第5話 呪われた島 5

 そんな気持ちで頑張った一日目。その成果は、ほとんど出なかった。女将(は、昨日だが)と神主の情報に加えて、浜辺の女性に疑問を抱いた状況。オカルト雑誌の取材でなければ、(女性の消失には驚いたかも知れないが)、「そう言う話もあるんだ」と聞き流している事だった。


 それがあるかも分からない怪異に恐怖を抱く必要はない。夕食の席を囲って、民宿の料理を味わったり、海の中を泳いだり、釣りなんかを楽しんだりするだけだった。彼等はそんな娯楽を忘れて、今日の収穫に「ううん」と苦笑した。「これはちょっと、不味いですね。大事な事がほとんど分かっていない。島の怪異を暴く事も、そして……」

 

 伊予は、その続きを遮った。今までの事はカメラで大体撮ってきたが、これだけでは配信度が上がらない。「調べてみたけど分からなかった」と、そう没になるのがオチだった。動画の素材に起承転結がなければ、弄りたくても弄る事ができない。伊予はそんな状況に不満を抱いて、自分の脇にカメラを置いた。「そろそろ欲しいですね、カメラ的においしいのが」

 

 スタッフ達は、その言葉に苦笑した。おいしい物が欲しいのは、彼等も同じだからである。雑誌の取材で何も分からなければ、上の人間に「経費の無駄遣い」と言われるからだ。金食い虫の人間に「この馬鹿野郎!」と怒鳴られたくはない。「社会常識」と言う物がなければ、相手の顔をすぐにぶん殴りたかった。


 彼等はそんな事を考えつつも、一方では「仕方ない」と思って、それぞれに「会社に伝えよう」と話し合った。「ここは、外れだ。『損切りは、早い方が良い』ってね? 神崎さんも、『手間賃だけは払って欲しい』と」

 

 伊予は「それ」に目を細めたが、やがて「すいません」と謝った。「本当は、私だけでも残りたいですが。それだとサムネ詐欺になってしまので。今回は、『別の企画を考えたい』と思います」

 

 肇は、その言葉に胸を痛めた。加奈も、同じ気持ちを抱いた。二人は取材の同行者に頭を下げ、会社にも事の次第を伝えて(案の定、こっぴどく怒られた)、周りのスタッフ達にも「今日はもう、休もう」と言った。「明日は、朝一の船に乗らなきゃならないし?」

 

 スタッフ達はその指示に従い、伊予も(自分の家族?)か何かにメッセージを送った。彼等は男女の部屋に分かれて、部屋の電気を消し、(名残惜しくはあったが)布団の上に寝そべって、夢の世界に落ちて行った。

 

 ……それから数時間後、か? とにかく何時間か経った時、ふと妙な音に目覚めた。誰かが外の廊下を歩くような音。その音に加奈が、続いて周りのスタッフ達も次々と起き出したのである。


 彼等は廊下の足音に「何だ? 何だ?」と驚いたが、「女将さんの足音かも知れない」と言う想像と、伊予の「落ちついて。今はとにかく、様子を見ましょう」を聞いて、自身の不安を何とか和らげた。「わ、分かりました。それじゃ」


 そう返した時にも聞こえる、足音。足音は彼等の部屋に近づくと、しばらくは部屋の前をうろついていたが、やがて部屋の扉を叩きはじめた。どんどんどんどん、どんどんどんどん。そんな調子がしばらく続き、やがて「うぅ、うううう」と唸りはじめた。部屋の電気も点いたり消えたり、その窓も「どんどん」と叩かれている。スタッフ達が窓のカーテンを閉めた時にも、窓の外に何かが見えたりしていた。

 

 スタッフ達は、その光景に泣きわめいた。その仕事柄、こう言う現象にも多少は慣れていたが。今回のそれは、今までの経験を遙かに超えていた。付け焼き刃のお経を唱えても、今の現象にはまったく効かない。部屋中から聞こえる呻き声、その数がただ増えるだけだった。彼等は自分の耳を押さえて、布団の中に潜った。「もう、嫌だ。許して、勘弁して!」

 

 そう叫んだが、やはり無意味。周りから聞こえる呻き声が、「帰れ」の言葉に変わっただけだった。彼等は「帰れ」の言葉に震えたものの、それが示す意味、つまりは「相手の意図」を考えはじめた。「なあ? この島って、やっぱり」


 何かある。島の伝説や、今の現象とは違う何かが。この「帰れ」に混じって、「潜んでいる」と思った。スタッフ達は心の中でお経を唱えながらも、周りの声に向かって「この島は、何なの?」と訊きつづけた。「貴方達はどうして、私達に『帰れ』と言うの?」


 部屋の声は、その質問に黙った。それを待っていた、わけではない。今も「う、ううう」と唸っていたし、伊予のカメラにも変な物が映っていた。スタッフ達は、目の前の光景に苛立った。怪異への恐怖が消えたからではない。恐怖と疑問があまりに強すぎて、その思考が攻撃的になったからである。


 恐怖の意味を考えるよりは、それを追っ払った方が良い。相手はどうせ、理屈の通じぬ化け物なのだから。そんな化け物に人間の思考を使う必要はない。彼等は自分の近くにあった様々な物を持って、声の主達に「お前等こそ、出ていけ!」、「帰らせたいなら、帰らせたい理由を言いなさいよ!」と怒鳴りはじめた。「こっちは、生身の人間なんだ!」

 

 声達は「それ」を聞いても、今の脅しを止めなかった。部屋の出入り口をドンドン叩き、窓硝子の全面をバンバン、水道の蛇口も捻って、電気のスイッチもカチカチ押しつづけた。スタッフ達は、その音に耳を塞いだ。「もう、無理だ。もう、耐えられない」と。普段なら相手に塩の一つでもぶつけるこころを、子どものように泣き、喚き、狂って、挙げ句には「ここから逃げよう!」と言いだして、部屋の扉に「さぁ!」と走り出してしまった。「こんな島なんて、真っ平だ!」

 

 肇や加奈も「それ」に続いて部屋の扉を開けようとしたが、どう言うわけか開かない。通常のやり方で開けてみても、扉のど真ん中に体当たりしてみても、その体に反動を受けるだけで、部屋の扉自体はまったく開かなかった。彼等はその事実に打たれて、床の上に座りこんでしまった。「くそっ! ふざけるな!」

 

 そう叫ぶが、扉はやはり開かない。彼等の怒声だけが、部屋の中に響き渡った。それに応える幽霊達の声も、さっきより大きくなっている。彼等はそれぞれに頭を押さえたり、床の上に蹲ったり、それでも扉に体当たりしたりして、今の状況に「止めて!」と叫びつづけた。「帰ります、帰りますから! 許してください!」

 

 お願いします。そう叫んだ瞬間に現れた、黒い影。影は彼等の頭を一人一人鷲づかみにすると、その血走った目で、相手の顔を覗きはじめた。「ヒトクイ、ヒトクイ。みんなに伝えて。ヒトクイ、ヒトクイ。ここは、人間を食べる島」

 

 取材班は、その声に泡を吹いた。言葉の意味は分かるが、頭の方は耐えられなかったらしい。カメラ担当の伊予を除いて、その全員が「うっ」と倒れてしまった。彼等は伊予に自分の頬や体を叩かれても、嫌な顔で白目を剥けつづけた。「あ、うっ、あ……」

 

 伊予は、その声を無視した。「無視するしかない」と思ったからである。普通の手段で起こせない以上、その状態を見守るしかなかった。伊予は女の幽霊にカメラを向けて、相手に「今の言葉は、どう言う意味?」と訊いた。「この島には人を食べる、?」


 相手は、その質問に黙った。「正しく、その通り」と言わんばかりに。周りから聞こえていた声も、その質問で急に静まってしまった。幽霊は伊予の顔をまじまじと見、その笑みに「うっ」と怯んで、彼女の体から顔を離した。「信じてくれる?」

 

 それに「信じるよ」と、即答。相手の目を見て、「うん」とうなずいた。「怪異の原因を探すのが、私達の仕事だから。貴女の話も、ちゃんと聞く」


 幽霊は、それに泣き出した。恐らくは、伊予の優しさに。自分の心を揺さ振られて、それに「うっ、ううう」と泣き出してしまった。彼女は自分の頭を振って、伊予に「ありがとう! ありがとう!」と叫びつづけた。「そう言ってくれたのは、貴女だけ」


 伊予も、その言葉に微笑んだ。「貴女だけ」と言う事は、自分以外にも「これの対象が居た」と言う事。自分と同じような状況で、「自分のようには聞かなかった」と言う事だ。「相手が幽霊、得体の知れない化け物」と言う事で、「この話自体を聞かなかった」と言う事である。


 伊予はそんな境遇、相手の背景を察して、それに胸を痛めた。「辛かったね? 私ならきっと、おかしくなるよ。自分の事を分かって貰えないなんて。普通の神経じゃ耐えられない。貴女は、それをずっと耐えてきたんだね?」

 

 幽霊はまた、彼女の言葉に泣き崩れた。伊予が彼女の背中を撫でてもなお、それに「う、ううう」と泣きつづけるように。悔しげな顔で、「うわーん」と泣きつづけたのである。


 幽霊は自分の気持ちを落ちつかせて、伊予に自分の過去を、島の真実(と思われる)を話しはじめた。「この島は、狂っている。人間が人間を食べるなんて」

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神崎伊代は、語りたい。ホラー系VTuberの怖い話 読み方は自由 @azybcxdvewg

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