戦犯ちゃんと平和な世界に転生して過ごす夢小説

モモザワシマ

戦犯ちゃんと平和な世界に転生して過ごす夢小説

 私が彼女を、自分の幼なじみを殺したのは、彼女が戦犯であったからです。


 こう言うと、まるで私が正気ではなく、責任能力のなさを主張しているようですが、それは違います。私は正常な思考・判断のもと、極めて利己的な理由で彼女を殺害しました。いかなる裁きも受けるつもりです。ただ、「何故こんなことをしたのか」というあなたの問いに、できうる限り誠実に答えたいと思っています。ですから、この手紙はどうか公にしないでください。それが彼女のためでもあります。

『正常な思考のもと』と申しましたが、客観的に見れば私は妄想に取り憑かれた人間になるでしょう。何しろ『前世の記憶』があるのですから。


 最初に気づいたのは『こんなにもデジャヴを感じるのは、自分だけである』ということでした。初めて行く幼稚園の道順やトイレの場所を知っているのは自分だけで、親も、クラスの園児たちもそんなことを感じたことがないというのです。ですが私は、教えられたこともない文字が読め、やったことのないスポーツもたやすくコツを飲みこみました。今思うと、彼女も私同様に学業運動ともに優れた成績をあげていましたが、当時はそれに気づかず、ただ彼女を努力家の優等生だと思っておりました。

 彼女と私は家が近所であったのと、成績が似通っていたことから周りに『お似合い』と扱われるようになりました。彼女は私に好感を持っているようにふるまい、私もそれを否定しなかったのですが、心の奥に激しい拒否感があったのです。なぜか、強い嫌悪と軽蔑の気持ちがありました。私はそれを意識する度に自分を責めました。彼女には何の落ち度もないのに、身勝手に彼女を嫌っている、きっと彼女の勤勉さや潔癖さに引け目を感じているのだろう、そう思っていました。

 元国会議員のA氏のことを、あなたは覚えていますか? 三年前に女性問題で失脚した彼のことです。報道の当初からトンデモ議員のお騒がせ事件という扱いでしたね。私と彼女はたまたま、このニュースを同時に知りました。キャンパスの食堂での昼食時、TVがそれを報じたのです。私はニュースに驚いて立ち上がりました。こんなのは違う、と口走ったと思います。周りの学友たちは私の驚きように驚いて、笑ったり心配したりしていました。その中で彼女だけが、真っ白な顔で凍りつき唇を震わせていました。彼女だけが、私と同等の衝撃を受けていたのです。彼女は涙の浮かんだ目を瞬かせて無理に笑みを浮かべこういいました。

『こんなの間違いよ。大統領がこんなことするわけないわ』


 大統領。

 もちろんAは大統領ではありません。事件の前は大統領選を見据えていると語っていましたが、今となっては夢物語です。ですが、私の『記憶』では違いました。Aは大統領になったのです。その記憶の中では女性問題が報道されず、彼はカリスマとして崇められていました。自分のデジャヴが食い違ったことで、私は『違う人生を生きた記憶』があると自覚したのです。

 私は熱を出し、数日間うなされました。その間、過去の人生の記憶はどんどん鮮明になっていったのです。Aは過激な発言で支持者を集め、勢力を強めていきます。一方Aを敵視する側も過激化し、二派の対立は国家を分断するに至るのです。周辺国を巻きこんだ内戦は泥沼化し、数えきれない犠牲者を生むことになります……

 とんだ妄想だとあなたは笑うでしょう。私も信じられませんでした。熱のせいでおかしな夢を見たのだと自分に言い聞かせました。あまりに生々しい内容でしたが、現実にはありえないことばかりです。夢の中の私は従軍し、極寒の中延々歩き続けたり、上官に殴られたり、自分のすぐ横で砲弾が炸裂し戦友がひき肉になったりしていました。どれもつらい出来事でしたが、何よりつらいのは私が何人もの人を殺したことです。最初は戦場で、やがては浸透してきたゲリラを相手として。


 話を現実に戻しましょう。

 熱が下がり、私は大学に戻りました。とても平静ではいられませんでしたが、独り寝ていると妄想に飲み込まれそうだったのです。周囲は私を心配し温かく接してくれました。彼女もそうした一人でしたが、誰もいないとき、こうささやきかけました。

『Aさんのこと、何かの間違いだよ。どうせすぐ疑いは晴れるから』

 私はこわばった顔でうなずき返しました。彼女はこれまで政治の話はまるでしませんでしたし、Aを支持しているという様子もありませんでした。なのになぜ、そんなことを言うのか。そもそも、なぜ彼女はAを『大統領』と呼んだのか。彼女は私と同じ『前世の記憶』を持っているのか……

 そんなわけがない、と私は打ち消しました。前世を覚えていたら、とても正気でいられるわけがない。私が思い出した『前世の彼女』は、想像できないほどの、おぞましい罪を犯していたからです。


 前世でも私と彼女は幼なじみでしたが、今ほど親密な関係ではありませんでした。私はごく平凡な学生で、彼女は今以上に真面目な優等生だったからです。勤勉でリーダーシップのある彼女に、私は少し劣等感を抱いていました。国家の危機に当たっていち早く志願兵となった彼女に、とてもそんなことはできないと尊敬の念も抱いていました。彼女の母と私の母は親しかったので、出征後の動向も漏れ聞こえてきました。彼女は目覚ましい業績を上げ、士官候補プログラムに選ばれたという話です。彼女の上げた『業績』というのが何なのか、当時は私も、私の親も、彼女の親も知りませんでした。ただ彼女は優秀なので、非常時であっても素晴らしいことができたのだろうと想像しました。

 彼女の業績は民間人の虐殺でした。他の者が嫌がる汚れ仕事を進んでこなし、『効率化』したことで評価されたのです。

 一度だけですが、私は出征後の彼女と会ったことがあります。入隊したばかりの一兵卒だった私に対し、彼女は階級章のびっしり付いた制服を着こなしていました。落ち着いて、明るく、理想の女性士官に見えたものです。

『別に大したことはしてないわ。私がしてるの、ほとんど事務方だもの』

『どんな仕事なの?』

 彼女が一瞬、目を泳がせたのを覚えています。

『町のおまわりさん、よ。みんなが安全に暮らせるよう気を配る仕事。周りが言ってくる面倒事をきくだけの、単純な任務だわ』

 当時の彼女は尋問官を務めており、人々に拷問を繰り返していました。彼女の一言で皆殺しになった一家や、目の前で親を殺された子や、その逆が数えきれないほど起きたのです。

 私がそれを知ったのは何年もあと、彼女が戦犯として裁かれたときでした。私は故郷から遠い捕虜収容所で、失った足の痛みに耐えながら日々を過ごしていました。彼女の裁判は大きく取り上げられ、数々の非人道的行いに人々は憤りの声を上げました。恵まれた容姿も災いの種にしかならず、彼女は『戦犯ちゃん』というあだ名をつけられAIポルノのネタにされていたくらいです。

 私はそれを苦々しく眺めていました。彼女は普通の善良な女性で、戦争さえなければこんなことにならなかったでしょう。詳細な罪状……民間人の住居に手榴弾を投げ込んだり、敵兵の妻子を見せしめに殺させたり、貨車に捕虜をすし詰めにし60時間水も食料も与えなかったり……などを知ると少しゆらぎましたが、それでも同情的な気持ちでした。自分にしても胸を張れる生き方はできなかったのです。少し歯車が違えば、彼女と同じ道を歩いていたでしょう。

 それが変わってしまったのは、裁判での彼女を目の当たりにしたときでした。TVの画面越しに見た彼女は背を丸め、上目遣いにカメラを睨みます。荒れた唇を噛む彼女にはかつての自信も冷静さもなく、怯えた小型犬のような印象でした。裁判で彼女は全てを否認しました。上からの命令に従っただけ、または下の者が勝手にやったことだと主張したのです。反証が出てくると彼女はでっち上げだと噛みつき、自分ははめられたとわめきました。犠牲者に対し良心の呵責を覚えないのかと問われると、みんなやっていたことだと憮然として答えました。私の記憶にあった、親切で責任感の強い姿は、もうどこにも残っていなかったのです。

 死刑が確定し、それを待たずして彼女が自殺したとき、私は安堵と激しい怒りの矛盾した感情に飲み込まれました。これ以上彼女の醜態を見ずに済む、彼女に失望しないで済むという気持ちはとても大きかったのですが、償いもせずこの世から逃げ出した彼女への怒りと、彼女に何かできたのではないかという自責の怒りはそれ以上でした。この当時の私は、戦争中に接した化学兵器の後遺症で病床にありました。彼女の死の数日後、咳の発作に襲われたのが、『前世』最後の記憶です。おそらくそのとき私は死に、この前世に酷似した世界に生まれ変わった、ということなのでしょう。とても正気とは思えない状況ですが……


 そうしたわけで、私の中で彼女は、戦犯という印象が拭えなくなってしまったのです。もちろん、そんなことは間違っています。彼女はただの学生で、何の罪も犯していません。戦争だって起きる兆しもないのです。何も起きなければ、彼女は善良な市民としての生をまっとうするでしょう。私は彼女の過去を忘れようと努め、これまで通りの友人関係を維持するつもりでした。


 彼女の行動がおかしくなっていったのを、周囲は就職活動が上手くいかなかったからと捉えているようですが、実際はこのA氏の件からだと思います。これまで政治の話を避けていた彼女がA氏の擁護活動を始め、意見が異なる者を口汚く罵るようになったのです。彼女の態度に辟易し、多くの友人が離れていきました。一方SNSでは彼女の容姿や過激な発言をもてはやす者も現れ、アイドルのように扱われるようになります。私は彼女から離れることができませんでした。そうすることは簡単でしたが、彼女を見捨てたら前世の自分と同じではないかと思ってしまったのです。目に余る発言を諌めながら、私は側に留まり続けました。結果、彼女を殺してしまったのだから、とんだ偽善です。

 彼女の方もなぜか私と仲違いをしませんでした。同じ説教をした友人は縁を切られても、私は側に居続けました。あなたは『彼女に利用されてるだけだ』と忠告してくれましたね。確かにそういう面もあったでしょう。私と彼女は家族ぐるみの付き合いで、彼女の親に受けがいい私と喧嘩別れをしたら面倒だと思っていたかもしれません。ですが、それ以外の理由があったと知ってしまったのです。


 あれは彼女が十何回目かの面接に落ちたときのことです。そうしたとき、私と彼女は安居酒屋で残念会を開くのが常でした。彼女は甘ったるいカクテルをあおりながらぼやきました。

『あーあ、戦争起きてくれないかな。私なら今すぐ兵役行けるのに』

 あまりの発言に私は絶句し、冗談でもそんなことを言うなと叱りました。彼女はちょっと口を尖らせ、こう返します。

『でも、しょうがなくない? 戦争みたいな、大きな変化さえあれば、もっとちゃんとした人間になれるのに、って思わない? 求められさえすれば、私だって出来ることを何でもやりたいのに』

 私はそのとき気づきました。平和な世なら彼女は無害な人間として生きていくかもしれません。ですが、そうでない世なら彼女は同じ愚行を何度でも繰り返す、ということをです。

 どうしたらいい? 口の中が急速に乾いていくのを感じました。

『もう酔ったの? 早くない?』

 顔をのぞきこむ彼女に、私はそれこそ『出来ることを何でも』やらなくてはと思いました。これまで隠していた『前世』をあかしても、です。

『これは……最近見た夢の話だけど。戦争が起きる夢なんだ』

 それでも夢という予防線を張り、だいぶかいつまんで私は前世を語りました。

『……こんな風に、きみも僕もひどいことをして、ひどい死に方をする。特にきみは、そうなる』

 彼女はじっと、私を見つめていました。

『戦争ってきみが想像するようなものじゃないよ。きみに、罪のない人を殺して欲しくない。よく考えてみてくれないか』

『……夢の中の私は、どうなったの』

 迷ったあと、正直に答えました。

『戦犯として裁かれたよ。死刑になった』

 彼女はふはっと笑いを吐き出しました。

『冗談だと思うだろうけど、真面目な話なんだ。きみが同じ道に……』

『同じ道なんて行かないわ。今度こそ変えてみせる』

 私はぽかんとして彼女を見返しました。言葉の意味が脳に届くまで、少しかかったのです。今度こそ? 今度こそってどういう意味だ? 彼女には『前回』があるのか……?

『やっぱり、覚えてたんだ、『前』のこと。そうじゃないかと思ってたんだけど』

 彼女はにっこり微笑みました。奇妙なことですが、あのときの彼女が一番魅力的で輝いていたと、今でも思います。彼女は美少女として扱われてきましたが、私はそれに共感したことがありませんでした。でもこのときだけは、彼女に内側からにじみ出てくる光を感じたのです。

『嬉しいよ。ずっと一人きりだった。『戦争を覚えている』なんて言ったら、頭がおかしいって思われちゃうもの』

 私は崩れ落ちそうな意識をつなぎ止めて、いつから、どの程度覚えているのか尋ねました。

『小さいころからだよ。自分が死んで、この世界に生まれ変わったということはずっとわかってた』

『ずっと!?』

『きみはそうじゃないの? 幼稚園のころから他の子と違ったから、きみもそうだと思ってた』

『僕は……具体的に思い出したのは最近で……』

『それで良かったかもね。小さいときに記憶取り戻すのってイライラするよ。気持ちに身体がついていかないから』

 思えば幼いころの彼女は癇癪持ちで、昼寝をしたくないとぐずってばかりいた気がします。

『……それで、大丈夫なの?』

『なにが?』

『前世のこと、ショックだったんじゃないの? あんなことがあったし……』

 私はこの答えを聞きたくないと思いました。聞かずとも、わかってしまったからです。

『まあ、チャンスだと思ったわ。今度は上手くやるもの』


 あとは報道の通りです。

 私は店員や客の制止も聞かず、その場で彼女の首を絞めて殺しました。彼女は最後までなぜ自分が殺されるのかわかっていなかったように思います。今でも、どうすればよかったのか考えます。殺す必要はなかったのです。彼女は一介の学生で、どんなにあがいても戦争を巻き起こすことなどできなかったでしょう。私が彼女に殺された人々に代わって裁きを下す資格は、どこにもありません。もっと言えば、幼いころに恐ろしい前世を思い出した彼女が、正常に育つことができたかという疑問もあります。幼い彼女は前世を正当化するしか正気を保つ術がなかったでしょう。

 

 何にせよ、私が身勝手に彼女を殺したという事実は変わりません。私に出来るのは法と世間の裁きを受けることだけです。それこそが、かつての彼女が出来ず、私と彼女を分かつことだと信じています

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