01-3

 一人は眼鏡をかけ、もう一人は手にメモ帳とボールペンを持っていた。

「宮部誠人さんですか?」

「はい。そうですけど」

男性二人は警察手帳を見せてきた。眼鏡をかけている男性の手帳には浜中と、メモ帳を持った男性の手帳には早乙女と書かれていた。

「私は警視庁捜査一課長の浜中と申します」

浜中剛史と書かれた名刺を渡してきた。

「朝早くにすみません」

「いえ。あの、何か用事ですか?」

「はい。昨夜遅く、田仲華里那さんが遺体で発見されたことはご存じですか?」

「さっきニュースで観て知りました」

「田仲華里那さんのことでお話を伺いたいのですが、お時間よろしいですか?」

「会社に行くまでの時間なら大丈夫です」


 部屋の奥からミミの鳴き声が聞こえた。

「ありがとうございます」

「あの、ドア閉めてもいいですか? 猫がいて逃げちゃうと困るので」

口に出したことと本心は違う。お隣さんなどに怪しまれないようにするためだ。

「それは、失礼しました」

浜中さんと早乙女さんは身を寄せる。僕はドアをゆっくり閉める。


 「被害者とは、どういったご関係ですか?」

「昔からの知り合いです」

早乙女は小さなメモ帳にボールペンで文字を書いていく。

「そうですか。現在被害者のスマホを解析しているのですが、メッセージのやり取りは宮部さんが最後でした。今日の夜、仕事終わりに会うということでしたが、間違いないですか?」

「はい。間違いないです。今日の仕事終わりに会う約束をしていました」

「そうですか。では―」

「あの、すみません。もう仕事に行く時間なので、この辺でいいですか」

「あぁ、そうですか。では、最後に一つだけ質問させていただきたいのですが、宮部さんは昨夜、どちらにいらっしゃいましたか?」

刑事ドラマでこのような質問を受ける風景を観ていたが、昔から自分の中では犯人と決めつけている人間にしか質問をしていないように感じていた。

「家にいました。あの、その質問をするってことは、僕のこと疑ってるんですか?」

「いえ。話を伺った皆さんに聞いてますから」

「あぁ、はい。すみません」

皆に質問していると言っても、僕はまだ信用できなかった。

「また詳しくお話を伺いたいのですが、今日のご都合はいかがでしょうか」

「事件のこともあるので、会社に行ってみないと分からないですね」

「そうですか。先ほどお渡しした名刺に書いてある番号から電話をかける場合もありますので、その際はご対応よろしくお願いします」

「分かりました」

「ご協力ありがとうございました。失礼します」

「失礼します」


 刑事が去っていくのを確認してからドアを閉める。手に持っていたネクタイには皺が寄っていた。家を出る時間が迫る中、別のネクタイを取り出して結ぶ。ジャケットを羽織ってからソファに置いているリュックを背負い、テレビの電源と部屋の電源を消す。

「ミミ、中入って」

ゲージの入り口を開けるとミミはすんなりと入ってくれた。毎日ゲージに入れる練習をしておいてよかったと、自分自身で関心した。

 靴を履き、玄関のドアを閉める。遠くの空でカラスが鳴いている。そんな外の様子など気にする様子なく、ミミはゲージの中でも丸まっていた。


 階段を降り、アパート向かいの一軒家に住む大家の升田さんの元へ、ミミを預けに行く。升田さんは、僕の母親の中高時代の同級生で、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。このアパートは通っていた大学からも近く、知り合いが周りにいた方がいいだろうという父の考えで、住むことが決まった。会社からは遠い場所にあり、通勤が面倒に思うこともあるが、升田さんはミミの面倒を見てくれたり、夕食をごちそうになったりと良くしてもらっているため、このアパートからの引っ越しを考えることはなかった。

 「おはようございます。宮部です」

「はーい。今行くわね」

玄関の扉が開く。ゲージの中のミミはゆっくり起き上がる。スリッパのまま出てきた升田さん。チェック柄のエプロンを身に着けていた。

「おはよう」

「ミミのこと、よろしくお願いします」

ゲージを升田さんに手渡す。ミミは僕の方を向いていた。

「はいはい。今日も仕事頑張ってね」

「ありがとうございます。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 升田さんとミミと別れ、僕は最寄り駅まで走る。歩いたとしてもギリギリ間に合う時間ではあったが、動揺している気持ちを抑える方に目を向けたかった。しかし横断歩道を渡ろうとする度に信号は赤で、妙にざわつく気持ちは落ち着かない。この待ち時間すらも、いつもより長く感じてしまう。


 駅構内は会社員や中高生の姿で溢れている。毎日見ている光景なのに、今日はなぜか人込みが急に怖くなってしまう。その恐怖心は電車の到着を待つ間も続いた。僕の周りは淡々とした時間が流れている。なんだろう、この気持ち。誰も僕に関わろうとしない、でも、ずっとこのままでもいいと思ってしまう。こんなことを考えても無駄だ。気持ちを切り替えるためにも、スマホで事件のことを扱っているニュース動画を検索する。リュックに付けているケースからイヤホンを取り出し、耳に装着する。

 身近な人を失った事件があっても、いつものように電車は到着する。乗り降りする人でドア付近は必ず混雑する。会社員になってから一番混雑する電車よりも二本早い電車に乗るようにしているが、田舎出身だからか、それでも混雑しているようにしか見えない。今となってはこの込み具合にも慣れたが、初めて満員電車と言われるものに乗ったときは高揚感と不安感でいっぱいだった。


 座れそうな席の隙間はあるわけもなく、出入口付近の壁に背を預けることにした。会社がある最寄り駅まではここから約五十分の道のりで、いつもは電子書籍を読み、音楽を楽しみながら聴くが、今日は動画を見続けると心に誓った。それなのにものの十分で投稿されている動画をすべて見終わってしまった。しかも分かっている情報が少ないためか、どのニュース動画も同じことしか伝えていなかった。動画では得られない情報がほかにもあるかもしれない、そう思いニュースサイトにて華里那の名前で検索をかけ、手当たり次第記事を読んでみるが、動画を文字にしただけのような内容ばかりで、結局検索することも諦めるしかなかった。


 あと五分ほどで降りる駅に着くというタイミングに、加鳥部長からのメッセージが届いた。開くと、―会社に着き次第、会議室に来るように―とあった。それに対し、―分かりました―とだけ返事した。


 駅に着き、改札に向かって歩く。最初は混雑している改札に慣れず、ゲートの扉が閉まる度に慌てていた自分が懐かしく思えた。あの頃は田舎から出てきた都会知らずの人間だと思われていたことだろう。今となっては、もはや都会に染まってしまっている。高校生の頃までは、都会になんか染まらない、と意気込んでいたのに。あの頃の自分は、もう、どこにもいないのかもしれない。

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