禁色考察

藍田レプン

禁色考察

 関西在住のNさんという50代の女性から聞いた話である。

「うちの母方の血なんですけど、うちの家の女にだけ見える色があって、その色は見たらあかん、言われてます」

「色ですか」

「家族の間では『禁色(きんじき)』て呼んでます。その色を見たら人に言うたらあかん、て」

「今こうして伺っている話を公開するのは構わないのですか? ほとんど読者がいないとはいえ、ネットで公開する以上不特定の人たちに知られることになりますが」

「ああ、それは構いません。言うたらあかんのは家族に対してと、その色が見えた『相手』と、その周りにいる人たちに対して、いうことなんです」

「相手、というと、その色は対象の『人間』に対して……見える、というか、オーラみたいなものでしょうか」

「オーラがどんな風に見えるのかわかりませんけど、禁色はそうですねえ、見えない人に説明するの難しいんやけど、なんていうんやろ……アフリカの部族とか、肌に模様描くでしょう。あれが近いかなあ、ほんまはあれも違うんやけど……」

「それで、その禁色に染まって見える相手の方は、なにか他の人と違うところがある?」

「ああ、うん……はい、禁色が出とる人は、それから近いうちに亡くならはります。これは絶対。今まで一度も外れたことはありません」

「……なるほど」

 生前に見える死斑のようなものか、と私は思った。

「哺乳類はもともと3色型色覚でしたが、捕食者から逃れるために夜行性の生活を続けるうち、2色型色覚になった、という話はご存じですか」

「えっ、なんやの突然。科学の話ですか」

「視覚、私たちに見えている色の話です。光の3原色、赤、緑、青。これが私たち大半の人間に見えている世界、3色型色覚の世界です。小学生の頃色覚検査ってやりませんでしたか? 小さな粒々の集合体から数字を探すあれです。大半の哺乳類は先ほど話した経緯で2色型色覚、つまり私たちより見えている色が少ないんですが、霊長類は何故か、一度失った色覚をひとつ取り戻し、3色型色覚になった。どうして霊長類だけ3色型色覚になったのかについては諸説ありますが、有力な説として、霊長類は昼行性の生活になり、太陽光の下で主食の一つである果実の色を判別しやすいから、という説があります。2色型色覚だと葉の緑と果実の赤や橙色が見分けづらいが、3色型色覚なら葉と果実を色で識別できる。霊長類は猫や犬に比べて嗅覚があまり発達していませんから、視覚を発達させて生存率を上げた、ということになります」

「はあ」

「ところが世界には極稀に、4色型色覚を持つ人もいると言います。この人たちは私たちが見分けることのできない色を見分けられる。そして現在確認されている4色型色覚を持つ人は全員女性です。つまり」

「ああ、私の家系もその4色なんとかで、他の人には見えとらん色が見えとるかもしれん、いう話ですか」

「あくまで推論ですけれどね。それに現在確認されている4色型色覚の女性が『人の死の前兆が視える』という話は聞きませんし、Nさんのご家族の場合また違ったメカニズムなのかもしれません。でもそうなると、テレビやスマートフォンで写真を見るのが怖かったりはしませんか?」

「なんでです?」

「生放送のテレビに映った町でもし大災害が起きるとすれば、あなたにはその町の人たち全員に禁色が見えるのでは、と思いまして」

「ああ、それは大丈夫です。直接見いひんと禁色は見えませんから」

「なるほど、テレビはRGBの組み合わせだから見えないのか……やっぱり仕組みとしては4色型色覚に似ていますね」

「なんやようわからんけど、そういうことなんですかねえ。でも日本は自然災害が多いんはほんまやし、確かに旅行はあんまりせえへんかなあ。旅先で見てもうたら、それこそ夢見が悪いですやろ」

「確かにそうですね。ちなみに夢の中で禁色を見ることは?」

「ありません。やから夢の中で人に会(お)うたらほっとしますねえ。ああ、この人は死なへんわ、とも思うし」

 もう死んどる人には禁色は見えへんからね、と言って、Nさんは懐かしそうな笑みを浮かべた。

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