第2話「自殺ビル」 投稿者: 2

 そんな事を考えたが……まあ、上手く行くわけないわな? 「本物の幽霊を見たから」と言って、あの光景がまた見られるわけじゃない。「同じ条件で同じ物を見よう」としても、「それがまた見られる」とは限らなかった。俺は地平線の向こうから太陽が昇っても、しばらくはビルの屋上に立ちつづけた。「クソッ!」

 

 そう言って、地面の上を踏みつけた。あの日からずっと、この場所で粘りつづけていたのに。カメラに映った映像は、夜の風景だけだった。俺はカメラの映像に「イラッ」としつつも、一方では「別の企画を考えるか」と思いはじめた。「あんなのに祟られちゃ堪んないしね? 幽霊ネタは鉄板だけど、撮れなかったら意味がない。俺も、そんなに暇じゃないからな」


 金にならない仕事は、やっていられない。最近話題の配信者も、数日の空きは致命傷だった。動画の更新が滞っているのを見られて、「あれ、どうしたの?」とか「所詮は、一発屋」とか言われる。(当たれば)普通の奴よりも稼げる配信者だが、(当たらなければ)普通のバイトよりも安い、低所得者になってしまうんだ。俺もネットの端くれである以上、何かしら獲物を撮らなきゃならない。


 俺は「今回の獲物はもう、逃げた」と思って、屋上の中から出ようとしたが……。やっぱ、幽霊だね。俺が目の前のフェンスから視線を逸らそうとした瞬間、その前にふと現れたんだ。幽霊は俺の視線に気づいていないのか、俺の方に背を向けて、そこからフェンスの外側を眺めていた。


 俺は、その光景にハッチャけた。バカみたいに騒ぎはしなかったが、右手に持っていたアクションカメラを構えて、幽霊の姿を「よっしゃ!」と撮りはじめた。「これで、美味い物が食える!」ってね。テンションぶち上げで撮りつづけたよ。俺は自分の背中に悪寒を感じる中で、目の前の幽霊をずっと撮りつづけた。「マジ、ヤベェーわ! ホンモンの幽霊すげぇえええ!」


 そんな事も、叫んだ。自分の周りに人も居ないから、その声が余計に響いたけれど。頭の脳汁が弾けていた俺には、そんなのどうでも良かった。「コイツが、当たれば良い。自分のフォロワーが増えれば良い」ってね、恐怖もヘチマもなかったよ。


 俺は「相手が幽霊だ」って事も忘れて、相手の背中はもちろん、その横側も撮りまくった。幽霊が俺の方を向いたのは、俺が相手の正面を映そうとした時だったかな? 俺は相手に「ごめんなさいねぇ」と言ったけど、相手は「それ」を許さなかった。

 

 俺の目をじっと見つめる、幽霊。幽霊は俺の目をしばらく見たが、自分の思考? 意識? まあ、そんな物を思い出すと、フェンスの向こうを指差して、俺に「クヤシイ、クヤシイ」と言いはじめた。


 挙げ句は、「ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ」とか言うし。相手の思考がまったく分からない俺には、言葉通りの意味不明だった。幽霊は自分の指を下ろすと、悲しげな顔で地面の上に目を落とした。「アイツが、コロシタ。コロシタ」

 

 俺は、その声に震えた。今までは、怖いなんて思わなかったけど。幽霊の口から「殺す」、つまりは「殺人だ」わな? それが出た瞬間に「ゾワッ」となったわけだ。コイツの死因が「殺人」となれば、「ホラー以外の恐怖もある」って事になる。俺は嫌な想像に震えながらも、マジな顔で相手の目を見かえした。「だ、誰に殺されたんだよ?」

 

 そう訊いたが、しばらく応えなかった。質問の意味は、分かっているらしい。んだが、それに応える気配がない。俺の目をじっと見るだけで、その質問にはまったく答えなかった。俺は今の質問を諦めて、幽霊に「そんじゃ、名前は?」と訊いた。


 幽霊の名前が分かれば、そこから色々な事を調べられる。最近死んだ奴の名前を調べたり、事件なんかに巻きこまれた被害者なんかを調べたりしてさ? それを手掛かりにして、コイツの正体に迫りゃ良い。俺は情報袖手の伝手を考えて、幽霊の反応をじっと待ったが……。

 

 幽霊さんも、今の空気を読んでくれたらしい。動きや雰囲気は変わらないが、そこには何かを訴える……まあ、「無念」ってやつだね? それがひしひしと感じられた。自分の無念を伝えるまでは、この殺意も消すつもりがない。


 フェンスの表面を「バンバン!」と叩く姿からは、彼女の苛立ち、怒り、そして、悲しみが感じられた。幽霊は俺の目の前にうずくまると、悔しげな声で「アイツの所為ダ、アイツの所為ダ」と言いはじめた。「アイツがアタシを呪わなければ、こんな事に」

 

 ならなかったらしい。んだが、俺にはそんなの関係ない。彼女が抱える苦しみは、俺の養分でしかないから。どんなにワンワン泣き叫んでも、それが「金になる」としか思えなかった。


 俺は目の前の女が「幽霊である事」も忘れて、彼女に「やり返そうや?」と訴えた。「アンタがなんで死んだかは知らん。知らんけど、このままじゃ浮かばれんだろう? 自分の命を奪われたのにさ? こんな風に泣いていても良いんか?」

 

 俺なら絶対に耐えられない。自分に非がある場合でも、これは流石に辛いだろう? 死んでいるのに死にきれない。「この世に未練がある」って事は、「恨みもそれだけ深い」って事だ。恨みの底に沈んだ思いは、すぐに引っ張り上げなきゃならない。


 俺は幽霊の目を見て、その奥底に「このままで良いんか?」と訴えた。「ずっと、ずっと恨んだまんまで? アンタはこんな、亡霊のままで良いんか?」


 その返事は、なかった。俺の怒声に怯んではいたものの、肝心の答えは見つからないらしい。人間の俺に睨まれただけで、その瞳を「ひぃ!」と震わせていた。幽霊は自分の過去(だと思う)を思い出してもなお、ここから決して動こうとしなかった。「嫌だ」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。そう、何度も繰りかえした。幽霊は俺の肩を掴んで、それをブンブン振りまわした。いやぁ、絶叫マシーンに揺らされているみたいだったよ。「潰シタイ、潰シタイ。アイツの人生を潰したい」


 俺は、その返事に「ニヤリ」とした。ここまで恨まれる相手は(たぶん)、普通の人間じゃない。世間の皆様に知られていないような、そんな犯罪をやらかした奴だ。危ない連中か何かを使って、完全犯罪をやらかしたに違いない。


 俺はそんな人間に身震いする一方で、「これは、とんでもない大物だ」と喜んだ。「まあまあ、落ちついて。アンタが何かの事件に巻きこまれたのは、分かった。それをメッチャ恨んでいる事もね? 今の会話で、充分に分かった。うんうん。コイツは、かなり辛いねぇ。逝きたくても逝けない。それは、文字通りの地獄だよ」

 

 だ、か、ら。相手にそう、微笑んだ。相手の心を導くように。スポンサーさんに使う技を使ったんだよ。俺は相手の顎……まあ、メチャクチャ冷たかったが、それを掴んで、両目の瞳をじっと見つめた。焦点の定まらない瞳を。


「俺とやらない? アンタの無念を晴らす、つまりは『復讐』ってやつをさ? 現実の司法は、当てにならないし? 俺等が犯人を暴けば、アンタの復讐も果たせるんじゃないのか?」


 幽霊は、その質問に表情を変えた。頭の理性が残っているかは分からないが、そう言う事は(一応)考えられるらしい。俺が「どう?」の一押しを入れた時も、それに「あああ、うううん」と考えていた。


 幽霊は少しの沈黙を置いて、俺の顔に向きなおった。「アイツが悪い。アタシの人生を狂わせた、アイツが。アイツは、今も」

 

 生きているんだろう。今の台詞から察して、まだくたばっていないに違いない。彼女が天に召されていない事を考えても、その可能性は充分に考えられた。彼女が恨んでいる対象は今も、この世のどこかで生きている。「殺して、アイツを殺して、アタシのところに」

 

 幽霊は、自分の言葉に泣き叫んだ。「自分のところに」から続く言葉はきっと、「連れてきて」に違いない。自分の同じところに引っぱって、自分と同じ苦しみを味わって欲しいんだろう。でなければ、こんなところに留まっていない。


 自分がこの世からオサラバした時点で、そいつの事も引きずり込む筈だ。にも関わらず、今もこうしているところを見ると。やっぱり何かるんだね。彼女の呪怨を翻す、そんな力があるんだろう。生きた人間が死んだ人間に敵う筈はない。


 余程の力が無ければ、自分と一緒におねんねする筈だからね。幽霊はそんな境遇を悲しんでか、悔しげな声で「う、ううう」と唸りはじめた。「

 

 俺は、その言葉に眉を上げた。特に「地蔵」の部分、これには「え?」と驚いたね。彼女がまた「う、うううん」と唸った時に「地蔵ってなに?」と訊き返しちゃったよ。俺は新しい情報に胸を踊らせながらも、表面上ではクールに、冷静沈着を装った。「そいつに呪われたの?」

 

 幽霊は、その質問にうなずいた。それも、「うん、うん」と喜ぶように。フェンスの網を掴んでは、それを「ガチャガチャ」と揺らした。幽霊はフェンスの網から手を放して……たぶん、自分の昔話だろう。話の真偽は分からなかったが、俺に「自分がこうなった経緯」を話しはじめた。「」と言う、その恐ろしい怪異も含めて。

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