第44話 開戦
マティの地母神フィー教会の導師メンデ・カシオナ名義で、開戦を宣言するメールが送られてきたのは昨日だった。一歩遅れてマティ政府からのこの宣言にマティ政府は関与していないというメールが届き、そのメールについてのリゼア連合本部の公式証明書が届き、さらにそれらのメールに対してリゼア連邦大公名義で返信を出し、昨日はさながら文書による開戦だった。
イクセザリアとトトラナをリーダーとしたマティ潜入グループからは、向こうの様子が手に取るように伝えられてくる。最初の攻撃はおそらく今夜か明日の朝に来るだろう。そのための用意はすでにできている。むこうも持久戦をするつもりはないだろうから、最初の攻撃を抑え込んでしまえばいいのだ。切り札が使えないとわかったら、メンデ・カシオナはともかく、本当の敵は降参するはずだ。
まずマティ首都にいるトトラナの下には、もう私の二次体が運び込まれている。内院の私用の筐は一つ目の移動先をマティ首都へしてある。最短ルート、最短時間でマティへ移動するためだ。それから巻き込まれることを防ぐために、今日から10日間ゲートの使用を禁じる命令を出した。これについてはあらかじめ予告をしておいたので、思ったより混乱はなかった。星系間交易なんてなくったって10日くらいは生きていけるものなのだ。ウロンドロスは「長引いたら補償を考えなければならない。」と言っていたが。
― 王、反応がありました。来ます!
昨日の宣戦布告直後の出撃壮行会で、否が応でも部隊の士気は高まっていた。あの神々の国リゼアに直に乗り込むという奇策には驚いたが、確かにこのやり方ならば我々のような傭兵主体の部隊ならではの戦い方ができる。
もう一つの強みは敵が物理的な攻撃手段を持たないことだ。弾丸が飛んでこない中ならば、作戦の遂行は簡単だ。
「あと24単位時間後に、ゲート到着です。」
「入ってから1単位時間で、ハイジャンプに入ります。」
そう、星間長距離航行用のゲートを使うことを航行士たちがジャンプというので、今回の作戦は「ハイジャンプ作戦」と名付けられた。ゲート酔いしないように何回か訓練もしたし、そもそもゲート酔いを起こしにくい人選をした。少数精鋭部隊になったのは仕方ないが、作戦の主要部分に影響はないはずだ。今度こそ、リゼア系に一矢報いることができる。
俺は胸のポケットに入れた紙袋に、服の上から触れた。紙袋の中身は赤い石のはまった指輪。交易都市ディクラで知り合った娼婦が欲しがっていたもの。母さん、姉さん、ごめんよ。二人の形見は何一つないんだ。あいつの欲しがっていたのは、指輪ってモノじゃない。同族に認められる平穏な家庭を持つこと。それがわかったとき、気まぐれで買ったこの指輪は俺とあいつの共通の見果てぬ夢、宝物になった。頼むよ、俺を守ってくれよ。
「ゲート突入、1単位時間前!、実行部隊は待機せよ。」
いよいよだ。あの船内のゲートをくぐれば、リゼア系の中心部である人工惑星に入り込める。「通常の宇宙空間を思わせる暗黒と無重力だが、一か所だけ明るいところがあり、そこが出口である。」と教えられた。その出口をくぐれば人工惑星の地図は公開されている。あの王がいる王宮へつながるルートさえも。平和主義で物理的に何の武力も持たないという神の国へ、テロリズムの悪夢を見せてやる。
移動は思ったより抵抗がなかった。エアカーテンをくぐるようにたやすく、俺と部隊は聞いていた通りの空間に入り込んだ。全員が入った時点でゲートは閉まる。後は出口へ向かうだけだ。
「…出口は?」
遠くにチカッと灯りがともっている。すでに最初に入ったやつらがそこを目指して動き始めている。が、その時…。
ナニヲシニキタノ?
音ではない。が思わず両手でヘルメットの上から耳を抑えたくなるような大きな声が聞こえた。全員がギクッとして思わず立ち止まる。そのとたん、暗黒だった空間がまぶしい光に満ち溢れた。目の前が一瞬真っ白になって、また暗転する。暗視ゴーグルがいかれたらしい。くそ。暗視ゴーグルをかなぐり捨てても、視界はまだ真っ白のままだ。出口がわからない。それどころか、部隊の奴らさえお互いにどこにいるのかわからない。
ミエナイノハ カワイソウ
ドッチニシロ ボクタチヲ ミルコトハ デキナイ
シカシ ホントウニ ワレラノ セイイキニ ハイリコム モノガ イルナンテ
オトナタチデスラ ココニハ カンショウシナイノニ
目を閉じていても、耳をふさいでいても、わかるし、聞こえる。ここは宇宙空間のように空っぽじゃない。大勢がいて、突然侵入してきた俺たちに驚き、腹を立てている。
「うぉおおお」
突然誰かが持ってきたレーザー銃を乱射した。たぶん上に向けて、威嚇射撃のつもりだ。何の手ごたえもない。俺たちの周りにいるやつらの話す声もやまない。
「よせっ、見えないまま撃つな。」
隊長の命令が聞こえる。暗視ゴーグル以外の装備は無事らしい。
コレニ アタルト ボクタチデナケレバ シヌノ?
ワタシタチヲ シナセヨウト シテイルノ?
イキテイルコトハ タノシイノニ。 アイテヲ シナセテモ ナニモ タノシクナイノニ。
ジブンガ シンデモ イイト オモッテルンジャ ナイノ?
ネエ アソンデ アゲヨウ
タノシク アソンダラ イキルコトヲ ヨロコベル カモシレナイヨ
ソレハイイ
ソレガイイ
イッショニ アソンデ アゲヨウ
とたんに、激しい風に吹き上げられるような感覚になった。かろうじて光に慣れた目を、薄く開けると、俺たちはみなバレーボールのボールのように、あちらこちらにランダムに弾かれ、巻き上げられ、飛ばされていた。まるで自分がぬいぐるみ人形になり、巨人のいたずらっ子どもにキャッチボールされているような感じ。何せ周りからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。慣性でどこまでも宇宙空間を飛ばされていく感覚と、くいっと引き戻されて、また別の方向へと飛ばされる繰り返し。それが何時間続いただろう。
ジャア、ソロソロ
最初に聞こえた大きな声がまた聞こえたかと思うと、俺は今までとは違う力に引っ張られているのに気づいた。慣れた感覚だとわかった瞬間、恐怖が襲ってきた。重力だ。
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