第5話「自殺ビル」 投稿者: 5

 オカルト雑誌は、意外と硬い。俺もプロ相手に戦った事はないが、担当編集者にアポを取るだけでも大変、それでようや会えても、最初の挨拶が粛々と行われるだけで、友好的な空気はまったく感じられなかった。


 俺の様子をじっと窺う。俺の前にお茶を持ってきた新人さんも、俺の顔をチラチラと見るだけで、挨拶のそれも何処かぎこちなかった。彼等は俺の資料を受けとった後も、面倒臭そうな顔で資料の表紙を見つづけた。「大変でしたね? 『冷やかしだ』としも、ここまで分厚い資料は作れない。正に暇人の所業ですよ」

 

 俺は、その感想に眉を寄せた。それが「普通の反応だ」としても、やっぱりイライラしてしまう。「この資料が金に換わる」と思わなければ、その顔面を殴り飛ばすところだった。


 俺はその衝動に耐えて、目の前の男に向きなおった。目の前の男は、今も不敵な表情を浮かべている。「実際、暇人ですからね? 会社員のようには、なれません。貴方のような高学歴には、ね? 俺には、創意と工夫しかありません」

 

 相手はまた、俺の言葉に溜め息をついた。これが挑発な事は、分かっているだろう。俺が自分に仕掛けた挑発である事は。俺の「ニヤリ」を見れば、充分に分かる筈である。


 相手は机の上を何度か叩いたが、一応は資料に目を落としてくれるようで、俺の目を何度か見ると、資料の表紙に視線を戻して、その中身をじっくりと読みはじめた。「ほう?」


 真ん中くらいまで読んだ時か? 手の動きを止めて、俺の顔に視線を戻した。「よく調べているね? 情報の一つ一つが丁寧だし、その裏もちゃんと取っている。備考欄にも、音声?」


 そう言われたので、机の上にICレコーダーを出した。彼女と会話を撮った、ICレコーダーを。「聞かれるの?」


 それに「もちろん」と答えた。「この中に入っている情報なら」


 俺は録音機の電源を付けて、相手に内部の音声データを聴かせた。音声データは会社の盗聴記録から始まり、彼女が喫茶店の中から出て行くところで終わっている。「まあ、こんな感じですね。あの人がやった事は、流石に不味いですが。それ以上の収穫がある。地蔵の呪いだけでも怖いのに、それに実際の被害も出ているなら。『怪異』と『人怖』の恐怖が、同時に味わえるでしょう? 俺ならこんな話題、絶対に逃さない」


 相手は、その言葉に表情を変えた。今までは冷ややかな目で俺を見ていたが、今の一言で火が点いたらしい。俺が相手にギャラの事を話した時も、コッチが示す額より「出すよ?」と微笑んだ。相手は資料の残りを読み切って、机の上にそれを置いた。「コイツは、なかなか売れるかも知れない。無名の人間がここまで書ければ。目の肥えた読者にも、きっと」


 俺は、その続きを遮った。ただ受けるだけでは、ダメ。有名王手の雑誌でも、ただ売れそうなだけではダメだった。この手の読者が喜ぶのは、もっと過激な内容である。何処にでもあるような、こんな二流の内容では通じない。俺は底辺の感覚から、その本質を察した。


「kanzaki.ch……」


「え?」


「ご存じないですか? 今話題のVTuberですよ? 俺も詳しくは分かりませんが、視聴者から集めた怪談話を語る。この界隈では、なかなか有名な人らしいです」


 今度は、相手が押しだまった。名刺の内容から平社員ではあるらしいが、相手の話から何かを察する能力、特に「怖いかどうか」を察する力は、そこら辺のプロにも負けない。 本気のプロが感じられる。


 俺の質問に何やら悩む姿からも、「それに言いよどむ」と言うよりは、「俺の思考を探ろう」とする、そんな気配が感じられた。彼はテーブルの上に両肘を突いて、その手の上に顎を付けた。俺の目をじっと眺めるように。


「メディアミックス、かい?」


「そう、です。使われるかどうかは、分かりませんが。彼女のチャンネルで取り上げられれば、俺はもちろん、この会社にも美味しい。個人でやっている配信者なら、こう言う後ろ盾は願ってもないでしょう? 俺も自分の力で食べていますが、企業の力はやっぱり欲しい」


 相手は、その意見に唸った。否定よりは、肯定の意味で。不慣れな申し出に「う、ううん」と迷っているようである。相手は自分の頭を何度か掻いたが、やがて机の資料に目を落とした。


「アポは、取ったのかい?」


「いえ、ぶっつけ本番です。この話が取り上げられるかも、分かりません。最悪、パソコンのゴミ箱に放られるかも?」


「ふんっ、本当に博打だな? その子のチャンネルでもし、取り上げられなかったら」


「大丈夫です」


「え?」


「その時は、宣伝効果が弱まるだけ。この遊びは、『あわよくば』の話ですから。配信で取り上げられなくても、この話自体は世に出すつもりです」


 相手は、その意見に唸った。それに不満を抱いたわけではないらしい。営業への影響、部数の影響を考えてみても、そんなに悩むような事ではないようだ。実際、その考えに「面白いね」と笑ったし。様々な工夫が要るらしい出版業界には、そう言う遊びも欲しいようだった。


 相手は俺の遊びに「よし、乗ってやる」と微笑んだが、ある不安が頭に過ぎると、口元の笑みを消して、俺の目を見かえした。「幽霊は、どうなんだい? これを世間に知らせれば……犯人さんは賛成らしいが、猛反発を食らう。自分の悪行を知られるのは、流石の幽霊も許せないんじゃない? ある意味では、彼女は被害者なんだから?」

 

 俺は、その質問に「ニヤリ」とした。その質問は、ご尤も。心霊に関わる人なら、当然に抱く疑問である。人知を越えた人間が、そんな所業を許す筈がない。十中八九、何かのアクションを起こす筈である。


 それこそ、俺の命を奪うような。そんな怒りをすぐに見せる筈だが、それにビビる俺じゃない。いや、「ビビっても仕方ない」と言うべきか? 


 危険な存在に触れた時点で、そう言う恐怖はすでに受け入れている。「こう言う危険は、致し方ない」と。だから、一か八かの賭けに出た。「当たれば、大儲け。外れれば、即死亡」と言う賭けに。俺は、人生の大勝負に興奮を覚えていた。


「保険は一応、掛けています。有名な霊能者に頼んでね? もしもの対応をお願いしている。『俺の命に何かあったら』って。月並みの備えは、しました。和尚さんにも、今回の資料……複写ですけど、それを渡しましたし。


 俺に何かあっても、そいつを広めてくれるでしょう。これは心霊現象ではなく、人間が起こした悲劇ですから。悲劇には、解決がある。『世間の声』と言う悲願がね? あの子は死んでもなお、現実の避難に晒されるんだ」


「そう、かも知れない。死人に対する刑法がないだけで。実際は、何も良くなっていないからな。勝ち逃げは、許されない」


 俺は、その言葉に満たされた。それを聞ければ、充分。相手の反応を見ても、「これは、OKだ」と言うのが分かった。俺は編集者に資料を渡し、「俺が死んだ場合でも、この記事は出して」と頼んで、出版社の中から出た。出版社の外は、曇っていた。晴れでもなければ、雨でもない曇り。鉛のような雲が空を覆う、そんな感じの曇りだった。


 俺は頭上の天気をしばらく見上げたが、自分の後ろにふと気配を感じると、嫌な顔で自分の後ろを振りかえった。自分の後ろには、あの幽霊が立っている。俺の目をじっと睨んで、何やらブツブツと呟いていた。

 

 俺は、その光景に息を飲んだ。「それが怖い」と思ったわけではない。「止めて欲しい」と訴える眼差しに同情を抱いたからだ。これから起こる悲劇に同情を抱いたからではない。俺は周りの人達に見られてもなお、彼女との会話を決して止めようとしなかった。「殺したきゃ、殺して良いよ?」

 

 それを無視された。話の意図は分かるようだが、それを聞き入れようとはしない。ただ、自分の気持ちを訴えるだけだった。幽霊は俺の肩を掴んで、地面の上に目を落とした。


「誰かに縛られた、。何処にも行けない」


「そっか」


 それはきっと、和尚さんの力だろう。俺は和尚さんに保険を頼んだだけだったが、和尚さんは事前の策を打ってくれたようだ。彼女が誰も殺せなくなる、防衛策を。「行く所は、あるよ?」

 

 そう言って、天の世界を指差した。今もなお、曇りに覆われた世界を。「流した方が良い。自分のやった事を出して、それから天の昇った方が。アンタには、その責任がある」


 相手は、それに答えなかった。「自分は被害者」と言う感覚は抜けなくても、自分のやった事は分かっているのだろう。俺の意見に言いかえさなかったし、それに反対意見も言わなかった。相手は俺の体から離れて、自分の後ろに「サッ」と振りかえった。「もう、良い。分かった」

 

 誰も分かってくれない。そう言って、空間の中に消えた。俺が見つめる目の前で。彼女は幽霊のそれらしく、無明の中に消えてしまった。「みんな、くそ」

 

 俺は、その声に溜め息をついた。他席思考の奴はやっぱり、自分を省みないらしい。自分がどんなに酷くても。だから、平気で悪霊にもなれる。みんなの人生を狂わせる悪霊に。


 俺はそんな悪霊に落ちこみながらも、一方では「自分も人の事は言えない」と笑って、今の場所からゆっくりと歩きだした。「さて」

 

 行くか、最後の仕上げに。この悲劇の結末に。俺も自分の仕事にけりを付けるか。俺は自分の家に帰って、今回の話を書きはじめた。Kannzaki.chに送る、DMを。

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