〈三〉 逢瀬ーおうせー

逢瀬①


 青々と茂っていた木々も以前の意気を無くし、せみの鳴き声が変わり秋の気配を匂わせた頃、恋人の元にやって来た男は、隣で眠る女の髪をすきながら深い溜息をついた。

すると、眠っていると思っていた女が不意に身じろぎをした。


「どうかなさいましたの? 冴嗣様」


 男、みなもとの 冴嗣さえつぐはいくら逢瀬を交わしていても未だ不安のとれない恋人の声に薄く笑った。


「いや、なんでも」


 そう答える自分の声も酷く不安げであったけれども。

自分の声がまるで他人の物のように響いて、そのあまりに情けない声音に、冴嗣はこみ上げてくる可笑しさを押さえることができなかった。

冴嗣のそんな姿を見て、彼の心境が痛いほどに解る彼の恋人は、何かを言う代わりに冴嗣の腕をぎゅっと握りしめた。恋人の温もりを隣りに感じながら、冴嗣は天を見つめ独り言のように呟く。

「……このまま、朝が来なければいい」


 永遠に夜であればいい。愛しい人と体を重ねられる夜であれば。


  朝の光は自分たちの関係を許さないかのようにこの身を貫く。

ただの男と女ではなく、右大臣家の次男という立場に無理矢理引き戻す。

その光は、酒を酌み交わしたあの青年の瞳に似ていると思った。

彼は決して自分達の関係を知っても軽蔑したりはしないだろうけれど、しかし間違いは正そうとするだろう。その澄んだ瞳と心で。


 それでも冴嗣は言わずにはいられなかった。


「愛してる……若菜」


 この思いはどうしようもない。無かったことにすることなどできない。

たとえそれが、許されぬ思いであったとしも。

 若菜は冴嗣の腕の中で、泣きながら頷いた。


  彼らの想いとは裏腹に、東の空は空け始めていた。


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