第4話「自殺ビル」 投稿者: 4

 。自分に何かがあっても、それが助けてくれる保険を。和尚さんの都合にもよるが、一応は切り札が出来た。あとは、そのタイミングを見計らうだけ。「ここぞ」ってポイントを見極めるだけである。


 俺は万全ではないにしても、一応の保険が出来て「ホッ」とした。「まさかの逆転があるかも知れないけど。まあ、良い。コイツは、マジの大仕事だ。自分の今後が決まる大仕事。デカイ仕事をやり遂げるには、多少のリスクは負わないとね?」

 

 うん、うん。周りの奴等からは「バカ」と言われるかも知れないが、これが俺の生き方よ。つまらない人生から抜け出す。「悪いヒーロー」って言うのは、いつだって格好良いんだ。自分は今、その悪いヒーローになっている。彼女の被害者を捜したところで、何の支障もない。


 俺は集められるだけの資料を持って、ある喫茶店に彼女の被害者を呼びだした。「わざわざ、すいません。ありがとうございます」

 

 そう謝った俺に対して、相手も「こちらこそ」と笑った。事前に話の内容は伝えていたが、相手もコッチ側だったお陰で、俺の誘いにも「良いですよ?」とうなずいてくれたのである。相手は俺の真向かいに座ると、店員さんに二人分のコーヒーを頼んで、俺の顔にまた向きなおった。「アイツは、どうでしたか?」

 

 行き成りの質問。んだが、悪い気はしない。彼女は俺の調べた情報からも、最初からそう言う人間だった。話の内容が分かっているなら、それに等しい対応を取る。遠回りなんて、回りくどい事はしない。彼女は自分の前にコーヒーが置かれると、堂々とした顔でカップの中身を飲みほした。


「まだ、あたしを恨んでいます?」


「みたいですね?」


 俺も、即答。ついでにコーヒーも、少し啜った。「『アイツ』しか言わないから、どいつの事か分かりませんでした。そのアイツが、どう言う人間かも。貴女の事を知ったのは、調査の中で被害者、貴女ともう一人の女性を知った時です。若くして亡くなった」


 相手は、その言葉に暗くなった。俺も同じ事を思ったが、「癌」は流石に重い。それが呪いの結果かどうかは分からないが、それでも「悲しい」と思ってしまった。人を呪った末に死ぬなんて、本当に嫌な人生だろう。相手は「それ」を察してか、亡き友人との思い出に涙した。


「あの子は、優しかった。優しかったから、あんな風に狂ってしまった。自分の気持ちを壊す程に」


「貴女も、それになり掛けている?」


 相手は、それに「クスッ」とした。微笑みなんてレベルではなく、ただ「クスッ」と笑うように。これからの人生を根っこから諦めていた。彼女は店員さんにコーヒーのおかわりを頼むと、それが厨房の中に戻ったところで、俺の顔にまた視線を戻した。


。アイツは何か、勘違いしているようだけど? 地蔵は呪いの代償を溜めているだけで、あたしの事を守っているわけじゃない」


「そう、ですか。でも、やっぱり守られていますよ? そいつが溜まるまでは、どんな恨みも跳ね返しちゃうんだから。マジで、最強の加護です。貴女は地蔵の力以外で、死ぬ」


「事はない。それはたぶん、『あの子も分かっていた』と思います。アイツ等を呪っている中で、その事実にふと……。それを確かめる術は、ありませんが」

 

俺は、その考えに押しだまった。人を呪わば穴二つじゃないけど。「人の恨みは、(極力)買わない方が良い」と思った。人の恨みでお飯を食っているけどね。俺は彼女の話を聞く一方で、自分自身の生き方に「俺はやっぱり、クソ野郎だわ」と思った。


 でも、この生き方しかない。普通の仕事ができなくなっていた俺には、この腐った事しかできなかった。どうせ腐っているのなら、最後までとことん腐ってやる。俺はそんな覚悟に「うん」とうなずいて、目の前の彼女に向きなおった。目の前の彼女もまた、俺と同じ表情を浮かべている。


「俺等、地獄行きですね?」


「本当に」


 彼女もそう、微笑んだ。まるで、自分の将来を諦めるように。


「碌な死に方しないでしょう。あの子も、癌で亡くなりましたし。終末治療を受ける姿は、いつ見ても辛かった。『人間の哀れ』を見ているみたいでね? あたしは、『死』と言う物が怖くなった。


 死ぬ事自体が怖いんじゃなく、その過程で剥がれる物。命の削られる光景が、『本当に辛い』と思ったんです。『人間は、死ぬために生きているのか?』ってね? 嫌な哲学を感じてしまった。Kanzaki.chを知ったのも」


 この時だった。彼女の口からそれを聞いた、この時。俺はVTuberにはあまり詳しくなかったが、彼女が配信動画を見せてくれたお陰で、チャンネルの存在を知る事ができた。


「視聴者の怖い話を朗読? 紹介するチャンネルなんだけどね? それにあたしの怖い話を送ったの。自分の正義を証明するために。あたしは……周りから何て言われても構わない、世間の皆さんに正義を問いたかったんだ。『罰せられる人間は、罰せられるべきだ』ってね。自分の所業をすべて打ちあけたの」


 開いた口が塞がらなかった。俺も俺なりの正義があったが、彼女はそれ以上の人間らしい。「ガッカリした?」


 俺は、その返事に困った。ガッカリしたわけではないが、ある種の落ち込みはある。「これは良い」と思っていた宝が、思った以上に良くなかったような。そんな感覚をふと、覚えてしまった。彼女が「情けないね?」と笑う顔にも、変な同情を抱いてしまったし。被害者の特権(って言うべきか?)を捨てる姿にも、不思議な怒りを覚えてしまった。


 俺は彼女への怒りに「あれ?」と驚く一方、「それも、予想の範囲。ここで何もしない方が、かえっておかしい」と思いなおして、相手の所業に正当性を見いだした。「これは、使える」と思った俺も、ある意味で同罪である。


「人間らしいです、とても」


「良かった」


 そう笑う彼女だが、やっぱり悲しい。口の笑みに対して、目が笑っていなかった。「あたしは、自分の行為を悔やんでいない。彼女のチャンネルに話を送った事も。あたしはどんな形であれ、この理不尽に立ち向かったんだ。自分の気持ちに従ってね。貴方も?」


 そう訊かれた瞬間に固まった。こう訊かれるのは、分かっていたけれど。実際に訊かれるのは、やっぱり恥ずかしかった。俺は右側の頬を書いて、彼女の目から視線を逸らした。


「『送ろうかな?』と思いました。二人の話には、関連があるし。Kanzaki.chが無料、ですよね? 無料で怖い話を取り上げるんなら、宣伝費の節約にもなります。『本当は、オカルト雑誌に広めて貰う』と思ったけど。そう言うチャンネルがあるなら」


 使わない手は、ない。そんな意図で、このチャンネルに話を送らせて貰いました。ちょっとセコいかもだけど、載せてくれたら幸いです。


「まあ、ダメでも良いですけどね? 俺はあくまで、金儲けがしたいだけですから。『最初の費用は仕方ない』としても、ネットでバズれば取り戻せるでしょう? 今回の話は、それだけの事件なんだし?」


 相手も、その話にうなずいた。「合って間もない関係」とは言え、これに仲間意識を抱いたのかも知れない。最初は奢るつもりでいたコーヒー代も、「これは、あたしの払いだから」と払ってくれた。


 彼女は俺と連れ立って店の外に出たが、町の空気を二、三度吸ったところで、俺に「そう言えば?」と話しかけた。「ちょっと気になって。今回の件で儲けるのは、良いけど? 貴方は、大丈夫なの? 相手はその、幽霊だし。生身の人間が関わるのは、流石にやばいんじゃない?」

 

 俺は、その質問に首を振った。確かにヤバイ。生身の人間が幽霊とやり合うのは、どう考えても危険すぎる。正直、「猛獣と戦うよりもヤバイ」と思った。何の力も無い人間が、猛獣とやり合うのは命取りである。


 俺は「それ」も考えた上で、その道の専門家に協力を仰いだ。巷で有名な、霊能力者に。彼はきっと、幽霊の脅威を抑えてくれるだろう。「一応の保険」として、彼からお守りも貰ってある。「それでもヤバイ事に変わりはありませんが。それでも、『金儲け』ってそう言う事でしょう? 危険の代価を払う事で、膨大な利益を得る。少ない投資で大儲けしようとする奴等は、賭けの本質に気づいていないんだ」

 

 相手は、その考えに黙った。賭けの対象こそ違いが、彼女も博打を打った人物。自分の命に代えてまで、「憎い相手を呪う」とした人だ。何のデメリットも無しに利益を得ようとする筈がない。


 相手は自分の所業を振りかえって、目の前の俺に向きなおった。俺への不安を忘れたような、そんな表情を浮かべて。「そう、だね。あたしも、人の事は言えない。あたしは自分の人生に代えて、アイツ等の事を呪ったんだから」

 

 お金を儲ける、儲けないは、本当に些細な問題でしかない。彼女は、無言の中にそれを訴えた。「それじゃ」

 

 俺も、彼女に「それじゃ」と言った。「あわよくば、お近づきに」と思ったけど、今の空気が「それ」を許さない。彼女の連絡先を聞いて、彼女に「また、電話します」と返すのが精々だった。


 俺は彼女の背中を見送ると、自分の後ろを振りかえって、その道をゆっくりと進みはじめた。一度進めば戻れない、一方通行の道を。「さて、人生一の大勝負。吉と出るか、凶と出るか?」


 それで、運命が決まる。俺の生存を賭けた、運命が。「金」と「命」を天秤に掛けるが、今回は「命」も「金」も手に入れたい。俺は自分の欲に呆れながらも、一方では自分の功名心、そして、幽霊への義憤に心を震わせた。「死んでも、帳消しにはならないよ」と。

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