1-3
だれかの行きつけだったらしい天ぷら屋は、昼にはすこしはやかったおかげでぼくら全員を
やがて天ぷらの揚がる音がかろやかに店内を満たした。
その音に促されるようにぼくらはいっせいにしゃべりだした。なにしろみんながあつまったのは一年ぶりで、話すことはいくらでもあるのだ。
就職した者たちは仕事の愚痴を言いあい、別のテーブルでは院へすすんだ者があつまって研究の話をしているのがみんな別世界の話題のようで、Kが死んだこともこのまま夢ってことにさえしてしまえそうだった。夢にしてしまうためみんなわざとなんでもない話ばかりしている気もした。司法留年していたやつが今年は受かったと言って、はじめて聞いた連中はみんなそりゃ目出たいやって
会社に乗り込んでやる、とさっきわめいたHがまた言った。もう大声じゃない。そのぶん怒りが陰々とこもって、かえって彼の本気を感じさせた。
会社があいつを殺したんじゃねえか、それが一言の詫びどころか見送りさえもなしで、そんな最低限の仁義さえ踏みにじるやつらをそのまま許せるか? まわりに同意を求めるでもなくひとり言のようにくぐもった声を出す彼の唇がふるえていた。みんなだまって彼の言葉を聞いていた。
具体的にどんな事情があってKが自死をえらばなければならなかったのかぼくは知らない。だからKとHへの信頼は固いにしても、会社が殺したって言葉がぜったいの真実だと決めこんでしまうにはちょっと躊躇いがないではなかった。現役の頃まいにち顔を合わせていやというほどいっしょに時間を過ごしてちょっとした態度のちがいでなに考えているかさえ見当のついたのはもう一年以上もまえのことで、すでにぼくらはそれぞれ別の道を歩みはじめていた。
揚げられたばかりの天ぷらがぽつぽつとまえに並べられるのをぼくらは盲目的に摘まみあげては口へと運んだ。会社に乗り込むって言うHを止めるべきかそのまま行かせるべきか判断できないでいたぼくらに天ぷらはちょうどいい一時避難先だった。
そんなことしたってKが生き返るわけないし相手が泣こうが謝ろうがあるいは逆ギレしやがろうがぼくらの気分が晴れることだってどうせない。それは分かっているけどやっぱりいま文句のひと言も叩きつけてやらなければ生涯後悔するような気もたしかにしていた。
だからたとえなんの成果も生まないにしてもこいつが行きたいっていうなら行かせてやれって思いはするんだけどひとつ心配なのはこいつ勢いあまって相手を殴ったりしかねないなあって、だから背中を押すのには躊躇してしまうのだった。
その間も天ぷらはつぎつぎ揚がって出てきた。職人さんが目のまえで揚げてくれる天ぷらなんてぼくははじめてだったからふつうだったらわくわくしただろうしむろん美味しいにちがいなかったのに今ぼくは天ぷらを味わう気分ではなかった。せっかくのごちそうが、貧乏学生になんの感興を与えることもなくむざむざ喉から食道へ突き落されていくのが
けっきょくHに付添人をつけるって結論にぼくらは落ち着いた。もしこいつの感情が激して暴れだしたりなんかしたら止められるように。問題はだれがついて行くかだ。
という議題に入ろうとしたとき店の扉が開いてひとり背の高いのが飛びこんできた。
「わりぃ、遅くなった。今日にかぎって雪なんてまったくついてねえよな」
入ってくるなり場ちがいに元気な声を出したのは同期のFだ。鉄道会社に就職していた彼は、朝からの雪の対処のため休暇を取り消されて葬儀に出ることが叶わなかった。ダイヤも落ち着いてきたのでようやく解放されたのがついさっきなんだという。
店員が持ってきたお茶とおしぼりをフレンドリーに受けとって、空いてる席にすわるとみんなが話しているところにごくごく自然にFは食い込んでった。そういやこういうやつだった――となつかしく思ったのはぼくだけじゃなかったはずだ。
「やめとけやめとけ」
ここまでの経緯をほとんどすっ飛ばして結論だけ聞いたFはひらひら手を振った。
「あいつはそんなの望んじゃいねえよ。そっとしといてくれってKなら言うと思うぜ、おれは」
そう聞いたときぼくの頭のなかでKの声が響いた。
だーいじょうぶだって。自分でなんとかすっから。
たしか夏合宿のときのことだ。ぼくらは二年生だった。
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