終点かしらん

永原はる

 たまに素人のnoteとかブログとか読んでると、薄らサムいワードを太文字にしているの見かけるけど、あれなに? 手垢まみれのネットミームとか、ユカジュウタン・佐倉さくらさんのボケフレーズをモジっただけのやつとか平気で使いやがって、それをさも「こんなおもしろいこと言えちゃう俺」みたいな顔で太文字にすんの。ナメんなって。日本人のお笑い偏差値を馬鹿にしすぎだろ。


 そう。そもそも素人文章の太文字とか、あと傍点とかね。ああいうのをつける意図って、漫才でいうところのさ、無駄にデカい声でボケる、みたいなさ、「ここでお笑いください!」って声高らかに宣言する行為って感じで、ホントおもんないやつの典型。ワード本来のパワーで笑かしきれないから、そういう小細工が必要なんでしょ? ……いや、違うか。もしかして、マジでおもろいと思って太文字にしてんのかな。「ここが抱腹絶倒ポイントです! センスいいでしょ!」みたいな感覚? ってことは「俺はここで気持ちよくなっています!」的な、セックス中に「イクぅ!」って叫ぶのと一緒なの? だとしたらちょっとおもろい。愚かすぎておもろい。


 でも私は、皮肉らないと擁護できない下品なおもろさより、ド直球のおもろさが好き。


 ユカジュウタンさんの漫才なんて、もろそれだ。いま、ちょうど舞台袖から見ているから思ったんじゃなくて、日ごろから思っている。ユカジュウタンさんの漫才には、特に佐倉さんのボケは、声の抑揚があまり無い。多少の間や緩急や、表情で色をつけることはあっても、常に淡々と喋るだけでそれで笑えるところが凄い。下品な大声とか使わないし、なのにこないだのM-1決勝ではボケの1フレーズがXのトレンド入りしてた。言葉本来のパワーで笑かされるのって、気持ちがよすぎる。私たちだってそうありたい。そういう漫才がしたい。


始発終電しはつしゅうでんさん、間もなくです」


 スタッフさんが私たちのコンビ名を呼ぶ。だから私は深呼吸をして、隣に立つ小っこくて可愛らしい相方に目配せ。終電、いっちょかましたろうや。そういう意味合いのアイコンタクト。


「? どしたん? うちの髪になんかついとる?」


 けど終電は天然だから、くそしょーもない曲解をしやがる。おもんない、ホントおもんない。でも可愛いから許す。その可愛さを舞台上でも発揮してくれや。お前が可愛ければ可愛いほど、ゲスの効いたボケがウケるんだからよ。


 そうこうしている間に、出囃子が鳴った。私は戦場へと、身体一つ……いいや二つ、それから品性とユーモアを手に、駆け出していく。観客よ、真っ向勝負だ。38マイクが、世界一おもろい私たちを出迎えてくれる。


   ◇


 私がツッコミ、芸名は「始発」。相方、ボケの芸名は「終電」。合わせて、「始発終電」。芸歴七年目。仕事量? まあ、そこそこ。事務所の劇場にはたまに立たせてもらっているし、さすがにニッポン放送とかTBSとかじゃないけど、ラジオ番組も持っていて、YouTubeチャンネルは登録者がもうすぐ3000人。若手にしたら多い方よ? ぜんぜん、多い方。


 さすがにバイト辞めたら食っていけないけど、まあ店長とかも理解ある方でさ。ライブ決まって急遽休み取らなくちゃいけなくなっても嫌な顔しないし、応援してくれてるみたい。「M-1の一回戦動画みたよ~」とか言ってくれて、マジでありがたいことこの上ない。「2位通過なんてすごいじゃん」とかね、本当にちゃんと観てくれてるみたい。だから私も「決勝行くためには一回戦で2位じゃヌルいんす」とか、口が裂けても言えない。実際、今年も3回戦落ち。三年連続。あと2つ、準々抜けたら地上波保障ラインだってのに、マジでそこの壁が厚い。


 ま、このご時世、M-1がすべてじゃないし。私たちは、劇場のお客さんを、目の前の人たちを笑かすことが大事なんだけど、


「上々やと思うよ。最前とか、笑ろてる人めっちゃおったもん」


 とか、ハイボールの入ったジョッキを両手で持ちながら喋る終電に、私はアルコール交じりの溜息を吐いてしまう。目の前の人たちを笑かす、ってそういう意味じゃないんだけどな。本当に目の前の人だけ笑かすんじゃなくて、最後列まで笑いが伝播しないと、話にならないんだけど……そう思ったけど言わないでおいた。それはあまりにも八つ当たり気味だし、飲み込むのが吉だ。そして私は、ついでにおちょこの中の日本酒も一気に飲み干した。


「僕も良かったと思うよ。『色鬼』のネタ、どんどん磨きがかかってるよね」

 って、斜め前に座る佐倉さんが言ってくれたから、ちょっと救われた。と同時に、こんなんで救われてんじゃねーよ私、と右拳で右頬をブチ殴りたくもなった。


 いま私たちがいるのは劇場近くの居酒屋で、劇場メンバーの行きつけで、まあいつも通りの打ち上げ会場だった。周囲の芸人たちのはしゃぐ声が耳障りだけど、これもいつものことなので慣れっこではある。けど、それと胸の内にある苛立ちに折り合いをつけれるかどうかは別の話。


 私は心を落ち着かすために、佐倉さんの顔を見た。本当に整った顔していて、いい男。もちろん芸人の関係性に恋愛感情を持ち込むみたいな三流の思考は持ち合わせていないから、そういう下心は一切ない。単純に、見ていて心が安らぐ。失礼な比喩かもしれないけど、あれと一緒。猫。


 だから佐倉さんは例外とするけど、それ以外の人たちはホントひどいのだ。

 

 だってさ、とにかく大声出して盛り上がって、それを「芸」とか呼んじゃう人たちとの酒の席なんて、気分がいいわけないもの。言っちゃえばこいつらのレベルなんて、素人が書いたおもしろ(笑)ブログと大差ないから。大声一本で笑かしにかかる感じ、n番煎じのユーモアを太字で表記しちゃうのと根底は一緒でしょ。小手先の、かつ、誰にでもできる安直な表現技法に頼らないと笑いを産めない人たちって意味で。


 しかもだ。


「まあ、間違いなく売れるね~。始発終電。絶対売れる。最古参の俺が保証する」


 と、こういうことを平気で言う。発言者は、ピン芸人のみぞおちミチオさんだった。


 さすがに耳を疑った。さっきから佐倉さんの隣でニヤニヤしながらカシスオレンジを飲んでいたこいつは、私の二個上の先輩。だからこそ、その妄言が信じられなかった。いま最古参って言ったか? お前、なんで外野面なの? 戦場に立っている自覚、もしかしてない?


 ちょっと待てよ。私がいまいるこの空間って、マジで何なんだ。こんなにレベルの低いところに、私はいるのか?


 そう思うと、私の中の怒りが沸騰しそうになった。


「……。みぞおちさんは今年のM-1、観てないんですか」


 だから私は、思わずそう口にしてしまった。


「え? いやいやいや観たよ。観たに決まってんじゃん。もしかして俺、芸人じゃないと思われてる? やめてよ~。ね、ユカジュウタンも最高だったしさ──」

「だったらっ!」そして、怒りは完全に沸点を超えた。「有象無象ライオットが優勝して、後輩が日本一の漫才師になって、なんも思わないんですか!」


 一瞬、店内がしんと静まり返った。しばらくして、みぞおちさんの渇いた笑い声が響いた。


「ははっ。なんも思わないって……俺、ピン芸人よ? 漫才師とは違うし」

「……そういう話じゃなくてっ」

「いや、分かるよ。有象無象ライオット、君らの同期だよね? まあ、そりゃあ焦るか。同期が日本一になったら、いやあな気持ちにもなるよね。でもさ、あいつらってやっぱ特別だから」


 あいつらは特別。その言葉が私の心臓を抉る。

 つまり、私たちは特別じゃないって、聞こえる。


「そういう天才と比べちゃう気持ちって、分かるよ。でも、地に足つけなきゃ獲れる笑いも獲れないってもんで、」

「天才天才って……! そうやって傍観してっから──」


「なぁ、しいちゃん」


 ぴしゃり。私の溢れ出す怒りを堰き止めたのは、終電の声だった。


 それから、終電は両手で持ったグラスをゆっくりと口に近づけながら、いつものように淡々と、


「言いたいこと、大声でしか言わんの、きしょいで」


 呟くような声で、私を制御する。

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