第2話 これからは、私が君のためにしてあげるからね

 有真瀬那ありま/せなから誘われた日の放課後。


 古川歩夢ふるかわ/あゆむは授業が終わるなり、早急に帰宅準備を済ませ、その後で彼女と共に下校して街中に訪れていた。


 街中といっても郊外寄りの喫茶店で、そこに二人はいるのだ。


 入店後、女性店員から誘導され、テーブル席に向き合うように座っていた。


「急に誘って、ごめんね」

「いや、そんな事はないよ」


 むしろ、誘ってくれて嬉しいくらいだった。


 彼女と同じ空間に二人っきりでいられることに、内心、幸せを噛みしめられていたのだ。


「それで、さっそくなんだけど、どんな話なのかな?」

「それはね」


 瀬那は頬を紅潮させたまま、口を動かし始める。


「簡単に言うとね、付き合ってほしいって事なんだけどね」

「付き合う?」

「そ、そう言うこと」


 対面上の彼女は、ジト目で歩夢の方を見つめてきている。


 二人っきりで遊びたいという事は、彼女にとっても重大な話をするのだと察していたが、想定した通りの回答を貰え、歩夢的には嬉しかった。


「ど、どうかな?」

「俺は……」


 歩夢は深呼吸をして、非常に高まってる感情を抑えようとする。


「付き合っている人っているの?」


 歩夢の心が震え、言葉に戸惑っていると、彼女から続けて言葉を投げかけられた。


「それはないけど」


 今まで恋人とかもできた事はなかった。


 でも、昔、一回だけ好きになった子がいたのだ。


 その子は小学生の頃に転校して行ってしまい、それっきりの関係だった。




「でも、どうして俺と? 俺は君とはそこまで関わった経験も少ないから、どうしてかなって思ってたんだよね」


 歩夢は素朴な疑問を彼女に投げかけてみた。


「それは古川君の事が気になってて。それで興味を持ったっていうか。単純かもしれないけど。私からしたら、結構本気なんだけどね」


 瀬那の表情が柔らくなってきた。


「そ、そうなんだ」


 気になるというのは、異性としてという事なのだろう。


 それは凄く喜ばしい事だ。


 どんな結論を言われたとしても、好意を持ってくれているのはチャンスである。


 これを生かすかどうかで、今後が変わってくるだろう。


 そもそも、今まで恋人すらも出来たこともなかった。


 勇気を持つなら今しかない。


 そう思い立ち、歩夢は目に気合を入れて、目の前にいる瀬那の顔を見やる。


 急な態度に彼女は驚いたようで、目を見開いた後、恥ずかしそうに顔を背けていたのだ。


「ど、どうしたの? 急に見つめられると恥ずかしいんだけど」


 瀬那から軽く指摘されてしまう。


「ごめん。でも、俺、付き合ってもいいよ。俺も、有真さんのことは以前から気になってて」

「そうなの?」


 彼女の表情がさらに明るくなった。


「でも、俺以外にも君の事が好きな人がいると思うけど。それでも俺でいいんだよね?」

「うん」


 瀬那は一呼吸を置いてから――


「だって、古川君は、私の事を外見だけで判断しないでしょ?」

「え、そ、そんな事はないけど」


 歩夢も一応、男子であり、彼女の胸の膨らみに関心を持ったりと、多少は見た目で判断しているところもある。


「そんなに謙遜しなくてもいいよ。だって、今までは、大体見た目で判断して付き合おうとは、そういう誘いしかなかったから」

「そ、それは大変だね」

「でも、古川君なら、そんな事はないよね?」


 瀬那はグッと前かがみになって、歩夢を信頼したかのような態度を見せてくるのだ。


 しかも、その言動で、彼女の胸がテーブルに強く押し当っており、その大きさが明らかになる。


 目のやり場に困るというのはこういう事だろう。


 制服からでも相当な大きさをしている。


 水着なんて着用したら、どんでもないモノが露出する事になるだろう。


 いや、ダメだ、こんな事を申していては――


 歩夢は脳内に思い浮かぶ展開を強引にも打ち消そうとした。

 それから――


「あ、ああ、うん……そんな事はないよ」


 歩夢は我慢強く、平穏さを維持しながらも返事をする。


 でも、心の揺さぶりがあり、歩夢の口調が微妙に震えていたからこそ、彼女は首を傾げていた。


「もしかして、古川君も?」


 瀬那は、歩夢の顔を覗き込むように、まじまじと見てくる。


「そ、それは、まあ、そうだね。俺もそういう事を意識したことがあるから……」


 疑うような視線から一転、しょうがないっかといった感じに、彼女は席に座り直していた。




「古川君になら、それでもいいかなって」

「俺だけ、特別って事?」

「そうかもね……古川君は、昔の事ってわかる?」


 瀬那の声のトーンが変わった。


 昔の事を懐かしむような表情になり、冷静に語り掛けてくる。


「昔って、いつの事?」

「それは小学生の頃」


 小学生の頃とは、と少し疑問気に思う。


 けれど、一瞬、正面にいる瀬那の姿が小学生の頃、よく遊んでいた子と似ている気がした。


 何かの見間違いかもしれないと思った。


「私。小学生の頃ね、古川君と同じ学校だったんだよ。数か月だけクラスが一緒だった時期があるでしょ?」


 昔、数か月間過ごし、それから転校して行った子がいる。


 歩夢からしても忘れられない人である。


 その子の事が好きだったのだ。


 その子こそが、今、自身の瞳に映っている子らしい。


 苗字も変わり、全然見た目も違いすぎて、今まで気づいていなかった。


 歩夢は目を擦り、その視界に移る、その彼女の姿をもう一度見やる。


 薄っすらとだけ、その面影が残っている気がした。


 一瞬だけ、その姿が重なって見えたのである。


「あの時の……そうか」


 ようやく、忘れていたモノを思い出せた気がした。


「私ね、昔から気が弱かったから、いじめにあってたじゃない。いつも助けてもらってばかりで」

「そ、そうだったね……」


 昔、彼女は小柄で気が弱かったこともあり、いつも一部のクラスメイトから弄られていたのだ。


 だから、歩夢は、そのたびに助けていた。


 歩夢は昔、明るい方だったけれど、瀬那が転校して行ってからは自身がいじめの対象になってしまった時があった。


 それからというもの、次第に内気な性格になってしまっていたのだ。


 だからといって、今まで彼女の事を嫌いになる事はなかった。


「……あの頃からずいぶん経ったね」


 歩夢は懐かしみ、嬉しい気分になるものの、凄い運命の訪れにより、言葉を上手く出せていなかった。


 こうして、不思議なタイミングで再開できたのは何かの奇跡かもしれない。


「私、あの頃は何もしてあげられなかったけど。だからね、その意味も込めて、古川君と付き合いたいの。一緒に付き合ってくれる? これからは、古川君のために色々としてあげるからね♡」


 瀬那は手を差し出してくれた。


 歩夢も、それを素直に応じたのだ。


 昔は付き合えなかったけど、これからの学校生活は充実させていこうと、心で決意を固めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心を開かない爆乳美少女が、俺にだけ親し気に話しかけてくる 譲羽唯月 @UitukiSiranui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画