第4話 少年たちの楽園
4-1 楽園
※ 第4話は、同性愛要素と性的描写を含みます。苦手な方はどうぞ飛ばしてくださいませ。
* * *
教室の扉を開けると汗の発酵したにおいがむわっとあふれてくる。
気にせず足を踏み入れれば、今日も朝から未成熟な
――そんな妄想募らせてるあいだに、どっかのだれかに告白するなりそのへんの子をひっかけるなりしてヤることヤったら?
自分の机にかばんをひっかけ、ひっそりしのびこむみたいに椅子にからだをしずめて、
もちろん蒼多自身も一歩踏み出す勇気はないから、自分のことはきっちり棚に上げているわけだ。
あらためて始業前の教室を見まわすと、サバンナの楽園みたいなカオスが眼前にひろがる。
太田は駅の売店で買ったマンガ週刊誌をさっそくぱらぱらめくっている。
坪野は誰かから借りたらしい宿題のノート――きっと一限の数学だ――を一心不乱に書き写している。
朝練を終えたサッカー部の田中と林は上半身はだかになって、下敷きでぶんぶんからだをあおぐ。
やはり朝練があったらしい野球部の藤田は一限さえ始まっていないのに弁当箱をあけてもう半分ばかりたいらげている。
なにがあったんだか佐々木が佐藤の胸倉をつかむと、まわりのれんちゅうは止めるどころか歓声をあげる。
蒼多もうっすら笑って肩をすくめる。
今週にはいって急に暑くなってきたからだいぶん薄着が増えたようだ。汗のにおいがいつにも増して鼻をつくのはそのせいもあるのだろう。
教室は種々雑多な雄たちのフェロモンが過剰に入り混じったにおいで満たされている。そんな空気をそっと吸う。
サバンナの若いライオンたち。その大半はまだ
さっき猥談していたのは五人ばかりのグループだ。いまもまだかたまって騒いでいるのをちらと見ると、徳永
「となりんちからピアノの音が聞こえてくるわけよ」
「音だけで?」
おおげさに聞きかえす龍に高橋が、得意げに鼻の穴をひろげてうなずく。蒼多は耳をかたむける。
彼らの話題はオカズ自慢だ。
いかに突飛な方法で満足を得るか、ありがちなコンテンツに頼らず達することができるかを誰はばかることなく公言し、教室じゅうにとどろかせてはげらげら笑っている。
その笑いを高橋は制して、
「問題がひとつある」
と深刻な声を出す。
「そこんち兄貴がいてさ、兄貴もピアノ弾くらしい」
やべえよな、兄貴がまたマッチョでさ。もしかしたらそいつでイってるわけよ。
「二分の一か。すげえロシアンルーレット」
「勇者だな」
龍が言うと、オカズ自慢の輪に入っていなかった連中までもがどっと笑う。蒼多もくすっと笑う。
予鈴が鳴ったがどうせいつも先生が来るのは遅いからだれも席につこうなんてそぶりも見せず、話はつづく。話を継いだのは龍だ。
「おれはカレーだな。激辛カレー」
何言ってんだかわかんねえって、いかにもそう言いたげな顔にみんななっている。蒼多もおなじくわからない。
「まず辛いカレーをつくるわけ。とんでもねえ辛さの」
それがどうやってオカズに結びつくのか、やっぱりわからないからみんな龍のつぎの言葉を待つ。
「激辛カレーって、食ったらすげえぜ。意識ふらふらんなるし、手は痺れちまってるし、握ってても感覚ねえから他人にシてもらってる気分でさ。しかも汗が止まんなくて全身妙に粘っこいし」
龍の粘っこいからだを蒼多は思い浮かべる。龍が自身のモノを扱うさまを想像する。乱暴にしごくのだろうか、やさしく撫でるのだろうか、執拗になめまわすようにもてあそぶのだろうか。激辛カレーに自律神経が麻痺して龍は酩酊する、全身じっとりしている、白い指がうごめく、顔が恍惚にゆがむ、汗はとびちる、アソコは――
夢想はどこまでもひろがっていく。だがみんなの笑い声にはっと立ち止まり、うつむいて蒼多は人知れず頬を
そこにやっと先生が入ってきた。少年たちがめいめい席へと走る。机と椅子とがそこらでがたがた音を立てる。
初夏の朝の光をあびて笑う龍を蒼多は見つめる。ふっと龍がこちらに目を向ける。すぐまた顔を猥談仲間たちの方へ戻してはじけるように笑う龍が、蒼多にはまぶしい。さっきあれほどなまなましく龍を夢想したことに恥じる思いと、もっとひどい背徳に浸りたい欲望とがないまぜになって去来する。
こんな思いは
ぼくのオカズはね――
蒼多はふくらんだ股間をかくすように足を組みなおし、心のなかで呼びかける。
きみだよ、龍。
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