最終話「自殺ビル」 投稿者: 6
これが、俺の恐怖体験です。最初は、屋上の不法侵入(ごめんなさい)から始まったのに。気づいたら、面倒な話になっていた。「恐怖」と「面倒」が、入り交じった話に。この話を打ち終えた時も、変な達成感を覚えた。
俺はパソコンの蓋を閉じて、椅子の背もたれに寄りかかったが……。ふと、変な音を聞きました。家の洗面所から聞こえる、「ジャー」って音。その水音に「え?」と驚いたんだよね。家の中には、俺以外に誰も居ない筈なのに? 洗面所の蛇口から出ていたのは、どう考えても水だった。
俺は、その水に息を飲んだ。その水がおかしかったんじゃない。水道の蛇口に血が付いていたからだ。女性の指を思わせる血が、水のダイアルに付いていたからである。俺は指の形をしばらく見ていたが、アイツの事をふと思い出して、洗面所の中を見わたした。「何だよ? 嫌がらせか? 今更、こんな事をしたって?」
そう、どうにもならない。やれる事はみんなやったし、打てる手もみんな打った。保険のお坊さんも、動いてくれた。出版社の人にも、事の次第を話したし。その二人にも、今回の資料を渡しておいた。
俺一人を
俺はそんな思考も兼ねて、あの女に「止めておけよ?」と叫んだ。「アンタはもう、詰んだんだ。俺を脅して、どうこうなる問題じゃない。アンタは、自分のやった事に責任を持つべきなんだよ!」
そう叫んだが、何故だろう? 何の反応もない。俺の声が周りに響くだけで、それ以外の事は何も起こらなかった。
俺はその静寂に首を傾げつつも、洗面所の中をしばらく見ていたが、水道の水がまた流れはじめたり、浴室の扉がガタガタ揺れ出したり、スマホの呼び出し音が鳴ったり、テレビの電源が点いたりすると、それに「な、なんだ?」と驚いて、自分の部屋に「今更、怒ってんの?」と駆け戻った。「俺にやられて、『御機嫌斜め』ってか? 冗談じゃない! あんなメンヘラにやられてたまるか!」
そう叫んでも、まだ揺れている。部屋の扉も揺れて、そのドアノブもガタガタ言っていた。俺は扉の内側を蹴って、その向こう側に「黙れ!」と叫んだ。「好い加減に諦めろ! アンタはもう、ただの悪霊なんだ!」
相手は、それを無視した。俺の声はたぶん、聞こえているのだろう。そう叫んだ瞬間に揺れが少しだけ収まったし、俺が床の盛り塩に(前から念のために置いていた)目をやった時も、その気配にしんと静まった。相手は少しの沈黙を置いて、部屋の扉をまた揺らしはじめた。「開ケロ、開ケロ」
俺も、相手を無視した。「開けろ」と言われて、素直に開けるわけがない。結界の中に隠れて、そこから様子を眺めるだけだった。俺は相手の声に合わせて、部屋の扉をまた蹴ろうとしたが……。
うん、妙な違和感を覚えた。部屋の向こうには、幽霊が居るのは分かっているのに。その扉を揺らしている幽霊が、あの子とは違う存在、「別人」と言って良いのか? さっきの「開けろ」を聞いて、その違和感をふと覚えてしまった。
窓の向こうに居るのは、あの子ではない。あの子とは違う、別の幽霊が叩いている。声の調子や雰囲気から察しても、別の幽霊が「おおお、おおお」と唸っていた。「許さない、許さない、許さない」
俺は、その声に震えた。「あの子が、ここに来たんじゃない」と、だから「ヤバイ」と思った。あの子でない何かが来たなら、説得も論破も通じない。あの追いつめるような攻撃が、「通じない」と思ってしまった。
自分の攻撃が通じない相手に「まともな手が通じる」とは思えない。その道のプロに頼んで、「ここから脱するしかない」と思った。俺は例の二人に電話を掛けて、「その二人に助けを呼ぼう」としたが……。「嘘だろう?」
こんな、こんな事って? 俺が「助けてください!」と掛けた電話は、そのどちらも「電波が届かない所」になっていた。俺は、そのアナウンスにクラクラした。これが(仮に)「本当だ」としても、あまりにできすぎている。二人同時は、いくらなんでもありえない。「コイツは、大丈夫だろう」と思った友達への電話も、受話器から同じ言葉が返ってきた。
俺は、その言葉に崩れた。それが伝える意味にも、震えた。俺は「自分はもう、助からないかも?」と思って、(相手に届くかは分からないが)編集者のパソコンにメールを、和尚さんにもメールを打って、kanzaki.chのお便り箱(こいつも、届くかどうか分からない)にも、今回の話を送った。ある意味で、「遺書」とも言える話を。
俺は……まあ、良い。「普通」とは違う道を選んだ時点で、こう言う結末もありあえる。バカな配信者が有名な心霊スポットに行って、その幽霊に祟られたりするのと同じだ。頭のぶっ飛んだ奴が、まともに死ねる筈はない。世間も真っ青のバットエンドを迎えるに決まっている。
俺はそんな本質に呆れながらも、一方では「それでも楽しかった」と思った。「こう言う人生も悪くない」ってね。「自分だけの人生を生きられた」と思ったよ。俺はここまでの事を書き終えて、神崎ちゃんに「お願いだよ?」とうなずいた。「俺の人生、無駄にしないでくれ」
無駄にしない。そう思ったリスナーは、思った以上に多かった。「彼の生存を確かめよう」として、話の中から様々な情報を拾おうとしたり、そこから様々な考察を広げようとしたりした。彼がもし、生きているのなら?
この配信も、観ているかも知れない。彼が今も幽霊と戦っているのなら、「絶対に助けなければならない」と思った。が、そんなのは不可能に近い。今の時点で「助けよう」と思っても、それでは間に合わない事もあるのだ。彼等の力がどんなに強くても、できない事はできない、助けられない事もある。
投稿者は(神崎伊代の話によれば)、この翌日に精神が壊れてしまった(らしい)。誰が病院に知らせたのかは分からないが、「彼の部屋に人が倒れている」とかで、救急車が現場に向かったところ、床の上に倒れている彼を見つけたらしかった。
救助の隊員達は、何度も呼びかけた。呼びかけたが、反応がなかった。彼の頬を叩いても、その耳元に「しっかりしてください!」と叫んでも同じ。部屋の隅を見つめるだけで、その無反応を保ちつづけた。
隊員達は、その光景に青ざめた。今までに様々な患者を見てきたが、ここまで壊れた人は見た事がない。担架の上に乗せて、救急車の中に運んだ時も、その虚ろな表情に「気持ち悪い」と思ってしまった。
隊員達は病院のスタッフ達に患者を任せると、隊長の指示に従って、町の消防署に戻った。病院のスタッフ達も、救急病棟に彼を運んだ。目立った外傷は無いが、顔の表情がおかしい。何かに怯えるような、怖がるような表情を浮かべている。治療室の中に入った時も、何かの影に怯えて、その方向を「来るな!」と指差していた。
彼は医者の治療が効きはじめるまで、その不気味な、異常な態度を見せつづけた。「お前等には、見えないだろう? 今も居る。ほら、あそこの影に。病室の隅に立っている。俺は、ずっと」
スタッフ達はまた、彼の言葉に怯えた。こう言う患者が居ないわけではないが、それでも「おかしい」と思ってしまう。普通の精神崩壊とは違った、その異様な空気に怯えてしまった。スタッフ達は彼の家族に連絡を入れたが、相手は「それ」に驚いただけで、スタッフ達が考えるような反応、まともな倫理観を持つ人間は居なかった。
「この親にしてこの子あり、か。ううん。まあ、仕方ない。ここは、病院だ。病院は、患者を倒すためにある。彼もまた、そんな患者の一人でしかない」
周りのスタッフ達も、その言葉にうなずいた。彼等は彼の腕に鎮静剤を打って、それぞれの持ち場に戻った。「まあ、じっくりやろう。この手の治療には、時間が掛かる。本人は嫌だろうが、ここは『持久戦』と行こう?」
投稿者は虚ろな顔で、その声を聞いた。声の意味は分からなくても、その意図は分かったから。彼は壊れ行く意識の中で、部屋の隅に目をやった。あの幽霊が立っている、部屋の隅に。「アンタは、誰だ? あの子じゃないのに? どうして、俺を?」
襲ったのかは、分からない。この話を知らない彼女も、自分の配信で「分からない」と言うしかなかった。神崎伊代は様々な考察が飛びかう配信の中で、視聴者達に自分の意見を話した。
「彼の未来は、分かりません。この勇気が報われるのかも。彼は……私も人の事は言えませんが、怪異の世界に触れすぎた。入ってはいけない場所に入って、触れてはいけない物に触れてしまった。
噴火前の火口に近づくように。彼は、『幽霊』と言う火口に入ってしまったんです。自分の好奇心に負けて、その禁忌を犯してしまった。犯してはならない狂気に自分から触れてしまったんです」
リスナー達も、その声に落ちこんだ。配信から離れる者は居なかったが、これを「盛り上げよう」とは思わなかったらしい。一部の過激派を除いて、彼の無事を望む声や、怪異の存在を怖れる声で溢れていた。
リスナー達はホラー好きの本質こそ変わらないが、怪異の脅威を改めて感じ、それに自己防衛の意識、「自分の身は、自分で守る」意識を育てはじめた。「神崎ちゃんもどうか、気をつけてね? 君の配信が無くなるのは、悲しいよ?」
神崎伊代は、そのコメントに微笑んだ。「それは、心配ない」と言わんばかりに。
「大丈夫です。前にも言いますが、私にはプロの味方が居るので。何かあっても、彼が、彼等が助けてくれる。だから、何も怖くない。私は……これが私の仕事なら、画面の皆さんに、世間の人達に『これ』を伝えたい。日常に潜む、怪異の脅威を伝えたい。
怪異と生きる、この世界の本質を。『VTuber』と言う身分で、この真実を伝えつづけたいんです。それが、私の夢。私の目標です。私は、その目標を目指しつづける。これから、何があっても。
私は……ごめんなさい、ちょっと熱くなってしまいました。今回はその、思うところあったので……つい。皆さんも、怪異には気を付けてください。困った時には、相談を! それでは、次回まで! Good night、Bad horror」
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