3-3 談話
(判決が出て二日後、週刊誌の記者が聞いた談話メモ。残っていたのは断片のみで、記事として世に出ることもなかった)
あんなことがあってみんな気の毒がってくれるし、わたしもそのつどありがとうって返すけれども、ほんとはちっとも自分をかわいそうだなんて思っていませんです。むしろ神さまに感謝しているぐらいで。
火事でご近所に迷惑かけたのも最小限だったし、なんとか夫ののこしてくれたお金で弁償できました。
――
たしかにあの子には手を焼いたこともありました。でもそんなの世間にはいくらでもあるんではないですか。
不器用で、誤解されるけどやさしい子なんです。
お兄ちゃんが死んでしまったときいちばん泣いたのはあの子でした。母親のわたし以上に泣いたんです。あのときあの子がいなかったらわたしも夫も絶望して生きていけなかっただろうと思います。ほんとにあの子はやさしい子なんです。
小っちゃいころは学校になじめないみたいでよく心配したものですけど、大きくなるにつれて落ち着いてきたからああこの子はもう大丈夫だ、ってよく夫と話していましたよ。
――お母さんや、周囲をこまらせることはなかった?
まったくなかったとは言いませんよ。
いまだって住む家をうしなってしまったわけですし。でもあの子があんな風に生まれて育ったことを恨んだことはいちどだってありません。
就職して、結婚もして、孫ができて。幸せでしたね。なのにどうして運命を恨むなんてできますか。
――判決について。
罪はつぐなわなければならないって皆さんが言うからそうなんでしょう。放火はむかしっからいちばん重い罪ですものね。
でも神さまのおかげでだれも死なずに済んだんだし、どうしてもっと刑を軽くしてくださらないんだろうと思うこともあります。
わたしをケガさせたから悪質だって裁判官さんは言うけれど、そのわたしが許すと言ってるんです。いちばんの被害者が許すと言っているのに、どうして他の人があの子を罰することができるんでしょう。でも私には法律とかむずかしいことはよく分かりませんから、まちがっていたらごめんなさいね。
――これからどのように過ごされるおつもりですか。
とにかくわたしのいちばんの願いは、はやくあの子が戻って来て、またいっしょに暮らせる日がくることです。
家もなにもなくなりましたけれど、まあ一人や二人生きていく分にはなんとかなります。この歳になるとね、ええ、望みなんてそんなものですよ。
三年ですか。長いです、わたしのような老人には。早く過ぎてほしいです。わたしもいつまで生きていられるか分かりませんから。
※この物語・事件はフィクションです。実在のいかなる事件とも関係はありません。また、刑罰制度や障碍者、言論のあり方等になにがしか意見することを意図するものでもありません。
(第3話 おわり)
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