生徒会長の資質

 ああ、話が見えてきた。白倉さんも罪作りな人だ、そんな困難な任務を司くんに与えるなんて。いくら彼が元生徒会長であったとしても、これは難題に違いない。そしてそれに応えようとする司くんも、実に勇気があると言わなければなるまい。


「春休みになって、四月から高校に進学するっていうのに、学校辞めようかなどうしようかなって、それだけをずっと考えてました。そんな時に、いきなり金澤さんからメールをもらったんです」


「メール、か。須藤さん、昔から司くんと知り合い?」


「いえ。私が中二の時に金澤さんは中三で生徒会長でしたから、さすがに名前と顔は知っていましたけれど、個人的な接点はまったくありませんでした。だから私、本当に驚いてしまって。なんで私のメルアド知ってるんだろうって」


 絶対に白倉さんだ。個人情報保護法をガン無視する、この学校のイリーガルヒーロー。

 私にもようやく、すべての事情が呑み込めた。白倉さんは春休みのうちに、司くんに生徒会の仕事をすでに依頼していたわけだ。その内容とは、不登校の須藤さんを新学期から登校させること。スケボーの朝倉くんの一件を自分で担当しながら、並行して副会長の司くんも動かしていたのか。まだ新生徒会も発足していなかった時期なのに、打つ手が早い。早すぎる。


「最初はいたずらだと思いました。メールの文面が、新学期の朝に迎えに行くから家の前で待っていてくれ、ただそれだけでしたから。ひょっとして、嘘の告白ゲームみたいなのでからかわれているのかな、なんて」


 俺は環季先輩には嘘はつきません、と司くんは私に言った。きっと彼は、須藤さんにも嘘なんてつかない。彼が嘘をつくとしたら、そう、自分にだけ。


「で、新学期の朝に家を出てみたら、本当に金澤さんがいたんです。自宅まで知っているとか、怖いですよね。私思わず後ろを振り向いてしまいました、お母さんに見られてなくてよかったなあって」


「あはは、そうだね。いきなり男の子が迎えに来てたんじゃあ、親としては心穏やかじゃいられないからね。司くんも、もうちょっと気を使えってのよ」


 須藤さんは微笑むと、先を続けた。


「それからは金澤さん、毎朝迎えに来てくれました。私がいくらもういいですって言っても、断れば俺のことを君の両親に話す、なんて脅してきて、困っちゃいました。もっとも私がいきなり登校を再開したので、その両親もすごく不思議がってましたけれど」


 なるほど。だが、司くんはとりあえず須藤さんを外に連れ出すことには成功したものの、それは根本的な解決にはなっていなかったという事だ。自分から学校に行きたいと思うような動機を、彼女の内から引き出すまでには至らなかった。


「で、ついにあなたが爆発しているところに私が居合わせた、と。まったく、どうして司くんったら、私に最初から話してくれなかったのかなあ。別に隠すことじゃないのに」


 不満を漏らした私を見て、須藤さんは司くんを擁護ようごした。


「きっと金澤さんは、私のことを心配してくれたんだと思います。私の怪我や不登校のことを、八尋先輩も含めて他の誰かに話したら、私が落ち込むと思ったんじゃないですか」


 私は大きなため息をついた。私だって生徒会の一員なのだから、司くんじゃなければ白倉さんが私に話してくれてもよかったのに。彼女的にはそれぞれの仕事では個人活動をとしているのかもしれないが、組織内で秘密にしたりするから、司くんと無用な軋轢あつれきが生まれてしまったではないか。


「参ったなあ。じゃあ、司くんを責めたのは全く私の早合点だったわけだ。うーん、これは彼に謝らないといけないわねえ」


「すいません。あの時私がその場で事情を話していれば、お二人が喧嘩することもなかったのに」


「いいのよ、須藤さん。あの後で司くんとはある程度仲直りした、と思っているのは私だけかもしれないけれどね。それにしても彼、優しいところあるじゃない」


 須藤さんは眼鏡の位置を直しながら、薄く頬を染めた。


「そうなんです。金澤さん、すごく優しいんです。一緒に登校していても、いじけてろくに口も開かない私に、あれやこれやと面白い話をしてくれて。こんな人と付き合えたらいいなあって、私一瞬思ったくらいですから」


「え、そうなんだ。でも、それは」


 司くんは決して好意から須藤さんを誘ったわけではない。その事実を話そうかどうしようかと躊躇ちゅうちょしている私に、彼女はにっこりとほほ笑んだ。


「わかっています。金澤さん、フェアでしたから。最初にちゃんと言ってくれたんです。俺は会長に言われてここに来ている、これは仕事だ、って」


「あ……言ったんだ」


「でも金澤さん、こうも話してくれました。会長は、俺に仕事をしなくてもいいと言った。でも俺は、自分がやりたいと思ったからこの仕事を引き受けた。だから、文句があるなら会長じゃなく俺に言って欲しい。そんなふうに」


 彼女の言葉で私は理解した。司くん、立派に生徒会長してたんだ。愛嬌はともかく、学園生活を良いものにしたいという彼の情熱を、生徒会長としての彼の資質を少しでも疑ったのは、明らかに私の間違いだった。司くんに謝らなければならないことが、どうやら二つに増えたらしい。自分の不明を心の中で恥じながら、私はわざとぶっきらぼうに言った。


「なによ、あいつ。格好つけちゃって」


「そうですね。でも、本当に格好良かったですよ。憎いくらいに」


 そう言った須藤さんは、静かに笑った。


「金澤さんが自分の意志で私のところに来てくれたと知って、素直にうれしかったです。でも私、やっぱり自分が余計にみじめに思えてきて。それで結局、あんなに優しくしてくれた金澤さんを突き放してしまうことになって」


 そう言って須藤さんは、私に鋭い目を向けてきた。私はすでに気付いていた。彼女の仮面のひび割れが徐々に広がり、ところどころが剥がれかけていることに。そして、彼女が自分の薄暗い心のうちを、私にここまでさらけ出して見せた理由にも。


「須藤さん。一つ、聞いていいかな」


「何でしょうか、八尋先輩」


「会長と司くんがいない時を狙ってここに来た理由は、私に謝ることだけ?」

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