逢瀬②


 初秋。

 時頼は公務に追われていた。


 あの夜以降、あまりの忙しさに東宮はおろか弾正尹宮だんじょういんのみやにも会っていない。

綺子内親王あやこないしんのうに至っては、文は交わしているものの、夏の始めに会って以来一度も会っていなかった。

時折文に感じる寂しさに申し訳なく思いながら、時頼は小さく溜息をついた。


「何を溜息ついているんだい?」


 振り向くと、そこには先ほど久しく会っていないと述べたばかりの弾正尹官が立っていた。

時頼は、いえ、はぁ、まぁ別にと気の抜けた返事を返すと、弾正尹宮は おやおや気合いが入ってないねぇと快活に笑い、その表情を変えずに声を潜めた。

「その後どうだい?」

 暗に右大臣は何か仕掛けてきたかという問いだったのだが、先ほどまで綺子内親王のことを考えていた時頼は、二人の仲を問われたのかと思い身を固くする。弾正尹宮は、時頼の思考を素早く読みとると意地悪く口の端を持ち上げた。

「嫌だねえ……、何に反応しているんだい? 私は中将の女性関係になんて興味ないよ」

 時頼は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせたが、弾正尹宮が「で?」と聞いてきたので咳払いをひとつすると口を開いた。

「……知っていらしたんですか」

 時頼はもちろん右大臣のことを言ったのだが、弾正尹宮にそれはそれは美しい笑顔でもちろん、と返されて一抹の不安を覚える。その表情が顔にでたのか、弾正尹宮は声を上げて笑った。

「君はすぐに顔にでるよね、実に面白いよ。ま、その様子だと何事もないみたいだね」

 弾正尹宮の言葉に頷く。

「まあ今のところは。それが不安でもあるんですが」

 

 確かに、時頼の言うことは もっともだった。


 あの密会を目撃してからすでに一ヶ月近く。何の動きもないのは不自然なように思えた。

「 あの人も馬鹿じゃないからね。機会をはかっているのかもしれないな」

ちょっと詰めが甘いんだけどね、と肩をすぼめてみせる。

「 まぁ気を抜かずに大臣おとどの動向を見守らなくてはいけない。君も大変だろうけどね。……東宮の御為おんためにも」

  弾正尹宮はそう言うと、片手を上げて時頼の側を離れていった。

時頼はその後ろ姿を見ながら、このまま何も起こらなければいいと思う。 それは無理だろうと解ってはいたけれど、思わずにはいられなかった。


 空には、重く暗い色が広がり始めていた。


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