3-2 年譜


(週刊誌記者の机の奥にあったノートより)



零歳。三月、武村たけむら次郎じろうと武村千紘ちひろの二男として大輔だいすけ生まれる。次郎は二十八歳、地元に本社がある食品工場勤務。千紘は二十七歳、当時にしては珍しく結婚・出産後も仕事を続けていた。勤務先は次郎と同じ工場。二歳上に兄、明将あきまさがいる。昼のあいだは近所に住む千紘の両親が孫の世話を看ていた。


一歳。好き嫌いなくよく食べる。いつも兄のうしろをついて歩いていた。


二歳。言葉の成長が人より少し遅く感じられるものの、日常生活に支障なし。


三歳。遊んでいた果物ナイフで誤って手のひらを切る。七針のケガ。手の届くところにナイフを置いていたことで、母千紘は自分を責める。


四歳。言葉の発音に不安を感じた次郎の両親の勧めで医師にかかるが、異常なしと判断される。


五歳。幼稚園入園。はじめ人見知りするが、じきに友だちができて毎日楽しく登園する。


六歳。小学校入学。兄に手をひいてもらって登校する。六月、学校を出たあと家に帰らず大騒ぎになったが、途中の原っぱで虫さがしに夢中になっているところをぶじ発見された。


七歳。運動会の練習中にこけ、目のよこを四針縫うけがを負う。このときの傷あとは成長後も残った。小学校のあいだ、徒競走はいつもビリだった。


八歳。級友をそろばんで殴ってケガさせたとして学校から両親が呼び出される。次郎と千紘がそろって相手の家に謝罪に行った。大輔自身ははじめ、仲間はずれにされたのが理由だから謝らないと言い張っていたが、最後は一緒に謝りに行った。


九歳。祖父(千紘の父)が亡くなる。心筋梗塞による急逝で、前日までふつうに家に来て遊んでくれていた。


十歳。家族で山陰旅行。初めて乗った特急列車の印象が強かったのか、以後、鉄道模型に夢中になる。この頃から気分のムラや苛立ちが軽減されてきたように思うと、母千紘は述懐している。


十一歳。修学旅行は伊勢へ。一番の思い出は近鉄特急だと卒業文集に書いた。


十二歳。中学入学。詰襟の制服にしばらく馴染まなかった。兄明将のいた野球部に入部。


十三歳。一年上の先輩に目をつけられ、二か月ほど殴られる日々がつづいたが、最後は野球部の先輩があいだに入って止まった。(当時は生徒の素行不良や校内暴力がさかんにニュースをにぎわした)


十四歳。受験勉強のため塾に通う。他の中学校の生徒と口論からけんかになるが、すぐ和解。


十五歳。高校入学。電車で二駅。鉄道研究会に入部、趣味の合う仲間ができる。駅前で友人たちと買い食いするのが楽しみだった。


十六歳。青春十八きっぷを使って各地へ電車旅をする。兄明将は大学進学のため京都で下宿生活を始める。


十七歳。兄明将が自殺する。理由は友人関係のトラブルとされるが、遺書はなく不確か。千紘は仕事に出られなくなり、約六か月間休職した。大輔は一時拒食症になり十キロ痩せる。


十八歳。地元大阪の私立大学入学。学部は経済学。クラブにもサークルにも入らなかった。


十九歳。同じゼミの女子学生に恋をする。告白できないでいるうち彼女は別の男子学生と付き合い始めた。そうでなかったとしてもどのみち告白はしなかったかもしれない。


二十歳。塾講師のアルバイトを始めるが、自分の思い描く理想通り教えることができないことに責任を感じ、三か月で辞める。


二一歳。就職活動。好景気だったためあまり苦労せず地元企業に就職が決まる。


二二歳。卒業。就職した会社では営業に配属される。


二三歳。毎日深夜まで残業。休日の接待も頻繁にあり、休息のない日がつづく。(当時はこれが普通とされていた)


二四歳。次第に仕事を覚え効率が上がるとそれ以上の仕事を与えられ、いつまでも労働時間が減らない。趣味の鉄道旅行も回数が激減する。


二五歳。新人の指導係を任される。指導の加減がわからず悩むことが増える。時々苛立って物に当たることがあった。


二六歳。アドバイスに従わない後輩に激怒する。上司の采配で、指導係を交替する。


二七歳。職場で出会った西田朋美と食事に行くことが何度か重なり、交際開始する。生まれてはじめての男女交際。


二八歳。朋美と結婚。実家を出て、大阪市内の賃貸マンションを新居とする。新婚旅行はグァム。はじめての海外旅行だった。朋美は卒業旅行でシンガポールに行って以来の2回目。


二九歳。仕事は変わらず忙しいが、家庭は楽しく、充実感を感じる。


三十歳。長男春人はるとが生れる。


三一歳。祖母(千紘の母)亡くなる。誤嚥性肺炎。祖父の死から二十二年間一人暮らしを続け、晩年は痴呆が進んでいた。


三二歳。父次郎が定年退職。ほどなく母千紘も早期退職制度を利用して退職し、夫婦そろって年金生活に入る。(当時は年金受給開始年齢が60歳だった)


三三歳。主任に昇格する。新しい職責をなんとかこなすため、残業がふたたび増えてくる。


三四歳。親子三人と次郎・千紘の五人で九州旅行。桜島が噴煙を上げるのを見たのが春人の印象にのこる。


三五歳。職場で口論からつい相手を殴ってしまう。そのため諭旨解雇処分となる。不景気だったこともあり、再就職に難航した。


三六歳。失業保険給付が止まり、朋美の収入だけで生活するように。その後派遣登録して働くものの、収入は少なく不安定。徐々に飲酒量が増える。春人小学校入学。


三七歳。離婚する。長男春人は妻が親権を得る。


三八歳。派遣されていた地場の運送会社に契約社員として採用される。


三九歳。契約社員から正社員に昇格。


四十歳。元妻の朋美が再婚。新しい父に春人が馴染まなかったため、協議の結果大輔が春人を引きとることとなる。


四一歳。実家に戻り、両親と大輔と長男の四人で新しい暮らしが始まる。


四二歳。春人中学入学。小学校卒業式には朋美が参加。


四三歳。荷下ろし中の転倒事故により足首骨折し、二週間休業。これを機に事務所内勤へ部署異動する。


四四歳。勤務先の運送会社が経営不振に陥り、人員整理のため大輔が解雇される。


四五歳。春人高校入学。派遣で糊口をつなぐ。


四六歳。職安で求職活動続けるものの採用には至らず、派遣でつなぐ日々が続く。父次郎に膵臓がんが見つかる。


四七歳。父次郎死去。享年七十三。世帯収入が大幅に減り、以後徐々に生計が逼迫する。


四八歳。春人私立大学入学。入学金は元妻の朋美が出し、授業料は奨学金で賄う。


四九歳。朋美が春人の引き取りを打診するが、春人の拒絶で不成立となる。「今さらあっち行って居心地わるい思いしたくないし。ばあちゃんと親父だけ残して出るのも心配だし」


五十歳。三カ月から半年程度の短期の派遣を渡り歩く生活が続く。


五一歳。ひとまわり年下の上司に叱責され激昂、三日後に派遣契約終了。次の派遣が決まるまで四カ月かかった。


五二歳。春人が就職、東京勤務のため家を出る。


五三歳。日雇いのアルバイトが時々入るぐらいで、働かない日の方が多くなる。車の維持費を賄えなくなり、手放す。


五四歳。いよいよ生活が苦しくなるが、春人が帰省する時は老母の千紘がごちそうを用意する。その分ほかの日の生計費が不足することもあった。


五五歳。気の鬱ぐ日が増える。母千紘の物忘れが時々出てくる。月に1~2回、料理や家事をめぐって口論する。


五六歳。年末年始の休暇で春人が帰省していた時、料理の準備が遅れたことに大輔が立腹し、千紘を罵る。春人があいだに入って窘めるが、春人とも口論に。その後、放火。


五七歳。一審は懲役三年の実刑判決。控訴せず確定。刑務所に収監される。


五八歳。十二月、病死(肺炎)。葬儀は母千紘と息子春人の二人だけで執り行った。(千紘は三年後、八十八歳で亡くなった)



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