ありがとう、でよかったんだ
「隣、座ってもいいかな?」
何気ない白倉さんの言葉に、私はどきりとした。それは昨日ラジオで話題になった、付き合ってと直接言えない人が遠回しに告白するためのセリフではないか。って、何を考えてるんだ私は。同性であるということはさておいて、こんな高嶺の花の人に言い寄られるかもしれないなどと妄想するほど、私は人間関係に飢えているのだろうか。まったく、我ながら身の程知らずにもほどがある。
「は、はい。どうぞ」
やっとのことでそれだけつぶやいた私に白倉さんは朗らかに笑うと、ついさっきまで諸永さんが占めていた椅子に座り、きちんとした姿勢で私の方へと向き直った。
「いきなりお邪魔してごめんなさい。私、B組の白倉莉子といいます」
いまさらそんな自己紹介をされても反応に困る。先ほど自分で、生徒会長の白倉莉子をよろしく、とA組全員に自己アピールしたばかりではないか。仮にそうでなくても、うちの学校の生徒で彼女を知らない者などいるはずもない。
「あ、私、八尋
白倉さんに返した私の答えもまた、実に間抜けなものだった。もちろん彼女は、とうの昔に私のことなど調査済みの上で、こうして接近してきたに違いないのだから。白倉さんは軽くうなずくと、先ほど諸永さんが出ていった教室の扉を、きれいな人差し指で指し示した。
「あの子、八尋さんのことを嫌っているの?」
私は教室内を見回して誰も残っていないことを確認すると、白倉さんの目を見て言った。
「私は別に何とも思っていませんが、諸永さんの方はどうでしょう。私に聞くよりも、彼女に直接聞いてみた方が早いのでは?」
我ながら嫌な言い方だった。白倉さんは恐らく、以前から私が諸永さんにからかわれていることを知っていたのだろう。先ほどの二人のやりとりは、白倉さんが私に助け舟を出してくれた結果に違いないのだ。しかし卑屈な私は、そんな自分が歯がゆくて、思わず言ってしまった。
「あの、迷惑です」
私の突然の非難に、白倉さんは驚いたように目を見張った。
「え? 私が八尋さんに話しかけたことが?」
「そうではなくて。あなたが諸永さんをやり込めたことで、私は必要以上に彼女の不興を買ってしまったと思います」
なんてことを言うんだ、私は。こんな可愛げのないあまのじゃくだから、友達の一人もできないんじゃないか。情けをかけられたくない、なんてくだらない虚栄心で、人の好意を
しかしそんな私の無礼な言葉にも、白倉さんは嫌な顔ひとつ見せなかった。彼女は初めて私から視線をそらすと、唇を噛んで小さくうつむいた。
「……ごめんなさい、私の配慮が足りなかった。あなたの言うとおりだわ、ちょっと調子に乗りすぎたみたい」
私は心底後悔した。白倉さんの顔が、演技や追従なんかではない、本物の
何が自分に正直に、だ。そんな偉そうなことを言うのなら、私が今やることは一つじゃないか。
私は彼女に向って深く頭を下げた。
「私の方こそ、ごめんなさい。独りぼっちの度が過ぎて、性根までひん曲がっちゃってたみたいです。助けてくれて、ありがとうございます」
「え、いや。余計なことしちゃったなあって」
私の謝罪の言葉に、白倉さんはどぎまぎしながら両手を振った。おお、あの完璧そうな生徒会長も、私の言葉なんかで動揺するのか。
「そんなことないです、会長。それに、正直」
「正直?」
私は、上目遣いに彼女を見上げた。
「ちょっと、スカッとしました」
つかの間、私と彼女は視線を交わし合う。そして次の瞬間、二人ともはじけたように笑いだした。
「ありがとう、八尋さん。じつは、私もそうなのよー」
おなかを抱えて笑い転げる白倉さんを見ながら、私は奇妙な充実感に満たされていた。誰かと心の底から笑い合ったことなんて、いつ以来だろうか。白倉さんは何を思ったか、私を見てにこにこと笑いながら、腕を組んで一人でうなずいている。
「あー可笑しい。八尋さん、やっぱりあなたって最高。ストーキングしていた甲斐があったわね」
笑い涙を指で拭っていた私は、ん、と我に返った。聞き間違えたかな、生徒会長がわざわざ私をストーキング? 受験ストーキング作戦、またしてもラジオで聴いたネタが頭をよぎる。
「あの、何でしょう。私、生徒会にマークされるようなことを何かやらかしましたか?」
「ううん。あなたをマークしているのは生徒会ではなくて、私個人」
「え」
「八尋さん。あなた、生徒会役員になってみない? あなたを書記に欲しいのよ」
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