1杯目 つぐみ

〈登場キャラ〉

・シグレ=A

・つぐみ=B


          ♪


0:~からころん~


シグレ:「いらっしゃい」


つぐみ:「あ、ども」


シグレ:「名前は?」


つぐみ:「つぐみ、です」


シグレ:「そう、私はシグレ。シグママって呼んでちょうだい。それより、あなた凄く顔色悪いけど大丈夫?」


つぐみ:「え、まぁ」


シグレ:「ならいいけど。で、飲み物どうする?」


つぐみ:「水で」


シグレ:「み、水……スナックに来て水って、あなた本当に大丈夫?」


つぐみ:「あーそっか。スナックって、お酒を、頼むところでしたね」


シグレ:「基本は、ね。それでどうする? 水? それともお酒?」


つぐみ:「変わらず水で。あたし、未成年ですし」


シグレ:「み……成年、年齢は?」


つぐみ:「えっと、確か今年で17になるんで、今は16です」


シグレ:「はぁー、わっかいわね~。それなのに何でこんなところ来たのよ。ここは、あなたような若者が来るところじゃないわよ?」


つぐみ:「別に。ただ話がしたくて」


シグレ:「話? あ、これ水」


つぐみ:「いただきます。んっ、つ、冷たい……」


シグレ:「氷が入った水なんてそんなものよ。それで話って? ここにわざわざ来たってことは、親や友達、彼氏とかには出来ない話なんでしょ?」


つぐみ:「そう、ですね。周りには、言えない話です。因みに……彼氏はいません。友達も」


シグレ:「あら、ごめんなさい。あなたぐらいの年頃なら、彼氏の一人二人、三人はいると思ったわ」


つぐみ:「いやいや、彼氏が二人三人もいちゃダメですよ、浮気になりますし」


シグレ:「ふふっ、真面目ちゃんね。まぁそれはいいとして、何で友達いないのよ」


つぐみ:「そ、それ聞きます?」


シグレ:「何か不都合でも?」


つぐみ:「別にないですけど、普通は何か察して流すところかなって」


シグレ:「もちろん察したわよ。だから、一応謝ったじゃない」


つぐみ:「……謝ったらいいってもんじゃ……」


シグレ:「何か言った?」


つぐみ:「いえ、何も。あたしに、友達がいない理由は至ってシンプルです。6歳から今日までずっと病院生活だったからですよ」


シグレ:「へー、それで友達が。それより退院おめでとう! そうだ、これは私からのサービス。枝豆とお菓子ね」


つぐみ:「ども」


シグレ:「しっかし、何でそんなにテンション低いの?」


つぐみ:「え、スナックではテンション低いとダメなんですか?」


シグレ:「いや、ダメなことではないわよ。ブラック企業で疲れたとか、彼女に他の男がいたとか、親父が借金してたとかで、そういう人はむしろ多いわ。でも、あなたはそうじゃないでしょ。退院ってめでたいことじゃない。その割には嬉しそうじゃないから。約10年ぶりの外よ?」


つぐみ:「……本当は一生出ることなく死ぬ予定だったんですけどね……」


シグレ:「なら尚更、めでたいことじゃない! なのに、あなたはずっと上の空。まるで、生きているのに死んでいるような。セミの抜け殻みたいよ」


つぐみ:「セミの抜け殻は生きてませんけど、実際セミの抜け殻みたいなものですよ、今のあたしは」


シグレ:「ちょ、ただの例え、例えよ。そんな鋭い瞳を向けて怒らなくてもいいじゃない。久しぶりに背筋が凍ったわよ」


つぐみ:「怒ってないです。むしろ言われたことがその通りすぎたので、思わずシグママさんの方を見てしまったと言うか……それだけです。後、目付きが悪いのは産まれつきなんで」


シグレ:「それは違うんじゃない? 目付きが悪いんじゃなくて、あなたが自分で悪くしてるように、私には見えるわ。ずっと負のオーラを漂わせてるし。熊を狩りに行く前の猟師みたいよ。もしかして私の名前がシ『グマ』マだからあえてそうしてるかしら? ふふっ」


つぐみ:「熊を狩るメンタルを持っているなら、ここには来てませんよ」


シグレ:「まーた正論。もー、私のボケぐらい拾ってツッコみなさいよ。これじゃ私が滑ったみたいじゃない」


つぐみ:「それはなんかごめんな、さい? あたし、人と喋ることなくてボケとかツッコミとか分からなくて」


シグレ:「じゃあ教えてあげるわ。今の返しはね『もーシグママみたな可愛い熊さんには銃口じゃなくて、恋の矢、撃っちゃいますよ~///』。どうイイ感じじゃない?」


つぐみ:「……」


シグレ:「ねぇ、黙って呆れたような目を向けるのはやめてくれない? く、くれないか。まぁいいわ。話しを戻しましょ。で、セミの抜け殻がその通りってどういうことなの?」


つぐみ:「……あたしの心臓……あたしのものじゃないんです」


シグレ:「それでセミの抜け殻。自分の重要な核である心臓がないってわけね」


つぐみ:「驚かないんですね」


シグレ:「驚いてほしかったの? それならもう一度やりなおす――」


つぐみ:「大丈夫です。あたしは心臓移植をして他の人の心臓で今生きてます。まだ実感もなく変な感じですけど」


シグレ:「んーそれが嫌なの? 私には喜ばしいことだと思うけど。病院で死ぬ予定だったあなたが心臓移植が出来るドナーが見つかって、手術に成功して、病院を退院出来た。奇跡にも近い素晴らしいことじゃない? 違う?」


つぐみ:「……違う……」


シグレ:「は? 違う? あなたは死にたかったの?」


つぐみ:「……」


シグレ:「黙っていても分からないわよ。あなたは私に話をしに来たんでしょ?」


つぐみ:「……好きだったアイドルが亡くなりました」


シグレ:「え?」


つぐみ:「白橋紗香しらはしさやか。あたしの推しで、あたしの憧れで、あたしの生きる希望でした」


シグレ:「その子って最近人気急上昇中のアイドルグループの絶対的なセンターよね。私でも知ってるぐらい有名な子じゃない。最近ニュースで亡くなったことを知って、若いのに残念だと思ったわ」


つぐみ:「本当に、本当に……残念でした」


シグレ:「それは落ち込むのも当然ね。自分の心臓を失い、心にも穴が開いて、あなたがセミの抜け殻を肯定する理由も何となく分かるわ」


つぐみ:「それに実はあたし、白橋紗香、ううん、さやピーみたいなアイドルになって、さやピーと一緒にアイドルしたかったんです。そのために心臓に病を抱えながらも、動ける時は動いて歩けなくならないようにしてたし、歌だって体に影響が出ない程度に練習してました。死ぬかもしれない、いや、死ぬことが決まってたにも関わらず、さやピーを見ては絶対に同じ舞台に立って、二人で一緒に歌って踊るんだーって! なのに! なのに……うっ……」


シグレ:「あーほら、ハンカチ」


つぐみ:「うっ……あ、ありがとうございます」


シグレ:「現実とは人生とは残酷ね。折角、あなたがアイドルになれる体を手に入れたっていうのに、その目標だった希望だった白橋さんが亡くなってしまうなんて」


つぐみ:「……シグママ、それはちょっと違うんです」


シグレ:「違うって……あ、あなた鼻水も凄いわね。ほらティッシュも使いなさい」


つぐみ:「どぉ、どぅも、ちーんっ!」


シグレ:「それにしても、どこがどう違うのよ」


つぐみ:「え、っと、正確には、さやピーが亡くなってから、あたしがこの体を手に入れたんです。だから、順番が逆なんですよ」


シグレ:「どちらにしても十分残酷だと、私は思うけど」


つぐみ:「確かに残酷なのは変わりません。でも、あたしにとっては全然違います」


シグレ:「あたしにとっては?」


つぐみ:「はい。だって、あたしのこの心臓は……『白橋紗香の心臓』……なんですから」


シグレ:「……つまり、ドナーが自分が推していたアイドルだったってこと、なのね」


つぐみ:「そういう、ことです。これを知ったのは退院する時の病院でのお別れ会でした。み、水のおかわりいいですか?」


シグレ:「もちろん。さっきと違って氷なしにする?」


つぐみ:「いえ、さっき以上にギンギンでお願いします」


シグレ:「そう、分かったわ」


つぐみ:「あぁぁぁ……やっぱり冷たい」


シグレ:「あなたが望んだことでしょ?」


つぐみ:「そうなんですけど、冷たいものは冷たいんです。でも、これぐらい冷たいものを飲まないと、今からする話は頭が沸騰しちゃって熱出そうなんで」


シグレ:「なら私も覚悟しないといけないわね。んー、テキーラのストレートをいっておくとするわ!」


つぐみ:「それって大丈夫――」


シグレ:「ふぅ~、大丈夫、全然大丈夫よ。これでもスナックのママなんだから。よし、話を聞かせてちょうだい」


つぐみ:「は、はい。あたしのドナーがさやピーだと知ったきっかけは、あたしの退院のお別れ会にいなかったからなんです」


シグレ:「なるほど? いや、何言ってるの? そらいるわけないでしょ。トップアイドルが一般人の退院のお別れ会に来るわけないんだから。来たらとんでもないサプライズよ」


つぐみ:「あ、言い忘れてました。実はあたし、病院でさやピーと会ってて、友達、ううん、ライバルになったんです。あれは2ヶ月前のことでした。あたしがいつも通り足が動かなくなるのを防ぐために病院内を散歩してたら、いきなり病院の診察室から現れたんです、さやピーが!」


シグレ:「ふふっ、やっと笑ったわね」


つぐみ:「え、あ、これは……多分、当時のことを思い出したからです、かね。恐らく当時も今のように笑っていたんだと思います。と言っても、最初は目を疑って、声をかけられずに追いかけることしか出来ませんでした。でも、病院の控え室に座る姿は何度も何度も何度もテレビで見たさやピーで、いつの間にか勝手に足が普段より早く動き出してました。あの時、人生で初めて走ったかもしれません。同時に普段死んだように静かな心臓があんなにドクンっドクンっと叫んだのもあの時だけでした」


シグレ:「流石、トップアイドル白橋紗香ね」


つぐみ:「そうなんです! さやピーは当時の弱々しかったあたしの体をいとも簡単に暴走させてしまって。まぁそれも仕方ないと思えるぐらいには魅力的な存在なんですけど。顔も声もスタイルも、歌もダンスもファンヘの対応もホント神で、アイドルになるために産まれて来たであろう人間。アイドル界の女神、いや、そんな言葉では足りないですね。この世の全てを癒し、希望を与える太陽のような女神な・ん・で・す!」


シグレ:「わ、分かったから落ち着きなさい」


つぐみ:「あ、つい……」


シグレ:「白橋さんの魅力も、あなたの白橋さんへの熱量も理解したから続きを聞かせてちょうだい」


つぐみ:「あ、えっと、どこから、あっ、思い出した。勝手に体が動いて走っていたんですけど、慣れないことをしたせいでさやピーの前で転んでしまって。脳内では『あー最悪!』って感じで。でも、そのせい、ん? そのおかげでさやピーの方から話しかけてくれて、今でも覚えています! 最初の言葉は『ねぇ、君、大丈夫?』でした。あたしはすぐに立ち上がって心配させないようにしようとしたんですが、反動もあってか思うように足が動かなくて。だというのに、口は動いてて何故か自然と『ファンです! さやピーのファンです! 大好きです!』って言ってました。そしたら、さやピーが急に笑い出して。あたしはその姿に疑問を抱くことなく、それどころか『可愛い女神か!』と思いながら瞬きも忘れて眺め拝んでいました。まぁそんな時間も長くは続かず、あたしは看護師に見つかって自室に連れて行かれたんですけどね」


シグレ:「そらそうなるでしょうね。しかし、白橋さんは何が可笑しかったのかしら」


つぐみ:「後日聞いた話だと、さやピー曰く、質問の答えが『大丈夫です』じゃなくて『ファンです!』がツボだったようで」


シグレ:「なるほど、確かに普通の返答ではないわね。にしても、なんか凄い出会い……ね。全てあなたの暴走が招いたものだけども」


つぐみ:「あ、あたしじゃなくて、あたしのバカな体が暴走したせいですって! まぁその後、看護師や医師、親に『死ぬ気か!?』って怒られて、一ヶ月も病室から出るのを禁止されちゃいましたよ」


シグレ:「当然の結果ね」


つぐみ:「正直かなり反省はしましたけど悔いはなかったです」


シグレ:「堂々とそう言えるのなら、あなたの体は正しい判断をしたと言えるんじゃないかしら」


つぐみ:「ですね。あの時も今もバカな体だとは思いますが、間違いなく判断に狂いはなかったと胸を張って言えます! ですが、アイドルへの道を考えると外出禁止は辛すぎる処罰でした。さやピーと会えたこともあり、モチベーションがMAXだったので、とにかく足を動かしたくてしょうがなかったんです。病室内を歩くことも出来るには出来るんですが、やっぱり病室と病院内を歩くのでは何か違って。半月ぐらいは複雑な気持ちで窓からの景色を眺める日々が続きました。そんな日々の最中、アイドルグループ事務所から白橋紗香の活動休止が発表されたんです。これには流石に外出禁止も相まってこたえましたよ。あたしが病室でやっていけたのも、テレビに映るさやピーの存在が大きかったですからね~」


シグレ:「それにしては、あなた今凄いニコニコしてるわよ?」


つぐみ:「え、あ、あああ、ゴクッゴクッゴクッ! 冷たっ!」


シグレ:「ちょ、そんな一気に飲まないの。退院したばかりなんだから」


つぐみ:「そ、そうでした」


シグレ:「それに水を飲んだところで、そのニヤニヤは収まりそうにないわよ?」


つぐみ:「な、何を言っているんですか。あたしはニヤニヤ、ナンテ、シテマセン、ヨ」


シグレ:「そういうことにしといてあげるわ。それよりニヤニヤの理由を教えなさいよ」


つぐみ:「ふぅ……ちゃんと話しますから、そう急かさないでください。あ、えっと、それでですね。そのー、活動休止発表後の翌日に、入院先が同じ病院だったらしく、あたしの病室にさやピーが来たんです」


シグレ:「へ~、なるほどね〜」


つぐみ:「その悟った顔やめてくださいよ! むぅ、まったく」


シグレ:「ふふっ。てっきり一人部屋だと思っていたけど大部屋だったのね」


つぐみ:「あ、一人部屋だったんですけど、以前の件もあってわざわざ、さやピーが来てくれて」


シグレ:「休止してもファンサは忘れないって、アイドルの鏡ね」


つぐみ:「本当にそれです! しかも、しかもですよ! あたしがさやピーのことがどれぐらい好きで憧れているか話したら『じゃあ、今日からライバルだね!』って言ってくれて、それから毎日のようにさやピーが来てくれるようになって、あたしがアイドルになるための特訓までしてくれるようになったんです!」


シグレ:「白橋さんが来てくれるなら外出禁止も問題ないし、さっきニヤニヤしてた理由がよく分かったわ」


つぐみ:「もーニヤニヤしてないですって!」


シグレ:「ふふっ」


つぐみ:「もー次行きます。特訓はですね、激しい運動は厳しいのでダンスとかはなく、歌を中心にしてもらいました。特訓最中に聞ける生のさやピーの歌声は耳が妊娠するかと思うほど透き通ってて美しく最高で、あー今思い出してもたまりません! 同時に私もさやピーの隣で歌いたい。アイドルとしてステージで一緒に歌いたい。その気持ちは強くなっていきました……そう、強く……強くなっていったのにっ……うっ……」


シグレ:「ゆっくりでいいわよ。そこまで起伏が激しいと疲れるでしょ」


つぐみ:「……ず、ずっと暗くいる予定だったんですけど、ね」


シグレ:「それだけあなたにとって、白橋さんとの思い出は素晴らしいものだってことよ」


つぐみ:「うっ……」


シグレ:「少し泣いて落ち着くといいわ」


つぐみ:「ふぅ……ふぅ……ふぅ……い、いえ、大丈夫、です」


シグレ:「本当に? あなたの顔、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ――」


つぐみ:「はっ、早く話したいんです! 話さないと、話さないと辛いんです。心臓移植したはずなのに、ずっと心臓がズキンズキンと痛くて、それぐらい一人では背負いきれなくて。だから、とにかく今すぐにでも全部出したいん、です……」


シグレ:「そう。なら、安心してあなたのペースで話なさい。私は最後まであなたの話に付き合うわ」


つぐみ:「……ありがとう、ございます。ふぅ……外出許可が出た日の翌日のことです。あたしは担当医師に親と呼ばれて診察室に向かいました。普段こういうことはなく、もう死が近いのだと何となく察しました。でも、医師が口にしたのは『ドナーが見つかった』という想像とは逆の答えで、涙して喜ぶ親を横目に、あたしは信じられず言葉を失いました。約10年近く見つからなかったドナーが見つかったと言われたんです。漫画みたいに頬っぺをつねって夢じゃないかと確かめたりもしましたよ。それぐらい信じられないことでした」


シグレ:「白橋さんと出会った上に特訓までしてもらっていた件もあったし、尚更信じ難かったのかもね」


つぐみ:「2ヶ月の間に奇跡が2回も起こったら、誰だってこうなります。あたしは完全に浮かれてました。すぐさま、さやピーにそのことを伝えに行くと、さやピーは『おめでとう!』とあたしよりも喜んでくれて『これで一緒にステージに立てるね!』って言ってくれたんです」


シグレ:「白橋さんもなかなか酷なことを言い残したわね」


つぐみ:「今となってはそうかもしれません。ですが、あの時はこれしか言える言葉がなかったんだと思います。それにあたしも当時はそう言われて嬉しかったですし、その時やっと人生に一筋の光が差し込んだ気がしました」


シグレ:「光、ね」


つぐみ:「わ、笑えますよね。でも、それぐらい浮かれてたんですよ。本当バカですよ、バカ……バカすぎます」


シグレ:「そんなことないわ。むしろ、あなたの反応は普通よ。逆にそう思わない方がおかしいぐらいだもの。ただ、結果が残酷だった。それだけのことよ」


つぐみ:「……二人で喜び合った翌日には手術日が決まり、その日から手術のため安静にすることになりました。加えて、医師と看護師、家族以外は入室禁止になったので、その後さやピーと会うことはありませんでした」


シグレ:「急な別れだったのね」


つぐみ:「当時のあたしは移植手術をして元気な姿で、またさやピーと会う気満々でしたけどね。今思えば、シグママの言う通り急な別れだったと言えます。と言っても、母親を通してさやピーから『手術成功&退院お別れ会でお祝いパーティしよう!』なんて書かれた手紙が送られて来てたので、その日、つまり今日を楽しみにしてました」


シグレ:「そう、だったのね」


つぐみ:「おかげで、あたしには手術に対する恐怖心はなく、むしろさやピーにまた会えるということが楽しみで手術には意欲的でした。医師と看護師はその姿に少し引いてましたけど、全く気になりませんでしたよ。それからは淡々と物事は進んで行き、手術日当日になり、麻酔で眠るとあっという間に手術は無事に成功してました。でも、あたしにとっては寝て起きただけで、正直なところ心臓移植が行われた実感は全然湧かなかったです。今も着替える時に見える大きな傷を見て、あたし心臓移植したんだ、と思う程度で」


シグレ:「それはある意味、大成功と言えるわね。違和感がないぐらいあなたにフィットしてるんだから」


つぐみ:「確かにそれはそうかもしれません、ね……」


シグレ:「ん? どうかした? 体調悪い?」


つぐみ:「いえ、多分少し疲れたんだと思います」


シグレ:「起伏の激しい中、アレだけ喋れば疲れるのも当然ね。一旦、休憩する?」


つぐみ:「あ、それは大丈夫です。話はこれで、全てなので」


シグレ:「そうは見えないけど?」


つぐみ:「えっ」


シグレ:「分かりやすいぐらい視線逸らすし、顔も心が晴れた感じがしてない。あなた、まだ言ってないこと、あるでしょ? それも一番重要なことが」


つぐみ:「……鋭いというか何と言うか」


シグレ:「やっぱりね。はぁ、最後の最後で何を隠すことがあるの。あなたが全部吐き出したいって言ったのよ?」


つぐみ:「ごもっともです……」


シグレ:「その様子からしてその話。一番話したくて、一番話しにくいことってところかしら」


つぐみ:「……そこまで分かっちゃうんですね」


シグレ:「ええ、なんなら内容まで分かるわ。あなたがその心臓の持ち主を白橋さんだと分かった理由でしょ?」


つぐみ:「なっ!?」


シグレ:「そんな宇宙人を見るような顔しないでちょうだい」


つぐみ:「だ、だって!」


シグレ:「だから、恐れた表情はやめてちょうだい。ただ話を聞いていて、そこのピースだけ足りてないと気付いただけよ。最初にお別れ会に来なかったからと言っていたけれど、そんな理由だけで決めつけた。そういうわけでもないでしょうし。それにドナー相手はそう簡単には知ることが出来ないものでしょ? そう考えると自然とここに何か重要な話があるって推測出来たってわけ」


つぐみ:「シグママさんには敵いませんね。そこまで分かられている以上、もう全部話すことにします、いや、話を聞いて、ください」


シグレ:「もちろんよ。こっちは最初からそのつもりで聞いてたもの。遠慮なんてしなくていい。それがスナックって場所よ」


つぐみ:「シ、シグママさん……この場所を選んで正解でした」


シグレ:「そう思うなら早く話すことね。今すぐにでも全部出したいんでしょ?」


つぐみ:「はい、そうさせてもらいます。この心臓がさやピーのものだと分かったのは、母親から貰った一通の手紙でした。手術前に手紙を貰っていたこともあって、見覚えのある手紙で相手はすぐに分かりました。さやピーはトップアイドル。あたしが手術している間に病気が完治して、退院したから仕事でお祝いにはいけない。そんなことが書かれてあるんだと、すぐに想像出来ました。でも……」


シグレ:「でも?」


つぐみ:「でも、内容はそんな想像の斜め上をいくもので……こ、これがその手紙です」


シグレ:「私が読んでもいいの?」


つぐみ:「あ、はい。あたしが読むとまた最初みたいになっちゃいそうなんで」


シグレ:「そう。なら遠慮なく読ませてもらうわね。つぐみへ。無事に――」


つぐみ:「こ、声に出して読むんですか!?」


シグレ:「悪い?」


つぐみ:「別に悪くは……。す、好きにどうぞ」


シグレ:「そうさせてもらうわ。つぐみへ。無事に手術は成功したかな? これを読んでいるってことは成功したんだね! 本当におめでと~!!! そしてごめんなさい。私はもうつぐみに会うことは出来ないの。何かね、神様にね、お前は働きすぎだ! だから、今すぐゆっくり眠れ!って言われちゃったんだ~。どういうこと?って思った? あはははは……あんまり言いたくないんだけど、私ね、治らない病気になっちゃったみたい。もうお医者さんにはアイドルは出来ないって言われて、しかも、助からないまで言われちゃって……。その時に、つぐみと出会ったの。私が絶望してた時に希望の光みたいにつぐみが目の前に現れたの(転びながらだけどw)。でも、本当にあの時は救われた。最後まで自分に出来ることはないかって必死に生きる道を探そうと思わせてくれた。でもね、やっぱりダメだった。そして死までのカウントダウンも進み出していった。だけど、つぐみと関わることで何とか死の恐怖から意識を逸らすことが出来てたんだ。と言ってもね、夜になると一人で泣いてた。死にたくないよーって心の中で叫びながらね、毎晩毎晩、泣き疲れて寝る毎日だったよ。今の聞いて私のこと見損なった? いや、つぐみはそんな風には思わないかな(謎の自信あり!)。と、私が伝えたいのはね、私もつぐみも同じ人間だーってこと! 女神ではなく人間です。えっへん! よし、では、今からは大切な話をします。覚悟して聞いてください。つぐみと出会って一週間後にね、お医者さんに私が亡くなったら臓器移植をすることを伝えられたの。前々からドナー登録はしてたんだけど、まさか臓器を提供するなんて思わなくて驚いた。それが、つぐみ。あなた、だったことにはもっと驚いたよ。同時に自分のことのように嬉しかった。って、自分は死ぬのにおかしな話だよね。でも、これは本当で、つぐみが元気になるかもしれない。つぐみの夢が叶うかもしれない。そう思うと私の死にも価値があると感じたの。というわけで、今、私の心臓はつぐみの体の中心にいま~す。今後ともよろしくね~! 最後に、つぐみはアイドルになれるよ! 絶対に!!! 白橋紗香より」


つぐみ:「……こんな一方的な別れ方ってないよって言いたいです。さやピーは急な別れになることを知っていた。恐らくあたしが医師からドナーが見つかったと伝えられた日。あの日が山場だったんだと思います」


シグレ:「でも、さっき手紙が来てたって言ってなかった?」


つぐみ:「母親曰く、少し前にさやピーから手術が決まったら渡してほしいと頼まれていたらしく……」


シグレ:「最後まで、いえ、終わってもなおアイドルを、あなたの友達をライバルをやっていたのね」


つぐみ:「そういうわけです。やっぱり凄いアイドルです。あたしが憧れる最強のアイドルです」


シグレ:「それで、あなたはこの手紙を読んで何を思ったの?」


つぐみ:「分かりませんか?」


シグレ:「んー、生憎だけど私には検討もつかないわね」


つぐみ:「ここに来て、たちが悪いですね」


シグレ:「そんなに褒めても何も出ないわよ?」


つぐみ:「何も求めてないですし、そもそも褒めてません、まったく」


シグレ:「ふふっ。で、どう思ったの?」


つぐみ:「どう思ったというより……アイドルになるか迷ってます」


シグレ:「折角、アイドルになれる体を手に入れたのに? それに白橋さんも絶対になれるって言ってたのに?」


つぐみ:「あたしはさやピーを目標にアイドルを目指しました。でも、そのさやピーはもういなくて、アイドルになる理由が無くなったんです。さやピーのいないアイドル人生なんて、あたしにとって肉のない肉じゃがのようなもの。モチベーションが地の底に落ち、それが這い上がろうともしなくなりました。さやピーがいた時は、死ぬと分かっていても、必死にアイドル目指すという無謀なことをしてたっていうのに。今はもう自分の中にあったアイドルになるっていう気持ちが消えて無くなってしまったんですよ」


シグレ:「つぐみ。あなたはバカなの?」


つぐみ:「えっ?」


シグレ:「アイドル白橋さんは死んでないでしょ?」


つぐみ:「な、何を言ってるんですか!? このタイミングでふざけたこと言わないでください。流石のあたしでも怒りますよっ! さやピーは、さやピーは亡くなったんです! それは変わることのない事実なんです!」


シグレ:「私はふざけてなんかないわ。確かに白橋さんは亡くなった。でも、アイドル白橋さんはまだ死んでない」


つぐみ:「まだ意味の分からないことを言いますか! 一体、シグママさんは何が言いたいんですか!?」


シグレ:「あなたこそ、まだ分からないの? あなたと出会ってからの白橋さんの言動を思い出してみなさい!」


つぐみ:「あたしと出会ってからのさやピーの言動? 転びながら出会って、わざわざあたしに会いに来てくれて、ライバルになってくれて、歌の特訓をしてくれて、ドナーが見つかったことを喜んでくれて、『これで一緒にステージに立てるね!』って言ってくれて、最後に手紙をくれた」


シグレ:「もう分かるでしょ? 白橋さんの言動全てがあなたをアイドルにするためのものじゃない!」


つぐみ:「そ、そうですけど。もうさやピーは――」


シグレ:「ここにいるでしょ。あなたの胸の間にしっかり動いているでしょ!」


つぐみ:「……さやピーの……心臓……」


シグレ:「そう、白橋さんの心臓。それがある限りはアイドル白橋さんは死んでない。そしてあなたがアイドルになれば、あなたが目標とするアイドル白橋さんが死ぬことはないの」


つぐみ:「いくら何でも滅茶苦茶ですよ! 何であたしがさやピーの死を受け入れたっていうのに、シグママさんがそこまでしてそれを否定するんですか!」


シグレ:「そんなの決まってるじゃない。このままじゃ白橋さんとあなたが報われないからよ」


つぐみ:「報われない?」


シグレ:「あなたの夢は何だったの? もう一度、口に出して言ってみなさい!」


つぐみ:「あたしは、さやピーみたいなアイドルになって、さやピーと一緒にアイドルをしたかっ、た……」


シグレ:「そう、あなたは白橋さんみたいなアイドルになり、白橋さんと一緒にアイドルをしたかった。それは白橋さんの言動を聞く限り彼女も望んでいたはずよ」


つぐみ:「望んでいてもそんなこと――」


シグレ:「なら何で、白橋さんはあなたのドナーの話を聞いた時に『これで一緒にステージに立てるね!』なんてこと言ったの? 普通に考えておかしいと思わない?」


つぐみ:「それは……」


シグレ:「あなたがアイドルになって、白橋さんは心臓という形だけど、一緒にステージに立ちたい!って思ったからじゃないの!? 違う!?」


つぐみ:「……そ、そう言うこと、だった、の……」


シグレ:「じゃないと死んだ後のことまで考えて手紙なんて送らないし、わざわざあなたが気にするのを分かっていて、自分がドナーなんて言うわけがない。私はそう思うわ」


つぐみ:「これが、さやピーの気持ち……いくら何でも伝え方が下手すぎますよ……」


シグレ:「あえて下手にしたんじゃないかしら」


つぐみ:「あえて下手に?」


シグレ:「そう、これは白橋さんの我儘でもあるんだから。もう一度、アイドルとしてステージに立ちたちという気持ちがあったんでしょうね」


つぐみ:「それって、つまり――」


シグレ:「亡くなってもなおアイドルを続けたかったってこと。白橋さんもアイドルになりたくてなったんだから、やっとの思いで掴んだ夢をそう簡単には捨てれなかったじゃないかしら。だから、その夢をあなたに託そうとした。でも、押し付ける形にはしたくなかった。結果、こういう遠回しな方法を取ってしまったんだと思うわ」


つぐみ:「……まったく、さやピーは。こんなに欲張りな人とは思ってなかったですよ。それにこんな大役をあたしに託すなんて。荷が重すぎて、心臓の音が体全体に響き渡ってるじゃないですか! あー心臓ってこんなに、こんなにうるさいんですね! あーもう嫌になっちゃいますよ、ほんとに!」


シグレ:「ふふっ、そう言う割には、やっとアイドルらしい顔になったじゃない!」


つぐみ:「当たり前じゃないですか! こんなメッセージ貰って、アイドルにならないファンなんていませんよ!」


シグレ:「そういうものなのね、ファンって」


つぐみ:「はい! ファンはアイドルの気持ちを一番推すのが仕事ですから!」


シグレ:「それじゃあ未来のトップアイドルさん。一曲お願いしてもいいかしら?」


つぐみ:「もちろん!!!」


0:〜アイドルっぽい歌を歌って終了(歌いたくないならそのまま終了)〜

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