第59話 さて、じゃあ僕も休暇を貰おうかな

 武闘会を引っ掻き回して早一週間が過ぎた。僕は相変わらずというか、そもそも事態を引き起こした張本人だから何を変える必要もないっていうのが正確かな。


 あの事件以降、魔王軍の活動が活発化すると共にあちらこちらで魔族たちが救出されては姿を消す事件が勃発していた。


 その影響もあって、この王都内だけでもあちらこちらでデモ活動やら、クーデターを企てる動き、更には反魔王軍という一般人を募った義勇軍みたいなのまで結成されつつあるらしい。魔王の与えた影響は想像以上に大きく、単に暴れたかっただけの僕からすれば申し訳ない気もしたけれど、結果的に僕の家族たちが大手を振って表を歩ける日が早くやって来るのならそれも悪くない気がしていた。


「そして、学園も学園で授業どころじゃないんだよね」


 まず、一番大きな要因として学園長が姿を消したことだ。彼はこの学園での最高権力者でありながら、魔王軍と並んで今や表舞台で脚光を浴びている魔導叡智研究会のメンバーだったことが公表された。


 元々、魔王軍と同様に今までは都市伝説程度の噂でしかなかったが、事件後、魔王の復活と共に多くの学園関係者の証言から彼らの存在もいよいよ表に出た。


「まさか、自分たちが平和だ、平穏だなんて思ってた社会の裏で二大組織が暗躍してるだなんて、誰も思わなかっただろうね」


 しかし、魔王軍同様に研究会の動向も掴むことはできず、未だにイタチごっこが続いていて王国の騎士団たちが手をこまねいているのが現状だ。戦闘能力に関しては言うまでもなく僕たちの方が高いのだけれど、流石は何百年も穴熊決め込んでいた組織だけあって隠れるのは十八番らしい。


「学園の関係者に研究会のメンバーが潜んでいることが考慮されて、一時的な休校措置と共に現在はガサ入れ中ってとこかな」


 今も、騎士団の人たちがせっせと学園の施設の隅々までを調べている最中だろう。学園関係者も数は相当な者だろうし、全部終わるまでに一月は掛かるかもね。


 そして、その一月後は僕が宣言した通り国取り合戦開始の合図でもある。これでもしも王都を落とすことができれば、他の国に対しても「魔王軍に逆らってはならない」という牽制的な役割を果たせるだろうし、そうすれば何処かの国を味方に引き込めるかもしれない。


「まあ、その辺りのことはルナを含めた八魔将たちがなんとかしてくれるでしょ」


 学園内では、何と学生からも魔王に立ち向かわんとする義勇兵を募る活動やでも活動が行われている。実に優秀だし、行動力もあって素晴らしいとは思うけれど、残念ながらそう言う人たちは皆殺しにしなければならない。


「彼らには悪いけれど、僕たちの新たな時代を築く礎になってもらおう。犠牲なくして、欲しいものが手に入るなんて思ってないからね」


 そして、その中には当然のことながらシュウヤも含まれる。シュウヤは大会で敗れた後、少しでも強くなるために訓練をするべく会場を抜け出していたらしい。


 なので、あの騒動を知ったのは事件後のことだった。僕は大会の後、学園で一度だけ彼と会っていたのだけど、その時の彼は土砂降りな天気の下で萎れる花のような絶望感剥き出しの表情をしていた。


『あ、姉上が……攫われた? 嘘、だよな?』


『本当だよ。魔王が連れ去ったんだと』


『どうして、魔王がそんなことすんだよ! おかしいだろ! 姉上は何もしてねえのに!』 


 シュウヤは僕の制服の襟を掴み上げると、ぐわんと頭を揺さぶって訴えかけてきた。揺れ具合からも彼の必死さは十分に伝わってきたけれど、だからと言って僕がどうこうできる問題でもなかった。


『そんなこと、僕に言われても分からないよ。残念だけどね』


『そんな……。なら、一緒に探してくれよ! 友達だろ!?』


 何となく、そんな気はしていた。彼にとっては藁にもすがるような思いで僕を頼ってくれたのだと思う。


 何だかんだ言って、僕みたいな人種を友達として扱ってくれた彼にはほんの少しばかり情がないわけでもない。しかし、ここで僕が彼に協力するという選択肢は最初から存在しなかった。


『悪いけど、僕は友達に聖皇国に来るよう誘われてるんだ。休暇中は他所の国に行くから、イオナを探すことはできないよ』


『こんな時までふざけてんのか! 人ひとり誘拐されてるんだぞ!』


『かもね。でも、誘拐なんて誰の身にも起こり得ることだ。それこそ、僕が誘拐された時みたいにね。その時、シュウヤは僕を探してくれた?』


『そ、それは……』


『分かってるんだろう? 攫われた人間が戻って来る確率は、この王都では限りなく低い。治安維持において騎士団の守る王都が一番安全なのにも関わらず起こるんだ。そうなると、国の暗部が関わってる可能性が高いって一般的にも言われてるからね。例え騎士団が捜索したとしても、見つかる可能性は限りなく低い』


 無論、暗部云々の話は都市伝説に過ぎないけれど、実際に誘拐された人物が戻ってきた確率は年間で2%未満だ。王都における行方不明者は、年間で二百、三百人はいくと考えると一人戻ってくれば万々歳くらいな計算になる。


 その現実を直視したことで、シュウヤの手がだらんと垂れ下がった。そして、何やらうわ言を呟きながらゾンビのような足取りで何処かに行ってしまった。


「蓋を開けてみれば、反魔王軍側に加勢して活動してるんだから凄い立ち直りの速さだとは思う。けど、その時点で僕はもうシュウヤを助けられない」


 どうあれ、彼が僕の敵に回ったのは確定的に明らかなのだ。ならば、ここは一応の友達として引導を渡してあげる必要があると思うんだよね。


「そして、アリスティアとは連絡が取れず……。武闘会での騒ぎの後、慌ただしく王宮に向かってからだよね」


 魔王の襲来、デモやクーデター活動への対応、情報統制に一月後に向けた対策会議とやることは盛り沢山だろう。もう僕を近衛騎士? にする云々の話も飛んだと思っていいのかもしれない。


 ほら、アリスティアが周囲を統制しつつ、学園長を追い立ててくれたお陰で物事がトントン拍子に進んだようなところもあるし、実はこれでも感謝しているのだ。


 だから、もう少ししたらユリティアと一度合わせてみてもいいのかもしれない。これもご褒美ってことでさ、そして魔王軍が国取りを成した暁には再び姉妹二人で暮らせる環境を整えてもいいかもね。


「そして、問題です。僕はどこにいるでしょう?」


 正解は……聖皇国行き列車の、それも特一級車両の中だ。つまりはVIP、ルナが送ってくれたチケットを使ったらあっさりと通してもらえた。


「完全個室、食事やバーが自由に利用できて、おまけに寝台列車としての特性もある、まるでホテルに住んでいるかのような快適さ! やっぱり、旅っていうのは贅沢してナンボだよね〜」


 次に向かう聖皇国では、どんなお祭り騒ぎが僕を待っているのか考えるだけでもワクワクする。


 この世の理不尽に抗う魔王イグニスとしての戦いは、まだまだ続きそうだった。

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理不尽に抗うための異世界転生譚〜そうだ、魔王になろう!〜 黒ノ時計 @EnigumaP

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