第2話 呪われた島 2

 島までの旅は、楽しかった。移動用の車は普通だったが、港からの連絡船が最高だった。そこら辺の客船に負けない、内装。船内サービスで催された、コンサート。バイキング形式だが、下手な料理屋よりも美味しい食堂。そんなサービスが、島までの旅を彩ってくれた。


 時間の関係で、寝室は使わなかったけれど。窓から見える海は、たとえ曇っていても美しかった。彼等は船のデッキに出たり、展望室に行ったり、船内カフェでコーヒーを飲んだりして、島への到着を待ちつづけた。

 

 島に着いたのは、夜だった。夕食を取るには、丁度良い時間帯。宿への送迎バスも「嬉しい」と思える、大人にはありがたい時間だった。彼等は送迎バスに乗ると、窓の外に目をやって、その景色を「ぼうっ」と眺めはじめた。「真っ暗だね」

 

 そう呟いた一人に周りも「うん、うん」とうなずいた。彼等は自分達が働いている場所、つまりは「都会」との違いに打たれて、その差異に「『正に、正に』って感じ」と笑った。「ガチの真っ暗じゃないけどさ? それでも、暗いよ。漁船の灯りが見えるだけで」

 

 送迎バスの運転手は、その続きを遮った。業務としては、彼等の会話に混ざる必要はないが……。その反応があまりに面白かったので、彼等の会話につい割り込みたくなったらしい。運転手は自分の正面を見たままで、雑誌の取材班に「まあ、田舎だからねぇ」と言った。「娯楽らしい娯楽もないし。元気な連中は酒の力に頼っているが、それ以外はほとんど寝ている」

 

 取材班は、その返事に押しだまった。手元のカメラを回している伊予は別にして、ここのつまらなさに心からガッカリしたようである。彼等は窓の風景をぼうっと眺めて、宿に着くのをじっと待ちつづけた。


 宿に着いたのは、それから十分くらいだった。周りの民家に紛れているものの、玄関の灯りが点いていた事で、その違いがすぐに分かったらしい。宿の中から出てきた女将さんも、周りの雰囲気とは違う陽気な笑顔を浮かべていた。


 彼女は宿屋の中に取材班を通すと、彼等に「ここが、皆さんのお部屋です」と言って、宿屋の中に何があるかを伝えはじめた。


「お風呂は、各部屋に一つずつ。それ以外にも、男女の大浴場が二つあります。大浴場の隣には、簡単な談話室がありますが。お煙草は、外の喫煙所でお吸いください。ご夕食は?」


「すぐに食べます」


 それが、取材班の総意だった。みんな、慣れない船旅で腹を空かせていたらしい。「明日も、早いですしね? 移動の疲れもありますし、今夜はゆっくり休みたいです」


 女将は、その返事にうなずいた。近くの島ならまだしも、都会からわざわざ来てくれたのでから。横柄な態度を見せないだけでも、ありがたい。取材班の女性から「ありがとうございます」と言われた時も、それに「いいえぇ」と喜んでしまった。


 彼女は取材班の顔をしばらく見たが、やがて何かを思い出すと、伊予の顔に視線を移して、そのカメラをじっと見はじめた。「皆さんは……その、ここの事を調べに来たんですよね? この島にある」

 

 上司の男もとえ、岡本肇は、その質問にうなずいた。取材の内容は前以て伝えていたが、女将さんの反応を見て、「改めて話した方が良いだろう」と思ったらしい。彼は部下の女性こと、天岸加奈の顔をしばらく見たが、やがて女将の顔に視線を戻した。


「そう、ですね。ここは、日本でも有名な島ですから。『怖い風習が残る島』としてね? 我々としては、是非とも伺いたかった所です。○○年に一度、謎の失踪や殺人事件が起こる」


 そう言って、しばらく黙った。肇は自分の気持ちを整えて、女将の顔から視線を逸らした。「現象の前には、謎の影……『化け物』と言うんですか? そいつが、『島に現れる』とか?」


 女将は、その言葉に固まった。年齢的にはまだ若いが、両親や祖父母からその話は聞かされているのだろう。取材班達が自分を見つめる前で、その表情に苦悶を見せてしまった。彼女は着物の襟元を正して、肇の顔にまた視線を戻した。


「化け物では、ありません。。ここの平穏を守る代償として、島民の命を……。今の時代にはナイセンスかも知れませんが、私達は海影様を信じていますし、その犠牲も『仕方ない』と思っています。こんな島が生きのこるためには、『その力にも従わなければならない』と。私達は神に命を捧げる事で、この安寧を買っているのです」


 取材班は、その意見に押しだまった。信仰の自由が認められている現代だが、その考えは少し古いような気がする。見えない何かに命を捧げなければならない風習は、(現代的価値観から言えば)どうしても時代遅れに見えた。神様への感謝は普通でも、その服従はおかしい。正直、「考え直した方が良い」と思った。


 彼等はそんな考えに顔を見合わせたが、神崎伊予が女将の考えに「違います」と言うと、今までの空気を忘れて、彼女の顔に視線を移した。「神崎さん?」

 

 伊予は、それを無視した。「五月蠅い」と怒鳴る口調ではないが、「静かにして」と流すような声で。「人の命を奪う神は、守護神ではない。人間に少しの利益を与える、。悪霊が人間に安寧を与える筈はない。貴女達が崇める神は、少しの餌で大物を釣る。つまりは、ただの怨霊です」

 

 女将は、その意見に表情を変えた。鬼のように怒ったわけではないが、今の言葉に恐怖を覚えたらしい。伊予の顔をじっと見て、その眼光に「ふざけるな!」と言いかえした。


 彼女は女将の態度こそ変えなかったが、取材班に女性陣の部屋を教えると、伊予の目をチラリと見て、彼等の前からすぐに居なくなってしまった。「お食事ができましたら、部屋の内線電話にご連絡します」

 

 肇は、その返事に溜め息をついた。これからしばらくお世話になる以上、島の人達とは仲よくしたかったからである。彼は伊予の態度に「空気を読め」と怒ったが、天岸にも「神崎さんの言う通りです」と言われた事で、その怒りを結局引っ込めてしまった。


「女将が周りの連中に言えば、取材が難しくなる。『あの連中は、失礼極まりない』ってね。海影様の情報を渋られてしまうよ」


 伊予は、その意見に眉を寄せた。その意見に怒ったわけではないが、彼女なりに思うところがあるらしい。それを眺める加奈はもちろん、周りのスタッフ達も真面目な顔で彼女を見ていた。


 伊予は加代の顔をしばらく見て、それから肇の顔に視線を戻した。「『渋る』と言う事は、『彼等が何かを知っている』と言う事。島の伝説を超えた、『その恐怖を知っている』と言う事です。


 部外者の人間に釘を刺すような、そんな威圧感のある秘密が。彼女はつまり、自分からそれを打ちあけたんです。『海影様は、守護神ではない。島民の命を脅かす荒神様なのだ』と。あの反応は、『私達の態度に怒った』と言うより」

 

 それに加代も、加わった。加代は彼女の言葉に続く形で、取材班に自分の意見を言った。「神の怒りを怖れた。彼女はたぶん、この島から出た事がないんでしょう。学生時代の一時を除いて、この島で育ち、実家の民宿を継いだに違いありません。宿の従業員もみんな、年配の方でしたしね」

 

 取材班は、二人の推理に顔を見合わせた。「人手が足りない」と言う事で各部署から引っぱりだされた彼等だが、そう言う分野にはやはりジャーナリストらしく、ある種の恐怖を覚えたようである。


 天災の受難を受け入れさせる神なんて、どう考えても普通ではない。彼等は今回の企画に危機感を覚えたが、恐怖よりも披露、披露よりも空腹が勝った事で、部屋の中に荷物を置き、女将の案内に従って、宿屋の食堂に向かった。


 食堂の中は、静かだった。宿屋自体が貸し切りに近い状態だったので、取材班以外のお客がまったく居なかったからである。彼等は妙に静かな食堂の中で、今夜の夕食を味わい、ちょっと狭い風呂に入り、そして、今日の疲れを癒した。「おやすみなさい」

 

 そう笑い合った翌日の朝食は、昨晩よりも質素だった。朝食らしい内容ではあったものの、主役の焼き魚を除いては、ご飯も味噌汁も味気ない。「朝食の定番」と思われる目玉焼きも、(たまたまかも知れないが)驚くほどに冷えていた。

 

 取材班は、その光景に汗を浮かべた。朝食に対する不満よりも、宿屋に対する不安を感じたからである。「これはきっと、女将の文句に違いない」と。だから、(不満こそあれ)誰も何も言わなかった。


 彼等は今日の朝食を食べおえると、それぞれに取材の準備を終えて、宿屋の玄関に向かった。宿屋の玄関では、女将が彼等の事を待っていた。取材班は女将の様子に震えながらも、肇が彼女に頭を下げた事で、その恐怖に理性を取りもどした。「行ってきます」


 女将も、それに「行ってらっしゃい」と応えた。昨日の一件もあったので、嫌みの一つでも「言われる」と思ったが。玄関から彼等を見送る姿は、普通の女将その物だった。彼女は取材班の全員が外に出ると、彼等に向かって「取材に行かれる前に」と言い、一人一人の顔をゆっくりと見わたした。


「島の神社にご挨拶を。そこには、海影様の祠がありますので。取材の許可を願ってください。『我々の業をどうかお許しください』と。海影様は、そう言う物に厳しい方ですから」


 取材陣は、その助言に従った。オカルト関係の取材にお祓いは、必須。「神」も「仏」も関係なく、お参りするのが常識だった。彼等は女将から聞いた情報を頼りにして、島の神社に向かった。

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