第46話 追跡

 エルクリーズが用意した声明文の発表が終わった後、私はサグの所へ戻った。

― どう、追えそう?

― お任せを、王。これでもわしは人の追跡には慣れておりますでな。

 星間長距離運行用のゲートの中で筐から筐に移動をすること。それが彼らの切り札だった。そのために細長い宇宙船を仕立ててその両端に筐を設置するという手段を考えたのだ。これは研究者の間ではよく知られている、異空間への出入り口を開ける方法なのだが、実は私たちのいう、ジェン荒野フィールドへの入り口なのだ。マティ反乱軍はジェン荒野フィールドを通り抜けて、新生命宮からリゼアに攻め入ろうというのだった。

 ただ彼らの誤算は2つあった。一つは普段は出入りする者に無関心なジェン荒野フィールドの住人達、すなわち全リゼア系の14歳が、皇子さまの扇動で彼らを待ち受けていて翻弄したこと。これで彼らの空間認知能力はぼろぼろになった。

 ついで、作戦には本来関係のなかった宇宙船の乗員たちもジェン荒野フィールドに放り込まれたこと。これはトトラナとイクセザリアが仕掛けた罠だった。寄せ集めの彼らが唯一味方を判別するために身に着けている認識票に、移動用のタグともいうべきチップを埋め込んでおいたのである。彼らの言う実行部隊の最後の一人がジェン荒野フィールドに入った途端、すべての乗員も強制的に同じ場所へ移動させる仕掛けが発動したのだ。

 サグが追いかけているのは、宇宙船内にいたのにこの罠にかからなかった二人だった。見た目は他の乗員と大差ない恰好をしているのに、罠にかからなかったこの二人を、イクセザリアは幻術体アバターだと見破った。彼らこそが本物の私たちの敵だ。

― 奴ら、船が空っぽになったと知った途端、予想通り筐から移動をしようとしました。さすがにゲートを出るまで待ちましたがね。そこでもたついている間に追跡用の印をつけました。大丈夫、追えますよ。

― 例の人工的な空間を通ってるんでしょう? どうやってテレポートできてるの。

― あれは二人一組でやるようです。一人がテレキネシスで空間の壁に穴をあけている間にもう一人が二人まとめてテレポートをかける。そうやって隣の空間に移動しているらしいです。どうもつながっている隣にしか行けないようですね。

― 宇宙船の回収は、終わっているのね。

― はい、そっちはカルディバとウロンドロスの方で。

― で、逃げた二人は今、どこにいるの。

― ソル系に似た大きな町ですね。あ、また移動した。うん、ここは…

― これって、現実のソル系! 私、ここ見覚えがある。サグ、ここから先をよく見張ってて。私今から追う!

― わかりました、姫様!


 ソル系、第8番コロニー衛星、ニュート-キョー。コロニー都市の限界建築高である5階建てのビルが果てしなく続く何本かの表通りの一画が、私の見覚えのあるところだった。そうコスミアの彼氏と、その幼馴染だと言ってた男がこの付近で育ったと言ってた。まだ二人が付き合い始めたばかりの頃、全くその気がない私にダブルデートを持ちかけられて来た街。私の相手に目された男も困った顔をしながらついてきてたっけ。

 一番ソル系に近い交易都市の、長距離用の個人使いの筐から出て、幻術体アバターに代えて直にテレポートする。コロニーの軸のあたりに跳んで、瞬間的になるべくさっき見た場所に近い、人目につかない場所に降りる。空中でぐずぐずしていると警察のドローンカメラに見つかる可能性がある。

― 着いたわ、サグ。ここからどっち?

― えー、そこからですと、右に折れて、高い建物が連なる通りまで出てください。それからさらに右へ。この建物に入っていきました。

 画像が送られる。これって宇宙開発推進局?

― 本当にこの建物で合ってるのね。

― そうです、ひ、いや王。その建物の入り口から入ってすぐ左の短い通路の突きあたりで移動しました。

 そこはエレベーターだった。現在位置の表示は5階になっている。

― これを使うの?

― 中に入って奥の鏡に手を置いて、テレキネシスで穴をあけるイメージをしてください。

 降りてきたエレベーターに乗り込んで、正面の鏡に手を押し付ける。開いた!

「うわっ、ちょ、ちょっと、君いったい誰?」

 入ったところは、どう見ても個人の家の中。双子かと思うような、よく似た見た目の二人の若いソル系の男がいる。自宅のリビングでくつろいでいる体。何この状況? まるで私が不法侵入者みたい。一瞬驚いたが、すぐに、いやちがう、これはまやかしだ、と気がついた。誰かが私の出方を窺っている気配がある。ふっと明かりが消えたように暗くなった。外は昼間だったはずなのに。

「まいったな、君、ミトラ王なんだね。追いかけてくるとは思わなかったよ。…」

 暗闇の中で話しかける声がする。二人はさっき見た場所にそのままいる。話しているのは誰? あの二人のうちの片方か、それとも幻術体アバターを使っていた誰か? なんで私のことが読めるの。

「ひっかからないかあ、さすがだ。」

 声の主はあっけらかんとしている。

― じゃあ、ここまで尾行してきたご褒美に教えとくよ。マティに関わる責任者は僕なんだ。もっとも、ここまで追い詰められたからには完敗だね。とっとと降参するよ。だけど、ここから先は…

「悪いけど、まだ行かせないっ。」

 双子が突然立ち上がって、私にとびかかってきた。いつの間にか、二人ともダイナマイトのベストを着てる。うそ、ここで爆弾って。

ドガーーン! ガシャーン!

 轟音がとどろいた次の瞬間、私はマティに戻っていた。ソファーにもたれた二次体は不覚にも息を切らしていた。

― 王、ご無事で。

 エルクリーズがすばやく寄ってくる。サグは大きく目を見開いたまま、固まっている。エルクリーズが差し出した水を飲み干すと、私はサグに尋ねた。

― ソル系の街は無事?

― あそこは奴らの作った空間の中でした、王。現実のコロニーは無事です

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