4.イノベーションの夢を見る魔法使いは世界を破壊する

 話が思いっきり逸れました。

 私が言いたいことは、イノベーション、つまり技術革新が起きるという設定にすると、ファンタジーの「お約束」とは齟齬が生じる可能性がある、それはむしろSFの世界観だ、ということです。


 「葬送のフリーレン」の世界において、「魔法」という技術が常に進歩するものである、とすると、フリーレンは何十年ものんびり旅をしている場合ではなくなってしまうかもしれません。彼女が田舎でまったりしている間に、都会の魔法使いたちは常に研究を重ね、互いに議論し激しい開発競争のなかで切磋琢磨し、新しい魔法を発明し、それを他者が学びさらに改良する、といったことが起きていくのです。あっという間に、80年間封印されていたクヴァールと、フリーレンは同じ立場になってしまうでしょう。彼女が一線級の魔法使いであるためには、ヒンメルさんのことなど忘れてしまうほどに、都会の魔法学校で研究にいそしみ新しい技術を学び続け、自分よりも若い魔法使いたちに追いつかれないように必死で努力しなければならないはずです。


 (まあ「フリーレンは天才である」というセリフもあったので、そうそう彼女がイノベーションに置いていかれる、というわけでもないのかもしれません。その場合は「魔法のイノベーションはフリーレンのような天才だけに可能なことで、凡人はその天才の偉業を真似ることしかできない」という設定になるのでしょうか? それだと今度は「各国の魔法研究機関の使者が、フリーレンを自国に招聘しようと必死に追いかけてくる」ことになるかもしれませんが。)


 さらに、フリーレンがのんびり田舎を旅している間に、都会の若い魔法使いの天才が「核エネルギーレベルの革新的な魔法技術」を発明してしまったら、どうなるでしょう? ファンタジーのお約束から逸脱した「イノバティブな魔法使い」は、それこそ毒ガスや極超音速ミサイル、核爆弾レベルの新魔法を開発してしまうかもしれません。そうなったら、魔族の脅威などもはや過去のおとぎ話となり、フリーレンが北方の旅から戻ってきたときには、核爆発を起こせる(ティルトウェイト!)魔法使いを多数擁する国々が「相互確証破壊」でにらみ合っている、なんて、悪夢のような状況になるかも。


 だから、作家がファンタジー世界にイノベーションを持ち込むのであれば、「その技術革新がどう世界を変革してしまうのか?」という問いに、必ず答えを出しておく必要があるのです(SFを作る場合は、当然の作業なのですが)。


 ファンタジー作品を鑑賞するときには、「この作品世界における『滅びてしまった過去の栄光』とは何か? 世界観はイノベーションのない静的なものなのか?」と考えながら、物語を楽しむのもいいかもしれませんね。


 実は、現実の我々の世界においても「中世のお約束」は、技術革新によって破壊されています。「火器」の発達がそれです。技術革新によって、大砲や銃といった火薬を使う火器が戦争で使われるようになったのですが、それらは非常に生産や運用のコストが高いものでした。それゆえに、財力のある王だけがそのイノベーションの果実である強大な火力を独占でき、その結果として、「貴族たちは戦争において王に武力を提供し、その見返りとして自分の領土の所有権を保証される」という、封建制度の基礎が弱体化し、絶対王政の時代へ移行した、という説があります(もちろんそれだけが原因ではありませんが)。

 そしてもちろん、みなさんご存じのとおり「堂々たる体格の精悍な軍馬にまたがり、勇敢に突撃する、全身を鋼の鎧で覆った騎士」は、銃の威力の前に、戦場の主役から追われることになったのです。


 さらにその後の植民地主義、帝国主義の時代を見れば、イノベーションがどれだけ世界の変革をもたらすか、それにどれだけ人間が振り回されるか、言うまでもないことでしょう。

(これまた蛇足ですが、日本の歴史における織田信長の存在などは、この「ヨーロッパ史における常備軍や火器の発達と絶対王政の関係」と比較すると、どうなるのでしょうか? 私は勉強不足でよく知らないのですが、歴史学者はどう見ているのでしょうね?)


 そして、その延長線上にあるのが、我々が今生きている現代なのです。我々には、フリーレンのように、のんびり旅をしてまったりと人生を過ごすことは許可されていません。常に、イノベーションにさらされ、新しい情報機器や通信サービスの使い方を必死で覚え、必要なくても新商品を購入し続け、隣国が開発した新型兵器を恐れ同じものを開発するしかない。

 それこそが、ゆるやかな時間の流れる「葬送のフリーレン」の世界とは違う、超高速で人間の精神を切削する工作機械のようなイノベーションが支配する、ファンタジーではなくSF的な、この恐怖の現実世界なのです。



(蛇足:拙著「歯車式の鉄血戦記」では、ファンタジーなのに「イノベーション」や「新しい進歩的思想」が存在する、という世界を描いています。お暇ならご一読ください)

 https://kakuyomu.jp/works/16818023212117234861


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