花霞②

 次の日。


 時頼ときよりの心とは裏腹に、空は快晴。夏の風がすがすがしく吹いている。

東宮のとんでもないあの話に付き合うために走らせている牛車の中で、 昨日の冴嗣さえつぐの言動が気になって眠れなかった時頼は二日連続の怠惰感に さいなまれていた。


「……頭、ズキズキする……」


 体調は最悪。とても出かける気にはなれなかったが、東宮の誘いを蹴るわけにも行かず、時頼は自分の生まれついた星の元を恨みながら、いつものように盛大な溜息をついた。

「悪ふざけに付き合って左遷……ってな事にいつかなりそうだよ」

 笑えない冗談を自分で言って身震いする。このまま牛車が東宮御所に着かなければいいと切に願ったが、無情にも牛飼童は程なく東宮御所到着の旨を告げた。


 御所にはいると、時頼はいつもの謁見の間ではなく東宮の自室に通された。

「左中将藤原時頼様、参られました」

「……入りなさい」

  東宮の声が掛かり部屋に入ると、時頼は社交辞令のご機嫌伺いをして顔を上げた。

そして違和感を感じる。


「……どういうことです……? 弾正尹宮様だんじょういんのみやさまは……」


 東宮は扇を口に当てるとニヤリと笑った。


「何を言っているんだね中将。宮は弾正台で勤務中だろう。ああ、お前達、もう下がりなさい。今日は朝まで中将と語り明かすのだからね。明朝まで入ってきてはいけないよ」


 そう言われて東宮付きの女房達はお楽しみ下さいませと一言残して部屋を後にした。

部屋は二人きりになる。時頼はもう一度東宮に尋ねた。


「どういうことです? ここへ来いとおっしゃったのは弾正尹宮様ですよ? 忘れずにと」

 訝しげに東宮を見る。しかし東宮は時頼の問いには答えず、楽しげに口を開いた。


「さぁ、語り明かそうではないか。つもりにつもった昔語りを、明日の朝までね」




 いぬの刻(現在の夜八時頃)。

誰も来ない東宮の私室で、二人は何事もなく本当にただ会話に華を咲かせていた。

否。会話を楽しんでいるのは東宮だけで、時頼の内心は全くもって複雑だった。


(……ただ話がしたかっただけなのか? この人は。……いや、東宮に限ってそんなことはない、絶対何かたくらんでるっ!)

 しかし何もないのであればそれは時頼にとって何よりも喜ばしいこと で、少しの期待に胸を膨らませかけた時、東宮の後方からかすかにコトリと音がした。

時頼はとっさに腰の刀に手を伸ばす。しかし東宮はやんわりと時頼を静止した。

「中将、そんな物騒なものから手を離したまえ。大事ないよ」

 東宮の言葉と同時に床板がカタカタと震え、なんとそこから弾正尹宮 がひょっこり顔を出した。


「やぁ中将待ったかい?」

 屈託無く話しかけてくる弾正尹宮に、時頼はあんぐりと口を開けた。

「中将?」

 宮は時頼の様子に首を傾げる。東宮は笑いをこらえ、時頼は力無く答えた。

「……あきれた……本っ当にあきれましたよ私は!」

 恨みがましい目で二人を見る。そんな時頼を見て、弾正尹宮は悪びれもせずに答え返した。

「普通に忍んできたって絶対にばれるだろう? 私は目立つからね。 弾正尹宮は現在弾正台の一室にこもって書類の整理をしている。ここにいるはず無いんだから床下から来るのが一番だろう?」

なかなかスリリングだったよとかなんとか言って笑う弾正尹宮を前にして時頼は目眩を覚えた。


 ……どこの世の中に床下をはってやってくる親王がいるのだろう。しかも東宮を夜遊びに連れていくために、である。


(親王としてのプライドはないのか!)


 後に、弾正尹宮にこの質問を投げかけたところ、

「プライド? 東宮の御為ならそんなもの池の鯉にくれてやるよ」

と言う、何ともおめでたいというかお見事な答えが返ってきた。


(……これがなければ本当にいい人なんだけどな……)

 やれやれと溜息をついて顔を上げるとまたまた硬直するようなシーンが待っていた。

「な、何をやっているんです?!」

 どもりながらも何とか状況を尋ねる。

「何って見て解らないかい? 服を交換しているんだよ」

「中将、会話は静かにね。ここには私と中将しかいないことになっているんだから」

 時頼が目を白黒させているうちに、二人はお互いの服に着替え直す。

「さて中将、参ろうか」

 そう言ってにっこり笑う東宮に、未だ状況のつかめていない時頼はしどろもどろになりながら聞き返した。

「ちょ、ちょっと待って下さい! いったいどういうことです?」

 親王二人組は時頼の反応を満足そうに眺め、至極のんびりと答えた。

「なに、簡単なことだよ。私と中将が外に出かける」

「そして私が東宮の替わりにここに座り、ここにいるはずの君と朝まで語り明かしているフリをする……とまぁこんなとこさ」

  得意げな華の東宮と、風薫る親王を前に、時頼にはもう反論する気はこれっぽっちもなかった。


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