短編その六

『わっふる』



「安宿!突然だけど、これを一緒に食べよう」

 時も所も分からぬ謎の場所にて、一人の男が妻である女に紙袋を突き出している。その包みはまだほんのり暖かく、中からは食欲のそそられる香ばしい甘い香りが漂っていた。

「あら?なんですの、それ。食べ物?」

「うん。なんか阿倍がお土産にって持ってきた。今の日本で食べられているものらしいよ」

「まぁ珍しい……というよりあの子、また現世偵察に行ってたのね」

「楽しそうだからいいじゃない。それよりほら!いい匂い……何でできてるんだろう?」

「うーん、焼いてあるのは分かりますけれど、色々分からないものもかかってますし……。それに食べ物にしては珍しい色をしてますわね」

 男は袋の中から一つ取り出すと二人でまじまじと眺めた後、顔を見合わせた。

「君から食べる?」

「あなた、私に"毒味"をして欲しいの?」

「そ、そうじゃないよ!毒入ってないもん!」

 男は焦ったように言葉を急いだが、妻は全く意に介さず、逆にそんな様子に眦を下げて微笑んだ。仕方ないですわね、と男の手からその食べ物を取り上げる。

「はいはい、そしたら私からいただきますわね」

 妻は唾を飲み込むと、勢いよく一口頬張った。ゆっくりと咀嚼して、試すように目をころころ転がしながら吟味して、そしてまた飲み込んだ。

「…………ど、どう…?」

「………ん!あま〜い!」

「ほんと!」

「えぇ!ちょっと、あ、甘すぎてなんだか分からない気もしますけれど、ひとまずとっても甘いですわ!あと、食感もしっかりとしているかと思いきやふわふわもしていて、これは美味しいですわね!」

 妻の満足そうな笑顔に男は安心したのか、はたまた羨ましくなったのか、男は妻の膝の上に手を置いてせがむ様に彼女を見つめる。

「ぼ、僕も食べる!」

「はい、あーん」

「あーーん……。んむ……ん!あまい!」

「もう、あなたったら、お口に付いてますわよ」

 妻はそう言うと夫の口角の辺りに着いた黒い跡をそっと拭き取った。男は擽ったそうに微笑む。

「えへへ……ありがとう」

「ふふ、本当に可愛いお人」

「ん?」

「なんでもありませんわ」

「そう?……あぁ、二つしか無かったから、もう一つどうしよう……」

「また阿倍に貰えばいいじゃない」

「うん…。じゃあ残り一つは君にあげるね」

「あら、あなたももっと召し上がりたいんじゃなくって?」

「君もこれ気に入ったでしょう?」

「じゃあ半分にしましょう。半分こ」

「そうしよう。上手く分けれるかな……」


「美味しいねぇ」

「本当に……」

「あっ!君も口についてるよ?」

「あら!恥ずかしい」

「媛、そのままで」

「えっ?」

――ちゅっ。

「……も、もう!」

「君もおいしい」

「やだもう!あなたったら!」

「もう一口、いいよね?」

「あなたがお望みなら」

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聖光短編集 木春 @tsubakinohana12

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