玩具の器と愛した人間


 ふわふわの綿、重しのビーズ、輝くボタン、手触りのいい布。

 それが僕を構成するもの。


 おばあさんは材料探しに1ヶ月、製作に1ヶ月という時間をかけて僕を作った。

 想いをこめて手縫いでチクチク、チクチク。

 どうかあの子が寂しくありませんように。

 どうかあの子が笑ってくれますように。

 あの子の心の痛みが癒えますように。

 あの子に幸せが訪れますように。

 白い毛並み、黒い大粒の瞳、仕立てのいい洋服とお洒落な帽子。あの子を守るための僕が出来た。


 おばあさんに連れていかれたのは大きな御屋敷。僕はとても綺麗な男の子に手渡された。

 男の子の名前はテオドール。DOLL。僕と同じ人形だと思った。けれど彼はおばあさんと話すことが出来る。自分で動くことが出来る。

 彼は人間だった。

 テオドールは僕にギルと名前をつけて毎日僕を抱えて歩いた。


「ねぇ、あのねギル」

「ギル、大好きだよ」


 僕もギルが大好きになった。けれど僕の想いは伝えることが出来ない。僕は玩具だから。


 僕を連れて眠りに着く夜中。眠ることが出来ない僕は深夜の訪問者をいつも見ていた。

 その人はテオドールを起こさないように部屋にそっと音を立てずに入ってテオドールの顔をじっと見る。

 光に当たるとキラキラ光る髪を優しく撫でてキスをする。そして必ず最後にこう言うんだ。


「おやすみテオ。愛してるよ」


 いいなぁ。僕も、あの人みたいにテオドールに言えたらいいのに。

 テオドール。テオ。うん。すごく素敵な名前だ。

 テオ、テオドール。おやすみ。愛してるよ。


 僕がテオの元へ来て1年。

 テオの不注意で僕はぼとっと落ちた。


「痛っ」


 いつの間にか僕は声を出すことが出来るようになっていた。


「次は落とさないようにね。結構痛いんだ」


 僕の声は誰かに似ていた。

 ずっと心の中で君と喋る練習をしていたんだ。下手じゃないかな?

 僕が喋ることを不思議に思ったテオは僕を振ったりお腹を押したりして色々と確認をする。


 それから僕とテオは毎日お喋りをした。

 他の人間が噂をするような「人形王子」と呼ばれるほどテオに感情がないとは僕は思わなかった。

 楽しい時は少し早口になるし、不安な時は僕をぎゅっとする力が少し強くなる。寂しい時はいつもより僕を離さないし、嬉しい時は僕を撫でる。

 テオを人形だと言うなんて、人間は人形のこともテオのこともよく知らないんだなぁと思った。


「ギルは、僕より人間みたいだね」

「そうかな?」

「うん。……僕も、人形だったらよかったなぁ」


 突然、テオがそう言った。僕をぎゅっとする力が少し強くなる。


「どうして?」

「そうしたら、きっともっと愛されたかもしれないのに」


 そんなことないよ。僕もあの人もテオのことが大好きだよ。君が人間だから、僕が人形だから僕たちはこうして出会えたんだよ。


「テオドールは愛されてるよ。僕もテオが大好きさ」

「テオ?それ、僕のこと?」


 まるで初めてのプレゼントを貰ったみたいに目をパチパチとさせ輝かしたテオに、あの人が先に君をそう呼んだんだよと、告げることは出来なかった。

 どうしてだろう。


「今日はもう寝よう」

「うん。一緒に寝てくれる?」

「もちろんだ。君の願いを叶えるために僕がいるんだから。おやすみテオ愛してるよ」


 あの人を真似てキスをする。

 もっともっと動けるようになったなら、君を守ってあげられるのに。


 それから寝る前にテオがお願いをして、僕がおやすみのキスをするのが毎夜の決まりごとになった。

 

 段々動くことが出来るようになった僕はテオと2人きりの時だけ、動いて遊ぶ。人がいる時はいつものようにただのぬいぐるみのふりをする。そうして2人で笑うのだ。


 テオが10歳になった頃、御屋敷にお手伝いさんが増えた。なんだか嫌な感じの人だ。

 僕とテオのことをいつも睨んだり嫌な顔をしたりする。たまに嫌味なことを小さな声で言っている。それをテオに聞かせないようにするのが大変なんだ。


「どうやったら、僕の表情は動くんだろうね……」

「どうしたんだい?」

「新しいお手伝いさん、きっと僕の顔が嫌いなんだ……。だから、少しでも笑えたらもう少し優しくしてくれるかもしれない」

「あの人は僕のことも嫌いさ。きっとかわいいものもキレイなものも嫌いなんだろう。テオが気にすることじゃない」

「でも……」

「わかった!僕がなんとかしよう」


 テオが望むのなら、僕はそれを叶えよう。


 君が笑えるように。君が幸せでいられるように。

 君は僕が守るよ。僕の愛する宝物。

 おばあさんに願われたからじゃない。僕が君を守りたいんだ。


 深夜のテオの部屋に人が来た。またあの人かと思ったけれど、様子がおかしい。


「本当に気味が悪い……!こんな時ですら顔色1つ変えないなんて……!」


 あのお手伝いさんの声だ!

 テオが苦しんでる。助けないと……!


「テオから離れろ!!」


 僕は必死にお手伝いさんへと張り付いた。なるべく音を立てるために目を塞いだ。

 こんな小さな体じゃ君を守れない。こんな柔らかい体じゃ君の盾にもなれない。

 けれど、時間を稼ぐことは僕にも出来る。

 異変に気づいたもう1人のお手伝いさんが来るまで絶対に離れるものか。


 僕を呼ぶテオの声が聞こえる。

 泣いているのかい。悲しんでくれているのかい。

 嬉しい。嬉しい。

 テオ。愛しい人間。僕に心を与えた可愛い人。

 おやすみテオ。愛してるよ。


 ふわふわの綿、重しのビーズ、輝くボタン、手触りのいい布、君から貰った玩具の心。

 それが僕を構成したもの。


 ふわふわの綿も重しのビーズも散ってしまった。ボタンの1つは弾け飛んでどこかへ消えた。テオが気に入っていた布はボロボロに。残った心は君の元へ。




 そして喋ることも出来なくなった空っぽのギルは、似た布を宛てがわれ、縫われ、前のより少しごわつく綿を入れられ、金色のボタンで瞳を彩られ、お姫様のような女の子にぎゅっと抱きしめられとても愛されている。

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人形王子と玩具の心 天智ちから @tenchikara

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