバレンタインのお返しを真里那の自宅へ届けに行った時以来だった。


「申し訳ございません」


三人に向けて発した言葉。僕は真里那の家族に謝ることしかできなかった。僕なんかが言い訳する余地などない。


 僕の顔を見るなり、突然目の前で泣き崩れていった那美さん。隣に立つ和慶さんは背中を優しく撫でていた。


 僕はしばらくの間、和慶さんから怒り口調で物事を言われ続けた。僕は心の底から「はい」と言い、頷き、そして何度も謝った。むせび泣く那美さんの隣で、華里那はただ茫然と立ち尽くしていた。


「でも、君は真里那を守ろうとしてくれたんだよね」

「あ、えっと…」


和慶さんから、いきなり言われたこと。それに僕は驚き、戸惑ってしまう。


「喧嘩を止めに入った殴られたのに、真里那の上に覆い被さって、必死に守ってくれたんだろ?」

「そうなの?」


那美さんは和慶さんの顔を見る。


「あぁ。警察の人から聞いたんだよ。自分のことはいいから、真里那の方を優先してくれって、泣いて頼んできたってな」

「本当なの?」


那美さんの目を見て、僕は「はい」と正直に答えた。


「自分が死ぬかもしれないのに、それでも真里那を助けようとしてくれたんだ。だから、彼にこれ以上怒っても駄目だ。こんなこと、真里那は望んでないはずだよ」

「それもそうね…」那美さんが少しだけ納得の色を示したが、華里那はずっと暗い顔をしていた。


「私が、お姉ちゃんに用事を頼まなければ―」

「華里那ちゃん、それは違うよ」

「えっ…」

「華里那ちゃん。こんなこと言うのも変って感じるかもしれないけど、真里那のことでこの先苦しい思いをすることがあったとしても、絶対に自分のせいだとは思わないで。華里那ちゃんが悲しむ姿を、真里那は望んでないと思うんだ。その優しい顔で、いつも笑ってて欲しい。すぐそばに、真里那がいるから」

僕の言葉を聞いた瞬間、溜めていた涙が滝のように華里那の目から溢れ出した。


 当時の僕は華里那に話しかけることはしなかった。それは僕のせいで姉を亡くしたと責められるのが怖かったから。でも僕はこのことを七年間、片時も忘れることなくずっと後悔し続けていた。紙には書かなかったけれど、未来に後悔を残したくないという思いが強く、自分の心を燃やしてくれたから、今の僕はこうして華里那に伝えることができた。後悔は、もう、ない。これが規則に反していることだとしても、未来に戻れなくなったとしても。


 華里那は、那美さんに抱きついた。那美さんは、そっと、ぎゅっと抱きしめる。


「真里那を最期まで守ってくれてありがとうな。真里那を失ったことに対する哀しみは一生消えることはないが、君が守ってくれたお陰で、少しの間だったかもしれないけれど、最期の時を楽しむことができたと思う。ありがとう」

「いえ。本当に、申し訳ございませんでした」

「もう謝らないで。真里那はこんなこと望んでない。真里那のためにも強く生きて」


那美さんは乱れた髪の間から、優しそうな表情を浮かべていた。


「はい」

「誠人さん、お姉ちゃんに逢いに来てください。きっと、お姉ちゃんは逢いたいって望んでると思うので」

「うん。今度、ご挨拶させてもらうよ」


華里那と交わした、最初で最後の約束。

未来に戻ったら、二人に逢いに行こうかな。


「私たちはこれで失礼させてもらう。強いこと言ってしまって悪かったな。でも、これが、愛する子供を失った親というものだ」


考えさせられる一言に、ぼくは深く返事した。


「申し訳ございませんでした」


 僕は去っていく三人の背中に、ずっと頭を下げ続けた。七年前の僕は真里那の親が言うことに対して、誤ってばかりいた。自分に非がある。その概念しか頭になかったから。でも、戻ってきた僕はそうじゃなかった。真里那と一秒でも長くいたいという想いから、真里那の上に覆い被さり、守った。結果が変わらないことを知った上で。


 それでもよかった。変わらないとしても、真里那をこんなにも近くに感じることができたのだから。真里那と出会えて本当によかった。あなたのお陰で、今は、もう、会えないけれど、華里那と再会して、付き合うこともできた。二人を愛してしまってごめん。僕は欲深い人間だ。でも、僕は初恋の真里那のことも、可愛くてかけがえのない存在の華里那のことも、一生忘れない。


 色んな想い出をありがとう。真里那、心の底から愛してる。

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