第3話 呪われた島 3
神社は、ごく普通の神社だった。神社の本殿に通じる石段はもちろん、入り口の鳥居や本殿などにも「これ」と言って異常は見られない。社務所の中から出てきた神主も、取材班の姿に眉を寄せただけで、特に変わったところは見られなかった。
取材班は神主の男に頭を下げると、彼の案内に従って、海影様の祠に向かった。海影様の祠は、小さかった。使われている石材はかなり良かったが、観音開きの入り口が設けられているだけで、祠の中には小さな入れ物が一つ。「遺骨入れ」と思われる入れ物が一つ、祠の中心部に置かれているだけだった。
取材班は、その遺骨入れに顔を見合わせた。「遺骨入れがある」と言う事は、「その中には骨(あるいは、それに近い物)が入っている」と言う事。「海影様に関する物が入っている」と言う事だ。「神に関する物が入っている」と言う事は、それが「下手に動かせない貴重な物」と言う事である。彼等はそんな事を考えて、遺骨入れの表面を眺めつづけた。「この中に入っているのが?」
海影様の骨では、ないらしい。神主の話に寄れば、「それは、違う物」らしかった。その話にまた、顔を見合わせる取材班。彼等は互いの顔をしばらく見合ったが、やがて神主の顔に視線を戻した。「どう言う、事です?」
神主は、その質問に暗くなった。民宿の女将もそうだが、この手の質問には暗くなるらしい。興味津々の取材陣と違って、神主の方は「答えたくない」と言う顔だった。神主は祠の扉を閉めて、取材班の方に向きなおった。「これは、生け贄の骨です。海影様が選んだ、人間の骨。この祠は、海影様に生け贄を渡す」
受け渡し箱のような物らしい。海影様は(何年かに一度)島民の中から生け贄を選び、島民にその遺体を焼かせると、骨壺の中に「骨を入れろ」と命じて、祠の中に「それ」を納めさせる。遺骨の中から魂を啜って、それを自分の糧とするらしかった。
「生け贄が始まったのは、今から○百年前の事。『海影様の遣い』と思われる、海亀を殺した時からです。海亀は島の人々に恨み言を吐いて、その不安や恐怖を煽った。『我の命を奪う事はすなわち、海影様の慈悲に背く事である』と、体の痛みに悶えながら言ったのです。海亀は全身の打撲、大量出血のショックで死んでしまった。そして」
伊予は、その続きを遮った。周りの人々に自分の推理を話すように。「それはたぶん、何かの比喩でしょう。亀が実際に喋るわけはないし、海影様のお告げがあったわけでもない。これからを生きる人達が、私達のような人達が、海影様の存在を知れるようにわざと、そう言う風に話したとしか思えません。海影様の存在がより、寓話チックになるように。海亀の比喩を使ったのも」
神主は、その推理に黙った。余所者に海影様を汚されたのが許せないのか、あるいは、その推理に思わず唸ってしまったのか? 普段は見せない、複雑な顔で伊予の目を見てしまった。神主は目の前の祠に頭を上げると、観音開きの扉を閉めて、取材陣の方に向きなおった。「それなら」
伊予は、その質問に「はい?」と答えた。今の会話から察して、声の対象は「自分だ」と思ったらしい。
「何です?」
「『海亀』とは、何ですか?」
その質問に黙る伊予だったが、やがて「おそらく」と話しはじめた。ここから話す事は、その表現に注意が必要らしい。「人間です。ただ、肉体か精神に」
何らかの異常がある。海亀が「自身を神の遣い」と名乗ったのは、普通でなくなった肉体若しくは精神、あるいは、「その両方が作った幻だ」と言う考えだった。おかしくなった人間が自分の幻覚を「神からの啓示」と思い込み、それを島の人々に触れ回っただけ。
それに怖れた島の人々が、その人物を「海亀」に代えて、彼または彼女の教えを子々孫々に伝えただけだった。「おかしくなった人間を殺した」と言うよりは、「神の使いの亀を殺した」と言った方が、純粋無垢な子どもにも受け入れやすい。
事実、民宿の女将も「それ」を信じているようだった。伊予は周りの人達に「それ」を話した上で、その推理に「これも、私の憶測です」と付け加えた。「それを示す証拠は……探せばあるかも知れませんが、今のところありませんし。『実際にあった』としても、私達では調べようがありません。ずっと昔の出来事には、現代の力を持ってしても。今の私達にできるのか、過去の情報から真実を暴く事です」
神主は、その言葉に汗を浮かべた。言葉の調子は穏やかだが、その雰囲気に怖い物を感じたようである。彼は「その動揺を悟られまい」として、伊予はもちろん、取材班にも平静を装った。
「より詳しい情報を知りたければ、島の史料館に行かれた方が良いですが。史料館の本も、だいたいが同じ感じです。海亀の殺害から始まる不幸、平穏な島に訪れた怪異。海影様は『島の平穏』を守っていた神でしたが、それに人間の業を見いだして、彼等に生け贄を求める……つまり、対価を求めるようになったのです。『こんな奴等に無償の愛は高すぎる』と、相応の価値を求めるようになった。世界の調和は決して、『無償では与えられない』と」
取材班は、その思考に押しだまった。今の価値観からすれば、やっぱり分からない事でも。神様の視点から考えれば決して、分からない事ではない。人間は、多くの命を奪っている。自分達の世界、その文明を守るために。多くの資源を奪い、その資源を使っているのだ。
他者の命を奪っているくせに「自分だけ助かる」などありえない。島の人々はそんな本質を分かった上で、普通なら「何とかして欲しい」と思う災いを「神への償い」と認め、その恐怖を受けとめていた。「酷い人間が酷い目に遭うのは、当然だ」と、そんな風に諦めていたのである。
取材班は彼等の考えに「それでも違う」と言いかけたが、神主がその雰囲気を制した事、そして、伊予も首を振った事で、この嫌な空気を飲みこんでしまった。「黙って受け入れる。それが、島民の総意なんですね? 何をやられても、『粛々と受ける』と?」
神主は、その言葉にうなずいた。「島の神事に関わる神職」として、それが「最善の策」と思っているのだろう。それに苛立った取材陣を無視して、「その通りです」とうなずいていた。神主は祠の方に向きなおって、それにまた頭を下げた。
「私がやれるのは、海影様への報告だけです。『今日から数日、この人間達が貴方をお調べになる』と。祠に対して、伝えるしかない。それで神の許しを得る事も、そして、その怒りを抑える事も。
神の僕である私には、その機嫌を取る事しかできません。『彼等をどうか、見逃し下さい』ってね? そんな風にお頼みするしかない。だから……ここから先は、自己責任です。島の派出所はもちろん、県警本部もこの事は知っていますし、何かあっても型通りの事しかしない。
彼等もまた、島の事情を知っていますから。あなた方の誰かが水死体で見つかっても、『ただの事故死』としか扱いません。それを分かった上で、なお」
調べたいなら、力を貸します。神主はそう言って、取材班の顔を見わたした。彼等の覚悟を一人一人、確かめるように。「どうしますか?」
取材班は、その言葉に顔を見合わせた。事件の犯人は分かっても、その犯人は裁かれない。「これは、いつもの事だ」と言って、流される。現実の司法も似たような物だが、それでもすぐにはうなずけなかった。
神主の提案に「う、ううん」と唸り合う。彼等は自分の命と仕事を天秤に掛けて、「ここは、逃げるべきか? それとも、労災保険に賭けるべきか?」と話し合ったが、それを肇に遮られ、伊予にも「やりましょう」と促された。「し、しかし、何かあったら?」
二人は、その不安に首を振った。特に伊予は、その不安その物を否んでいる。二人は立場の違いこそあれ、周りのスタッフ達に「調べましょう」とうなずいた。「解決のそれは、問題じゃない。問題なのは、怪異の正体が何なのかです。この島に巣くう、神の正体は何なのか? 私達の仕事は、『それ』を解き明かす事です。神の呪いから、この島を解き放つ事じゃない。最悪、未解決でも」
構わない。それが、彼等の救いになった。話の流れで、「この呪いをどうにかしなきゃ」と思っていたが。自分達の目的を思い出すと、その不安もすっかり消えてしまった。呪いの正体さえ分かれば、島の事などどうでも良い。
彼等は彼等で、海影様の呪いを受け入れている。(物事の善悪は別にして)呪いを受け入れているのなら、それを否める権利はない。取材陣はそう考えて、伊予の提案にうなずいた。「そう、ですね。我々の仕事は、お世辞にも『安全』とは言えないし。今更焦っても」
肇は、その返事に微笑んだ。「一時はどうなるか?」と思った取材も、これならやり遂げられるだろう。寄せ集めの集団ではあるが、記者の本懐は果たしてくれる筈だ(たぶん)。肇は記者の熱意と誇りを持って、スタッフ達の意欲を促した。「命がけの仕事だが。それでも、頑張ろう。今回は、気合いも入っているし。素敵なゲストも居る。どんな結末になろうと、この仕事をやり遂げよう」
取材班は、それにうなずいた。素敵なゲストの伊予も、彼等の応えにうなずいている。彼等はそれぞれに思うところはあるが、肇の意見に「やりましょう」とうなずいた。「売上のために!」
神主は、その声に落ちこんだ。警告の意味で話した伝説が、逆に彼等の意欲を上げてしまうなんて。海影様の怖さを知る神主には、信じられない事だった。彼はそんな彼等に呆れる一方、一応の保険として、彼等に神社のお守りを配った。普通のお守りとは違う、海影様の力を弱める効き目があるらしい。「無いよりは、マシだが。それでも、信じないように。人間は、神の前ではあまりに無力です」
取材班は、その忠告にうなずいた。「神様と関わる以上、その敬意は忘れてはならない」と思ったからである。彼等は神主の話をまとめると、島の役場に行き、その取材許可を確かめた上で(挨拶の意味もある)、件の史料館に向かい、海影様に関する史料を調べた。
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