第4章 ……
第1話 呪われた島 1
何かあった時の保証。その考えは、充分な効果があった。Kanzaki.chとの連携で、世間に怪異の存在を知らせた出版社。「投稿者の精神は、壊れた」とは言え、その功績は充分に凄かった。人間のエゴ、それも普遍的なエゴを書いた点で、世間の人々から「凄い」と称えられたのである。
雑誌の編集者は、特にkanzaki.chの存在は、オカルト界隈はもちろん、それ以外の界隈にも影響を与え、普段は「そう言う分野に触れない人」でさえ、周りの人達に怖い話を語りはじめた。
「コイツは、凄い。『ブーム』と言うのは、そんなに起きない物だが。今回のブームは、ガチのブームだよ。みんな、オカルトに乗っかりはじめている。今までは硬派を気取っていたところですら、こう言う記事を書いているし。テレビのエンタメコーナーでも、この手の話題を取り上げている。普段は、芸能人の不倫にしか飛びつかない連中が……」
そう呟く編集者に対して、その部下も「まったくです」とうなずいた。部下の女性は「クスッ」と笑って、彼の前に缶コーヒーを置いた。彼から頼まれていた、無糖の缶コーヒーを。「自分達は、権力に弱いくせに。『これがお金になる』と思えば、すぐに食らいつく。あたしも今まで、色んな人を見てきましたが。それでも、お金に群がるのは嫌ですね」
上司の男は、その意見に眉を寄せた。彼も彼で「それ」に群がっているが、自分の同業者(特に部下)から言われるのは、やはり辛い物があるのだろう。机の企画書に目を落とした時も、それに「俺も、同じか」と呟いてしまった。
彼は机の企画書に手を伸ばして、部下の前にそれをヒラヒラさせた。「他人の話で食っている事に変わりない。今回の企画も」
それに当たる物。彼が「他人の話」と思える、心霊話だった。彼は企画書の内容に目を戻すと、憂鬱な顔でその題名に目をやった。「呪われた島(仮)」と書かれた、題名に。
「行ったら戻れない島、か。いかにも、それらしい。マニアが、好きそうな場所だ。取材許可に一ヶ月も掛かる島なんて。普通ならありえない。俺も……まあ、通った物は仕方ないが。仕事でなきゃ、絶対に行かないね。日本の心霊スポット百選に入っている島なんか」
部下は、その愚痴に苦笑した。彼女も彼女で思うところはあるが、そこはプロの記者として沈黙を保つらしい。上司が「やれやれ」と嘆いた時も、それに「まあまあ」と笑っただけだった。
彼女は記者達の声が飛びかう中で、上司の男に「仕方ありませんよ」と言った。「最近は、雑誌が売れませんし。上も本音では、『畳みたい』と思っている。固定のファンが『辞めないで』と言わなきゃ、こんな所」
上司はまた、部下の意見に溜め息をついた。そんな事は、言われないでも分かっている。「協力者」の光景で注目を浴びたオカルト雑誌だが、そんなのは一時しのぎにしかならない。正直、これが最後。有終の美を飾る、「最後の記事だ」と思った。
最後の記事を書いたあとで、こんな面倒には関わりたくない。上の気まぐれでこんな企画が来なければ、知り合いの伝手を使って、違う会社に移るところだった。彼はそんな背景に触れて、今回の企画を改めて「面倒臭い」と思った。「取材費もケチられるし。コイツは、本当に貧乏クジだよ。会社のスタッフには」
そう言いかけたところで、部下の顔から視線を逸らした。本当は「もっと言いたい」と思ったが、ゲストの事をふと思い出した瞬間、その意識をすっかり忘れてしまったからである。彼は机の上に企画書を投げて、椅子の背もたれに寄りかかった。
「俺はあまり、ネットには詳しくないんだが。神崎伊代だっけ? 今話題のVTuber? 仮想の姿を使って、自分の配信を届ける。前回の話にも、この神崎伊代が関わっていた」
女性は、その言葉に「ううん」と唸った。雑誌の記者としても、また、一人の一般人としてもやはり、気になるところはあるらしい。彼女の配信に盛り上がる中高生ほどではないが、その内容に「面白い」と思っていた。
彼女のような存在が、「新しい流行を生みだすのだ」と。基本は流行の後追いになりやすい雑誌業界だが、「流行の最先端を走っている」と言う点で、ある種の優越感は覚えていた。
彼女はそんな感覚に浸れる感覚と、これから始まる新しい企画を思って、それに「たとえ後追いでも、頑張る」と思った。「あたしは、面白い記事が書ければ良いし。それが何番煎じでも」
構いません。そう笑った部下に対して、上司も「まあね」と笑いかえした。上司は自分の頭を何度か掻いて、目の前の女性に視線を戻した。目の前の女性は、今の会話に微笑んでいる。
「だが、それでも……やっぱり辛い。無人島ではないけど、こんな島に飛ばされるなんて。借りが無ければ、絶対に断っている。いかにもヤバそうな……」
「仕方ないですよ。あたしも嫌ですが、ここは腹を決めるしかありません。そうでなくても、部数が落ちているんだし。ここら辺で逆転しなきゃ」
「分かっている。分かっているが、それでも」
上司はまた、自分の頭を掻いた。今回の取材に不満もあるが、それ以上に悩む物があったからである。彼は椅子の上から立ち上がると、思い切り「ううん」と背伸びして、後ろの窓に向きなおった。窓の向こうには、町の景色が広がっている。
「なあ?」
「はい?」
「神崎伊代は、来ると思うか?」
今度は、部下が押しだまった。部下は上司の背中をしばらく見たが、やがて彼に「分かりません」と言った。「文書は、送りましたが。それに応えるかどうかは。彼女は、正体不明の配信者ですからね。『素直に来る』とは、限らない。彼女は匿名性の高い分身、『アバター』って言うんですか? それを使うVTuberですから?」
上司は、その意見に眉を染めた。「雑誌の編集者」とは言え、すべての流行に敏感なわけではない。自分の知らない分野、苦手な分野も当然にある。部下の話に出てきた、VTuberも。彼にとっては、「アニメ(若しくは、漫画)」のキャラが動くだけ。声優のそれと同じで、分身にただ声を吹き込んでいるだけだった。
配信にキャラクターを使う以外は、三次元の配信屋も、二次元の配信者も「同じだ」と思っている。彼はそんな偏見を持ちながらも、一方では「これが、会社の起爆剤になったら? 雑誌の売り上げを上げてくれたら?」と思っていた。
「VTuberだろうと何だろうと。今は、返事を待つしかない。取材のメンバーは、決まっているし。彼女が居なくても、企画は成り立つ。雑誌の売り上げは落ちるだろうが、それでも」
利益は、出る。そう言いかけた瞬間だった。彼のスマホが「ピロン」と流れて、その画面にメッセージが浮かんだ。「神崎伊代」と書かれた、送り主と共に。スマホの画面を点けては、その持ち主にメッセージを伝えたのである。
彼は画面の文字に驚いて、最初は部下の顔に目をやったが、その部下から「なんて?」と訊かれると、スマホの画面に意識を戻して、神崎伊代の返事を見た。「どうやら、来られるらしい。詳しい日時を教えてくれれば、『それに予定を合わせる』と。返事の内容が子どもっぽいが、企画自体には来てくれるようだ」
部下は、その返事に目を見開いた。匿名性の高いVTuberがまさか、出版社の企画に出てくれるなんて。不安に思うところはあるが、それでも「凄い」と思ってしまった。彼女は期待半分、不安半分の顔で、上司の顔をゆっくりと見かえした。「ま、まあ、出てくれるな? こちらとしても嬉しいし、あとは」
成功を祈るのみ。そんな気持ちで挑んだ初日の天気は、良くも悪くもない曇天だった。灰色の雲が浮かぶ空、それが一面に広がる早朝。ネットの天気予報では「午後から晴れる」と報じられているが、待ち合わせの場所に集まったスタッフ達はもちろん、例の二人も陰鬱な表情を浮かべていた。彼等は天気の具合を呪って、ある者は不満を、またある者は愚痴を零した。「幸先が悪いですね?」
それに「まったく」とうなずく、上司の男性。彼は「今回のまとめ役」として周りを励ます立場にあったが、この状況を受けて、その気合いをすっかり失っていた。「まさに心霊特集だな? 雰囲気だけならまだしも、まさか……。『天気も空気を読んだ』と来ている。『特集』としては、美味しい事なんだろが。俺等にとっては、地獄以外の」
何物でもない。そう言いかけた瞬間に「はっ!」と驚いた。彼は周りの反応を無視して、通りの先に目をやった。通りの先には、一人の女性。二十代前後の女性が立っている。肩の辺りまで伸びた髪を靡かせて、取材班の方をじっと眺めていた。彼は相手の視線にしばらく怯えたが、彼女が自分達の方に近づいた事で、その不安をすぐに忘れてしまった。「貴女が?」
神崎伊代らしい。高校生のアバターを使っていたので、その中身も「高校生だ」と思っていたが……。目の前に居る女性は、どう考えても社会人だった。彼は彼女との挨拶を済ませ、彼女に全員分の名刺を渡したところで、「今回の企画は」と話しはじめた。「事前にお伝えした通り、現地ロケになります。『日本の禁足地』とも呼ばれる場所で、様々な事を調べていただく。貴女も、配信のスタイルに反するかも知れませんが」
神崎伊代は、その続きを遮った。基本は読み上げスタイルで進められる彼女の配信だが、今回は特別企画として、動画での配信を考えているらしい。不慣れな様子ではあるものの、スタッフ達に撮影用の機材を見せた。
彼女は相手に撮影の許可を貰った上で、彼等に「何か問題が起こった時は、然るべきところに伝えます」と言った。「あたしもある意味で、命がけですから。相応の保険は、掛けさせて貰います」
スタッフ達は、その意見にうなずいた。特に上司の男は、その周到さに「おおっ」と唸った。彼等は最初の恐怖を忘れて、(不謹慎ではあるが)少年が未開の地に旅立つ興奮、いわゆるワクワク感を覚えはじめた。「それでは、行きますか? 港までは車で行きますが、それ以降はフェリーで島に向かいます」
神崎伊代は、それに「分かりました」とうなずいた。事前の打ち合わせ通り、その肩にリュック鞄を背負って。
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