2-2 いつき
高校生活にいつきはなんの希望も抱いていなかった。その先つづく人生にも。
友だちもいらないし恋もいらない。部活なんか論外。灰色の高校生活を送ってつぎは大学行ったらもっと人間関係は疎遠になって、その先働くことなんて想像もつかないけどそんな人生なくなったっていい。
なにもかもどうでもいいやって投げ出していたのは中学三年の秋に幼馴染の親友を亡くしてしまったからだ。交通事故だった。
都心から電車で一時間ぐらいのベッドタウンはほどよい田舎で、子供たちが羽をめいっぱいひろげるのを妨げるものもなくいつきたちはのびのびと育った。高校も地元へ進んでその生活がいつまでもつづくはずだったのだ。
だが親友を亡くしたこの町は、いつきにとってなんの意味ももたなくなってしまった。どたんばでいつきは進路を変え、自分を知る者がひとりもいない都心の高校へ進んだ。
高校のクラスでは併設されている中学からの内部進学組がはんぶんぐらい、すでに人間関係のできている子たちのあいだではヒエラルキーもしっかり形成されていて、いじめたりいじめられたりとかもあるようだけれどいつきにはまったくの他人事だった。
正義感とか義侠心とか、そんなものは持ちあわせていない。いや、人並にはあるかもしれないけどわざわざ火中の栗を拾おうなんてほどご立派な心は持っちゃいないね。死んでしまったあの子の方がよほどあったよ。あの子じゃなくわたしが死ぬんだったらよかったのに。
その日もいじめを見たところでどうこうする気はなかった。
今週いっぱい学校来たらもう連休かあ、どうでもいいけど、と頬杖ついて廊下っかわの窓からそとを通る女の子たちを見ていた。なにが楽しいのかころころ笑うこの子たちはじつは死があきれるほどすぐ身近にあるってことを知らない。教室でいじわるに笑っている子たちも。
するといつものおさげのちっちゃな子が教卓へ向かうのが見えた。彼女の名が
幼稚園に上がるまえから織衣とは仲よしで、なのに趣味も性格もぜんぜんちがった。行きは毎朝いっしょに学校へ行ったけど部活が別だったから帰りはべつべつだった。ただ近所に生まれ育ってずっといっしょだったから仲がいいっていう、そんな関係。
べつになにをしてくれるってわけじゃないけどただそばに織衣がいるってだけで安心できて、ちっさな世界を吹く逆風にも臆せず向かっていけた。
織衣のいない町から逃げるように進んだ高校のクラスでおなじ名前の織衣に出会ったのは偶然なんかじゃなく神さまかだれか、もしかしたら死んだ織衣からの贈り物なのかもしれないと胸が高鳴った。
いつきは全神経を投入して織衣のすがたを追った。でも追えば追うほど彼女が幼馴染とはまるきり別人であると思い知らされるのだった。
どうしてあの子がおんなじ名前してるんだろう。弱い子をいじめてよろこんでいるような子が。
名前はおんなじだけど、似てるのはちっちゃいところだけでほかはぜんぜんちがった。どうしてあの子が織衣の名を名のっているんだろう。いつきは失望した。でもどうしても見切りをつけることができなかった。だってあの子もやっぱり織衣だから。
彼女が織衣らしくない言葉を吐いて、織衣らしくない振る舞いをするたびいつきは心臓のうらっかわを搔きむしられるような心地がした。どうしてあの子は織衣とおなじ名前をしてるんだろう。
教卓のまえで織衣がメガネの子からリボンをうばったときが限界だった。反射的にいつきは立ち上がってしまっていた。立ち上がったあとは迷いなく教卓へ向かった。
「ひとがどんなかっこしてようがおまえに関係ないじゃん」
織衣はなにが起こったかわかっていないみたいで、あっけにとられた顔していつきを見上げていた。いつきは気が遠くなりそうだった。この織衣とあの織衣が似てなくたっておまえに関係ないじゃん、ってどこかでだれかが言うのが聞こえた。
「かえしてやんなよ」
からだが勝手にうごいて織衣からリボンを奪いとっていた。この子はあの織衣じゃない、と自分に言いきかせた。
「おまえがうっとおしいだけ」
最後通牒みたいに突きつけたら織衣は目をおおきく見ひらいて、言葉をなくし立ちつくした。うしろの子はきれいな顔を夜叉みたいにひきつらしていつきを見ていた。
くちびるをふるわせる織衣から目をはなせなかった。目をはなしたらそのとたん涙が堰を切ってあふれ出すような気がして、必死に織衣を見つめつづけた。
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