第45話 静止
俺だけじゃない、全員が重力に気づいた。
「落ちるー」
「んぎゃぁー」
根は単純で頭より筋肉のほうが発達している奴らだ。撃たれるとか爆死とかいう死に方はイメージできても、墜落死というつもりはなかったのだろう。みんな慌てている。
そのとき俺は気づいた。視力が戻っている。飛行機から見下ろすように地上の様子が見える。え、地上って、馬鹿な、ここは俺たちが入ったあの空間じゃないのか?
その時、耳元をかすめていた空気の音が止まった。
その朝もいつもと同じように明けた。昨夜のうちに作戦というのは始まったと聞いていたけれど、何せ目の前でドンパチやっているわけでもなく、映像が中継されてくるわけでもない。なんだかそわそわしておさまりが悪い気分で眼が覚めた。同じような奴は他にもいたと見えて、朝日がまだ真横からさしているというのに、外をうろついている人影がある。
ツレズ台地の、もとの神殿や遺跡のあった街並みを見下ろす崖の上には急ごしらえの家が立ち並んでいた。ここは最初は神殿の観光で暮らしていた人々が避難して暮らしていたところだった。
神殿の奴らが武力蜂起を起こさないよう、政府が暗殺者を出したのだが、暗殺は失敗。最初は奴らは反政府を掲げて町の襲撃をしたのだ。仕方なく、僕らはここへ避難した。今まで共存してきた神殿の奴らがそんなに凶暴には見えなかったし、町の襲撃も住人が避難するまで待ってくれた。
しかし、例の100日間の猶予のうちに、状況は変わった。本気で戦争をやるとわかった町の人々は、あらかた向こうの大陸に逃げ出してしまい、その後から入ってきた戦争屋たち、傭兵だの武器商だの機械屋だのが代わりに居ついて、気づけばここは前線基地さながらの町になっていた。台地のはずれの崖っぷちにはエレベーターが通じていて、司令官クラスと補給物資が毎日上がったり下りたりしている。崖の上は道路だの滑走路だのが出来上がって、雨の降らない時期なのをいいことに巨大な天幕を張っただけの所が組み立て工場になっていた。
僕はもともと観光でやってきた旅行者だった。下の街の素朴な明るさと、毎日違う客をもてなすお祭りのようなにぎやかさに惚れ込んで、食料品店の店員として居ついたのだ。この内戦でみんなが避難していくときに、僕は神殿の導師様じきじきに頼まれて、店を続けることになった。まあそれなりの繁盛しているけど。
ここでできあがった、やたらに細長い宇宙船が飛び立って行ったのが一昨日のことだ。今日あたり戦果の報告が来るはずだ。良くも悪くも。
そんなことを考えながらぼんやり散歩していた僕の後ろで誰かの悲鳴のようなものが聞こえた。後ろをふり向いた僕の目には予想もしないものが見えた。
人間が、落ちてくる。
ちょうど下の町の真上辺りに、上り始めた太陽の光を受けて、ばらばらと人影が降ってくる。悲鳴は最初にそれを見つけた、町の誰かが上げたのだろう。何だ? 飛行機とか飛んでたっけ? いや、飛んでいた飛行機が爆発したとかなら、残骸も降ってくるだろうし、人なんか原形をとどめていないはず。でもあれはたしかに人間だ。バタバタ手足を動かしている。パラシュートなんて楽しそうな物をつけている様子はない。
だめだ、落ちる!
そう誰もが考えた瞬間、落下はぴたりと止まった。
何が起こったのか、誰にもわからないまま、悲鳴は途絶え、台地の上はしん、と静まった。まるでこっちの時間が止まったみたいに。バタバタしていた空中の人の手足は、奇妙なポーズのまま止まり、恐怖に両目を手で押さえて縮こまっていた人は、ダンゴムシのような姿勢のまま、空に浮かんでいる。
「なんだぁ、ありゃあ…」
今度は僕たちが大騒ぎになった。
最初の作戦に送り出した部隊の25名と宇宙船の乗員142名全員が、新旧のフィー降臨神殿の町の上空に、落下しかかったまま浮いている、と言うのはたちまちニュース映像としてリゼア連合の隅々にまで広がった。リゼア連邦大公は、あれは自分がやったことだと声明を出し、3日以内にマティ反乱軍(なんかいつの間にかそう呼ばれることになったらしい)が降伏しなければ、止めてある彼らの時間を解いて、落下させると言った。
会見の席で大公は、彼らの周りは物理的な干渉ができない空間の壁で包まれていて、触れることも動かすこともできない、内部の彼らは動くことはできないが、生命に危険が及ぶことはない、ただし彼らは意識があるので、その不合理な状況を理解しているし、おそらく強く解放を願っているはずだと言った。
さて、困ったのは僕のお得意さんたちだ。彼らはどういう理由か知らないが、第1回目の作戦が成功するものと確信しており、次の手を考えてはいなかったようだ。加えて実行部隊がこんなセンセーショナルな人質になるとは思ってもみなかった。リゼア連合中がこの後の「内戦」の動向を見守っている。だいたい神々の星の頂点にいる人を相手にけんかしようなどという、意味のないことをやったのである。みんなが「さっさと降伏して終わらせろ」という目で見ているのだ。
最初にやった手は、空中で止まっている彼らの真下からドローンで近づくことだった。僕たちのいるツレズ台地からはほぼ目の高さで行われた作戦だ。みんなで双眼鏡を奪い合いながら見守った。結果は上昇したドローンが見えない壁にぶつかって墜落しただけだった。ちなみに横から近づいても同様。
で、第2弾は大型ヘリで真上から、だった。これは行けそうに見えたのだが、へりから垂らしたロープは止まっている人影に近づいた瞬間、バチィィという音とともに弾かれた。ロープの先が操縦席の高さくらい跳ね上がったのを見て、パイロットが恐れをなして戻ってしまった。跳ね上がったロープがローターに巻きついたら墜落は必至である。自分が墜落しても、彼らのように空中で命拾いできるかどうかはわからないのだ。
その後、狙撃手が一人、おためしで台地から真横に撃ってみた。一応上官の命令により、だそうだ。もちろん人に当てるつもりはなく、何もいない空間に向かって打ったのである。弾はやはり目に見えない壁に当たって、小さく跳ね返って落ちた。壁のある位置は類推できるが、いかなる機械で測定をしても見えるようにはならなかった。
こうして直径およそ300メートル、高さおよそ500メートルほどの巨大な円柱型の空間に包まれた、落下途中で止められた兵士たちは、一ミリも動けないまま夜を迎えることとなった。
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