第3話「自殺ビル」 投稿者: 3

 話を聞いた感想は……まあ、自業自得っしょ? 自分が苛めた相手に苛められるなんて、因果応報にも程がある。「自分も同じくらい苛めていた」って言うなら、「こうなるのも仕方ない」と思った。「自分は、そう言う立場じゃない」とか、おこがましいにも程がある。


 俺も人の事は言えないけど、「どんまい」と思ってしまった。俺は目の前の女に苛立ちながらも、一方では「もっと追いつめてやろう」と思った。「そっか、そっか。まあ、やっちまったもんは、仕方ない。アンタにはただの、不満解消だったかも知れないけどさ? それが相手の」

 

 幽霊は、その続きを遮った。生きた人間の「止めて」ではなく、死んだ人間の「止めろ!」を放って。俺の肩を「ガシッ」と掴みはじめた。幽霊は俺の肩を何度も揺すると、今度は俺の目を睨んで、俺に「オ前ニ何ガ分カル?」と言った。「お前みたいな奴に? アタシは、呪いの被害者なんだ! 自分の人生を無茶苦茶にされて! アタシは、あの女に」

 

 復讐? はっ? 冗談だろう? アンタが相手を苛めなければ、(相手もやっぱり悪いけど)相手もアンタを呪わなかった。少なくとも、「自殺」にまで「追い込もう」とはしなかっただろう。俺も「絶対に」とは言いきれないが、俺の今までを振りかえっても、こう言うのは加害者側が全面的に悪いし、被害者側も泣き寝入りになる事が多い。


 勧善懲悪のハッピーエンドで終わるのは、昔の時代劇くらいだ。現実の世界で、善が悪に勝つのは難しい。その意味で、コイツは本当に悪霊だった。「彼は、アタシの物なの! アタシだけの所有物なの! アタシだけが貰える、一番の景品なの!」

 

 だから、許せない? それに手を出した相手が? 俺も底辺クソ野郎だが、コイツはそれ以上のクソである。それこそ、死んでも帳消しにならないくらいの。「アンタにはどうせ、分からないわ!」

 

 俺は、その怒声に溜め息をついた。怒声の意味は分かるが、それに「うん」とはうなずけない。正直、「ああ、だるい」と思いはじめた。相手の悪事で死んだ人間ならまだしも、自分の悪事で死んだ人間なんて。「分かれ」と言われても、分からない。ビルの上から飛び降りた事にも、「そうなるのは、当たり前。さっさと消えろ」と思ってしまった。


 んだが、ふふふっ。美味しい。俺個人にも胸糞でも、コイツの不満を叩ける奴、コイツの気持ちが分かる人間には、「これ以上にない餌だ」と思った。自分の正当性を満たす、餌。正義の側には義憤を、悪の側には同情を引ける餌である。


 こんなに美味しい餌をわざわざ逃がす理由はない。コイツの精神が擦り切れるまで、「この話を味わってやる」と思った。俺は彼女の事情に理解があるフリをして、彼女に「やり返してみない?」と訊いた。「アンタを殺した元凶に? アンタは今も、その元凶を恨んでいるんだろう?」

 

 相手は、その質問に表情を変えた。幽霊特有の不気味さはあったものの、あの表情は間違いなく「え?」と驚いていた。幽霊は「理解不能」の表情で、俺の顔をまじまじと見た。「ドウシテ?」

 

 そう訊いて、また「どうして?」と繰りかえした。「貴方には、何のメリットもない。アタシの復讐に協力を」

 

 そうだ、確かに無意味。彼女の視点から見れば、どう考えても不利益だろう。自分のような人間を助けたところで、俺の人生が「良くなる」とは思えない。彼女に費やす時間が、「本当に無駄だ」と思う筈だが……。その道で食っている俺には、「これは、最高のネタだ」としか思えなかった。


 。生きた人間には「権利」や「倫理」が求められるが、死んだ人間には「権利」も「倫理」も関係ない。「法律外の存在」として、その人生を無茶苦茶にできる。


 俺は「自分」と「彼女」を秤に掛けて、それが自分に傾くのを感じた。「俺の趣味は、私刑なんでね? 現実の法では裁きにくい、法の外側に居る奴を裁く。俺は、良くも悪くもアウトローなんだよ?」

 

 幽霊はまた、俺の言葉に押しだまった。特に「アウトロー」の部分、ここには「クスッ」としていたね。俺からすれば、不気味極まりなかったが。彼女の方は、「可愛い」と思っているらしかった。


 幽霊は満足げな顔で、俺の目を見かえした。俺は、それにうなずいた。屈託のない笑顔で、相手の言葉に「ああ」と微笑んだ。俺はナンパ野郎が女を落とす要領で、幽霊に自分の計画を話した。


 俺の計画は……まあ、詐欺だよね? 自分の本心を隠す、言葉通りの詐欺だ。相手の弱みに付け込んで、自分の良いようにする詐欺。それを今、目の前の女にやったわけよ。俺は正義の味方よろしく、彼女の救世主になった。「うんうん! それじゃ、まず」


 現状の確認だよね? コイツの言っている事が、百パー本当とは限らないし。侵入者の俺に対して、それらしい嘘を付いたかも知れない。俺の心を読み取ってさ? この命を奪うかもしれなかった。


 俺は彼女から聞いた情報をまとめて、そこに出発点を設けた。「彼女が生前に勤めていた」と言う、文字通りの出発点を。タブレットのメモアプリにわざわざ書き込んだ。俺は「それ」を手掛かりにし、自分の身分を偽った上で、彼女の会社に入り込んだ。

 

 彼女の会社は、お察しの通り。。社員の数が減っているてんで、俺のようなも多かったし。一日、二日で辞める奴も多い。典型的なブラック企業だった。数少ない生き残り組も、一部の連中を除いて、みんな真っ黒状態だし。俺の教育係になった野郎も、心なしか疲れているようだった。


 俺は先輩社員の話を聞きながらも、昼休みには会社の人間関係を調べたり、歓迎会の席で人間関係を調べたりして、お客の情報をじっくりと集めつづけた。「ううん、なるほどね。最初から「こうなるだろう」とは思っていたけど。まさか、こんなに酷いなんて。これじゃ、死んでも仕方ない。自分の恋に臆病なんじゃ」

 

 何も変わらないだろう。自分の恋敵を苦しめた程度で、自分の恋が実る筈もない。案の定、相手の返り討ちを食らっているしね。それが原因でクビにならなかっただけでも、「よし」とするしかない。


 問題は、その相手が居なくなっている事。加害者達の虐めを受けて、この会社から居なくなっている事だ。挙げ句の果てには、死人すらも出てる始末。相手の側に居たらしい女性も、癌? 病気で亡くなっている。正に「地獄」と言える状況だった。


 俺はタブレットの画面を消して、椅子の背もたれに寄りかかった。自分の部屋にある、自分の椅子の背もたれに。俺は頭の後ろに両手を回して、机の上に両足を乗せた。「まったくよぉ。アンタ、マジモンの化け物だわ」

 

 死んだ後ならまだしも、死ぬ前から化け物なんて。本当に「クソ」としか言えない。俺がまだ中坊だった時に「やろうよ?」と言ってくれたお姉さんが、天使のように思える。あの人は俺とやった時も優しかったし、やり終えた後もお礼をきちんと払ってくれた。「それに比べて、くっ!」

 

 コイツ等は、なんだ? たかが恋愛くらいで、他人の人生を無茶苦茶にして? 他人の不幸で飯を食ってきた俺だが、今回ばかりは許せない。腹の底から「ぶっ殺してやる!」と思った。「死んで楽になろう」とか、クソ野郎にも程がある。俺は会社で隠し撮りした写真はもちろん、ICレコーダーの音声データーも使って、パソコンにコイツ等の悪事をまとめつづけた。

 

 んだが、相手もバカじゃない。最初は「助けてくれる」と思った俺が、「実は、自分等の悪事をまとめている」と分かれば、それなりの抵抗を見せるだろう。幽霊は俺の資料に違和感を覚えて、俺に「どう言う事よ?」と訊きはじめた。「最初の話と違う。アタシは、アイツを潰したい」

 

 俺は、その声を無視した。正確には「誤解だよ」と誤魔化した。俺は幽霊用の偽資料を作って、彼女に「これは、こう意味だ。ここの内容と、ほら? こんな風に繋がる」と言った。「嘘の証拠は、不味い。現実は、不本意だけどね。加害者が悪くなる。加害者のバックボーンはどうであれ、最初に手を出した方が負けるんだ。『どんな理由があっても、犯罪だ』ってね? 推理ドラマとかを見れば」

 

 そこまで言うと、流石に分かったのだろう。幽霊は、俺の考えに折れた。その真意は別にして、俺の言葉に「分かった」とうなずいたんだ。苦虫を噛みつぶしたような顔でね。心の底から「仕方ない」と諦めていた。彼女は俺に残りの調査を任せて、あの場所にそっと帰って行った。「片が付いたら、教えて?」

 

 俺は、その声に苛立った。他力本願にも程がある。言い出しっぺが俺である以上、面と向かって文句は言えないが。それでも、言い方があるだろう? 挙げ句には、俺に最後を任せている始末だし。問題の当事者にしては、あまりにも無責任だった。


 俺はそんな怒りに「カッ」となりつつも、「ここで怒っちゃダメだ」と思いなおして、ある寺に電話を掛けた。依頼の内容を調べている間にふと見つけた、除霊の有名な寺に。スマホのダイアルを押して、その住職に電話を掛けたのである。


 俺は相手に今回の事を話した上で、その解決に「力を貸して欲しい」と頼んだ。「『流石に大丈夫だ』とは、思いますが。一応の保険として、和尚さんには援護をお願いしたいんです」

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