第3章 ビルの怖い話
第1話「自殺ビル」 投稿者:
世間の人達から認められる事。それは周りが考える以上に幸せで、本人が考える以上に快感だった。自分達の行動に「good」が付けられる。その内容は別にしても、内容の面白さに「面白かった」と言われる。
正に承認欲求の快楽だ。今までは冴えない感じの男子でも、一瞬にして華やかな世界を知ってしまう。「人の賞賛を受ける」と言うのは、それだけ凄い事だった。ここ最近で問題となっているバカな動画も、その欲望から来ているに他ならない。
彼等は一時の快楽に溺れて、普通ではやらない事を……つまりは、バカな事を繰りかえした。「入るな」と言われている所に入る、「止めろ」と禁じられている物を破る。人間が求める快感は、どんな妨害すらも破るエンジンだった。
彼等もまた、そんなエンジンを破った一例。自分の欲望に負けた、バカな高校生だった。彼等はネットの中でたまたま見つけたkanzaki.chに興味を抱くと、彼女に自身の不安を吐き出す感じで、自分達の味わった恐怖体験を送った。「俺等の地元にこんなビルがあるんだけど」
神崎伊代は、その内容に喜んだ。今やホラー配信で有名の彼女だが、こう言う話はやっぱり嬉しいらしい。話の内容を読んで、相手に「これを扱わせていただきます」と返した。彼女は予定の時間に新しい配信動画を出して、リスナー達に「こんばんは」と微笑んだ。「様々な恐怖が渦巻く昨今、今日もまた、新しい恐怖をお届けします。身の毛もよだつ、現代ホラー。日々の癒しにどうぞ、お楽しみください」
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題名:「自殺ビル」
世の中ってさ、つまらなくねぇ? 毎日、毎日、学校に行ってさ? そこで、つまんねぇ授業を受ける。「将来、ぜってぇ役に立たねぇわ」って言う授業を聞いて、それにガミガミ怒られる。俺等は、仕方なく受けているのにさ? あのウザい連中は、「勉強しないと、あとで大変だぞ?」って言ってくる。
ああ、本当にウザい。学校出て真面目に働くよりも、バカやった方が儲かる。相手騙したり、女働かしたり、金パクったり。そうやって稼いだ方が、楽じゃん? 自分の好きな事をするにはさ? 真面目に働くなんて、ありえないでしょう? 気持ちい思いをしたかったらさ? 好き勝手にやった方が良いじゃん?
だから、働かない。学校もサボり気味だし、闇バイトの方が儲かるからさ? 100万なんて、ちょちょいのちょいよ。俺は、そんな気持ちで生きている。真面目に生きている奴はバカだし、「俺等の餌」と思っている。「あんなに頑張る餌は、最高だ」ってね。俺等には、最高の財布があるんだよ。
自殺ビルを知ったのは、そこの屋上で自殺者を見た時かな? 仲間の一人が「肝試しに行くべ?」と言ったので、それにうんうんついて行ったんだよ。俺は、ビルの階段を登った。友達の後に続いて、ゆっくりと。懐中電灯はあったけど、階段を登る途中で転けそうになった。
俺は、周りにそれを笑われた。普段は(自分でも言うのもなんだけど)、結構イキっているからさ? 俺としては恥ずかしかったけど、周りには大ウケだったらしい。俺は「それ」にムカついて、目の前の奴を殴った。
自分の立場を教えるには、これが一番良いからね? バカな説教よりも、効く。アイツ等は大人の説教よりも、仲間の拳が怖いんだ。俺はそれに周りの空気が静まったところで、ビルの階段に意識を戻した。
ビルの階段は、新しかったよ。「いかにもヤバイです」って感じじゃなかったし、階段の電気が通っていない事以外は、本当に普通の階段だった。そこからビルの屋上に出た時も、周りの連中と違って、夜の風に「ニヤリ」としたしね。仲間の一人にも、「景色、綺麗じゃねぇ?」と言った。
俺は、なんつーの? 万能感みたいな物を覚えて、屋上の中を駆けまわったり、仲間の体を蹴りとばしたりしたけど。そこにヤバイ言葉が「ボソッ」と、仲間の一人が「あれ?」と呟いたんだ。「あそこに人、居ない?」ってね、屋上の奥を指差したんだよ。そいつは画面蒼白、今にも泣き出しそうな顔で、その一点を指さしつづけた。「どうして? どうして?」
俺は、その声を無視した。言っている事は、分かる。でも、怖がる意味はない。周りの連中も、それに「あわあわ」言っていたけど。それが「アホ」としか思えなかった俺には、そいつが指差す先に目をやっても、特に「うわっ」と驚かなかった。俺は自分の目を擦って、屋上の先を見つめた。
屋上の先には、確かに居たよ? 俺よりも年上の女がさ? フェンスの前に立って、そこから景色を眺めている(ように見えた)。俺等の声を無視して、よう分からん場所を見ていたんだ。俺は相手の後ろ姿が綺麗だったんで、彼女に声を掛けようとした。「すいません」ってね?
後ろの連中には、止められたけど。女が居る興奮を抑えられなかった俺には、本当に無駄な言葉だった。可愛い子には、迷わずに声を掛けろ。相手の正体が何者だろうが、ナンパの神髄を学んできた俺には、それが文字通りの不文律だった。
俺は、彼女の背中に歩み寄った。歩み寄って、彼女に「どうしたの?」と話しかけた。俺は相手との距離を推しはかって、それに一定の距離感を作った。逃げたくても逃げられない距離感を。「何か悩んでいるなら、話聞く……」
相手は、それを無視した。俺の声はたぶん、「届いていた」と思うけど。俺が相手の肩に触れようとした瞬間、フェンスの上をすぐに……それこそ怪物のように登って、フェンスの上からぴょんと飛び降りたんだ。
俺は、その光景に言葉を失った。ネットの動画でそう言うのは観た事はあるが、実際のそれは動画よりも遙かにリアルだった。俺は地面の上に座って、フェンスの網をしばらく眺めた。「死んだ」
誰がどう見ても。これは、文字通りの自殺だった。ビルの上から落ちる、飛び降り自殺。それを今、目の前で観ていたってわけ。俺は自殺の瞬間が「怖い」と思ったものの、それが自分の視界から消えた瞬間に「面白い」、さらに言えば「楽しい」と思ってしまった。
人間の生死を観るのは、どんな娯楽よりも面白い。
俺は本能の内にそう感じて、仲間達の方を振りかえった。仲間達は、今の光景に固まっている。中には「めっちゃヤバイ」と笑っている奴も居たが、その手足が震えていたので、「こいつは、かなりビビっている」と思った。
俺は仲間の反応に呆れたが、死体の事をふと思い出して、仲間の全員に「見に行くべ?」と言った。「飛び降りだけじゃつまないからな? ここは、死体も見なきゃ損でしょう?」
仲間達は、その誘いに乗らなかった。俺の「ほら?」を聞いても同じ、そこから決して動こうとしない。何人かの仲間は、互いの顔を見合っていたが。それ以外の奴等は、俺に揃って「帰ろうぜ?」と言っていた。「アレは、ヤバイ。絶対にヤバイ! 自殺の現場を見るなんてさ? どう考えても、呪われるじゃん?」
残りの連中も、それに「確かに!」と言い合った。「あの女に呪われる」ってね。良い年した大人が、子どもみたいに喚いていたよ。挙げ句は、「警察に言おう!」とか言っちゃう始末。アイツ等は……まあ、普通なんだろうけど。「自殺現場の第一発見者」として、当然の事を言いはじめた。
んだが、それじゃ不味いんだよね? 「警察に言う」って事は、「俺等がここに入った事も言う」って事。「入っちゃいけない場所に入った事も言わなきゃならない」って事だ。「入っちゃならない場所に入った」と言う事は、どう考えても不法侵入になる。「世の中のルールなんてクソ」と思う俺だが、それを「知られるのは流石に面倒だ」と思った。
俺は尤もらしい言い訳、例えば、「上から死体が落ちてきた」とかね。それっぽい話で、警察から「逃げよう」と思った。俺は自分の仲間にも「それ」を話して、今の死体が落ちているだろう場所に向かった。
んだが、あれ? おかしい。ビルの中から出てみたが、その死体が見つからなかった。そこから周りを調べてみても、視界に入るのは夜の町。俺等以外はたぶん寝ているだろう町が、視界いっぱいに広がっていた。
俺は、その様子に首を傾げた。屋上の風は、「それなりに強かった」と思うけど。人間一人がそんなに飛ばされるとは、どう考えても思えなかった。俺は「それ」を踏まえた上で、あの女が普通じゃない……まあ、「幽霊だ」と思ったわけだよ。
あそこで前に死んだ女が、(たぶん、俺等に)自分の死ぬ場面を見せた。「自分は、こんな風に死んだんだ」って、そう俺等に訴えたんだよ。肝心の俺達は、それに怖がっていただけだけど。自分の無念を晴らしたい幽霊にとっては、あれが精一杯のアピールだったわけだ。「そうなると」
ううん、やっぱり惜しい。さっきは警察にビビってしまったが、あんなに美味しい場面を撮り逃したのは、やっぱり「惜しい」としか思えなかった。あれをネットに上げれば、今頃はバズっていた筈なのに。俺は目先の恐怖に負けて、千載一遇のチャンスを獲り逃がしてしまったのだ。「くそぉ」
そう呟いた俺に「え?」と驚く、仲間達。仲間達は俺の反応に驚いていたが、幽霊の恐怖をふと思い出すと、誰かが言った「帰ろうぜ?」にうなずいて、その場からすぐに帰ってしまった。「お前も、さっさと逃げろ。アレは、とにかくヤバイ!」
俺は、その声にうなずいた。うなずいたが、頭では別の事を考えた。「これからは、この路線で行こう」と、そんな事をずっと考えていた。俺はビルの上を見上げて、その暗闇に「ニヤリ」と笑った。「聞こえるぜ。金が上から落ちてくる」
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