第4話 呪われた島 4

 史料はみんな、似たような物だった。女将や神主の話をより詳しくしただけで、新しい情報はない。史料の頁を思い切り使って、「海影様は、天災だ。その裁きは甘んじて、受けなければならない」と記してあるだけだった。


 取材班は、その情報に項垂れた。客観的な情報が無いだけでも落ちこむが、それ以上に海影様の恐怖を綴っただけの記憶が「気持ち悪い」と思ったからである。集めた中で最も古い史料にも、「神に逆らう事なかれ」と書かれていた。

 

 取材班はその情報に負けて、自分の頭を掻きむしった。こう言う怪異には(普通は)発生時期などが書かれていて、そこから怪異の正体に迫っていけるが、海影様に関しては、どの史料も同じ時期、同じような伝説が書かれ、その被害もほとんど同じ。「島の海岸に流れ着いた海亀を島民達が虐げた結果、神の怒りを買って、この悲劇が始まった」と書かれているだけだった。


 伊予の言うような比喩、人間への置き換えを匂わせるような隠喩は、どの史料を読んでも見つからない。「参ったね」

 

 そう呟いた肇に周りの取材陣に「うん、うん」とうなずいた。肇は右手のボールペンをくるくると回して、自分のノートに目を落とした。ノートの頁には彼が集めた情報、考察、疑問が書かれ、その脇には史料類が重なっている。


「これでは、本当にお伽噺だ。いじめた亀の恨みを買って、その親が『許さない』とやってくる。神と人間の違いこそあれ、やっているのは現代の学校問題だ」


 スタッフ達は、その例えに吹き出した。こんな物語にも、そんな要素があるなんて。人間の本質は、どの時代も変わらないらしい。自分の昔を思い出したらしいスタッフは、その事実に「まったくね?」と笑ってしまった。


 彼等はテーブルの上に史料を戻して、それぞれに互いの顔を見はじめた。新しい情報も出ない以上、「ここに居る意味もない」と思ったらしい。自分達の荷物をまとめると、揃って史料館の中から出てしまった。「これから、どうする?」

 

 その質問に「ううん」と唸る、スタッフ達。彼等は色々と悩んだが、唯一の情報を手掛かりにして、話の中に出てくる海岸、今は海水浴場になっているらしい場所へと向かった。「おお!」

 

 感嘆の声、それに続く「綺麗」の一言。今までの流れですっかり忘れていたが、ここは海が綺麗だった。都会では見られないマリンブルーが水平線の彼方まで続き、海の上にも漁船が何隻か見られ、遠くの方には漁港すら見られる。


 正に「日本の離島」と言う感じだった。山の上には灯台も見られ、後ろの道路にも車が何台か走っている。彼等の姿を不審がった車は、道の隅に車を止めて、車内から彼等の様子を眺めていた。


 取材班は、その視線を無視した。この島の人達にとって、自分達は文字通りの余所者。自分達への敵意こそないが、それなりの警戒心はある筈だ。彼等に「こんにちは」と話しかけたところで、その警戒心が解かれる筈はない。


 取材班は自分達の前から遠ざかる車を見送ると、不安な顔で正面の海に向きなおった。「とりあえずは、来たけれど。特に変わったところは、ないね。潮の香りがちょっと、強いくらい。『怪異の出る島』とは、とても思えないよ」

 

 周りのスタッフ達も、その意見にうなずいた。この景色は、絶景以外の何物でもない。観光で来るなら良い所だが、仕事で来るならもったいない場所だった。雑誌の仕事が無ければ、これからバケーションを楽しみたいところである。


 彼等は今までの事を含めて、目の前の風景に溜め息をついてしまった。彼等はそんな気持ちを抱いたままで、この美しい海に「怪異なんて、どうでも良いよ」と言った。「俺達には、バカンスの方が」

 

 ずっと大事。そうぼやいた男性スタッフだったが、加奈の「あれ?」に「なんだ?」と驚いてしまった。彼女の指差す方向に何か、人間のシルエットが見える。浜辺の上に横たわって、周りの人達に助けを求めているようだった。彼は敷物の上から立ちあがって、その人の方に走りはじめた。「ヤバイ、助けなきゃ!」

 

 周りのスタッフ達も、その声に従った。咄嗟の事で反応が遅れたが、人助けの精神は彼と同じ。周りの空気も相まって、頭のスイッチをすっかり切りかえてしまった。


 彼等は彼女(どうやら、女性らしい)の周りに集まると、彼女の顔を叩いたり、彼女に「どうしましたか?」と話しかけたりして、その意識があるかどうかを確かめた。「起きている!」


 スタッフの声にも、「う、ううう」と応えた。頭をどうやら、打ったらしい。一人が彼女の頭に手をやると、その掌に真っ赤な血が付いた。スタッフ達は血の衝撃に怯えたものの、伊予が島の救急隊に連絡を入れた事や、加奈が女性に応急処置(大学時代に学んだらしい)を施した事で、その怯えを何とか和らげた。「落ちついて、すぐに助けが来るから!」

 

 女性は、その声に動いた。頭の痛みは治まっていないが、思考の方は何とか動いたらしい。加奈の声に目を開けて、その目をじっと見はじめた。女性は加奈の服を掴んで、彼女に「逃げて!」と叫んだ。「ここに居ちゃダメ! みんな、アイツ等に殺される」

 

 だから、逃げて。そう叫ぶ女性に対して、スタッフ達も「え?」と驚いた。彼女の傷は事故ではなく、事件の可能性が出てきたからである。命の危険があるなら、取材を続けるわけにはいかない。島の警察にも「それ」を伝えて、安全な所に逃げるしかなかった。


 スタッフ達は女性の話に怯える一方、頭の方は妙に落ちついて、この異常に対する打開策を考えはじめた。「帰りましょう、大義名分もできたし。『現場で事件に巻きこまれた』となれば、上の連中も流石に許してくれます」


 加奈や肇も、その意見にうなずいた。(表面上は)安全第一の仕事で、危険な事件を扱うわけにはいかない。上の連中にも「それ」を伝えて、ここからすぐに帰るべきだった。彼は救急車の音を聞くと、それに救いを感じて、互いの顔を見合った。「良かった」


 これで、助かる。そう思った瞬間に「え?」と驚いた。救急隊の一人に言われるまで気づかなかったが、さっきの女性がいつの間にか消えていたからである。彼等は目の前の現象に目を疑ったが、救急隊が自分達に説明を受けた事や、カメラの記憶に女性が残っていた事もあって、消失の衝撃をすぐに忘れてしまった。「本当に居たんです、ここに。頭から血を流して!」


 そう話してみたものの、やはり信じて貰えない。「雑誌の取材から何かは知らないけど。やらせの類いは、止めて欲しいな」と言われてしまった。救急隊は彼等の顔をチラチラ見て、島の病院に戻ってしまった。「まったく! とんだ無駄足だったよ」


 取材班は、その声を無視した。それを聞き取るだけの余力がない。彼等は「女性はなぜ、消えてしまったのか?」、その疑問で頭がいっぱいだった。「う、うそ? 何かの悪戯? 怪我人が、急に居なくなるんんて?」


 肇や加奈も、その不安に息を飲んだ。一人の勘違いならまだしも、女性の事はみんなが見ている。ここの全員が「集団幻覚に罹った」とは、考えにくい。ましてや、その全員が「同じ物」を見るなんて。いくらオカルト雑誌でも、「ここまで起こる」とは思えなかった。


 彼等は互いの顔をしばらく見合ったが、伊予が取材班に「あの人は、島の怪異に関わっている」と言ったことで、その思考をすっかり忘れてしまった。「ど、どう言う事?」

 

 伊予は、その質問に目を細めた。彼等の表情をゆっくりと見渡すように。


「現実的に考えて。怪我人が急に消えるのは、ありえない。『怪我がフェイクだった』としても、それで私達を騙す動機が分かりません。『私の存在を知っていた』としても、その仕事を妨げる利益が分からない。彼女が仮に怪異であるなら、私達がやってくるよりも前に妨げてくる筈です。


 取材当日までに大きな事故があったり、島まで行くための交通手段が使えなくなったり。私達に島を侵されるのが嫌なら、相応の事をしてくる筈。彼女は、それをまったくしてこなかった」


 取材班は、その推理に黙った。それを裏づける証拠はないが、妙にうなずけてしまう。正直、「彼女の推理は、正しい」とさえ思った。女性が「妨害」ではなく、自分達に「警告」を出していたのなら、「逃げろ」と訴えた理由も分かる。


 それに「アイツ等は、危ない」と付け加えた意味も。頭が落ちついてきた彼等には、その推理も「一理ある」と思えてしまった。取材班は今の推理を聞いた上で、女性の正体を「あれこれ」と考えはじめた。「でも」

 

 そう呟いた加奈に肇も「そうだな」とうなずいた。二人は互いの顔をしばらく見て、伊予の顔に視線を移した。「今の話が『真実だ』としても、やっぱり分からない事がある。女性が俺達に警告を出した、タイミングだ。この島が本当に危ないなら、ここに来る前に警告を出すだろう? それこそ、『この島は、危ない』ってね? 虫の知らせで送ってくる筈だ。にも関わらず」

 

 それを「送ってこなかった」と言うのは、不自然。あるいは、「うっかりミス」と考えられる。取材陣の命を守りたいなら、それ相応の警告を出す筈だ。こんなエンタメ全開の登場なんて、果たす筈がない。そう考えると、女性の行動は明らかに変だった。

 

 取材陣はそんな不安に駆られながらも、内心では「これも調べたい」と思いはじめた。彼女の真意が分からなければ、「向こうに帰ってたら安全」とは思えない。真実の究明は、身の安全に繋がる。


 彼等はその不安に押されて、お互いに「続けよう」と話し合った。「この手の怪異は、終わらせないと終わらない。中途半端は、事態の悪化を招く。どうせやるなら、最後までとことんやってやろう」

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