第35話 伝説
なるほどそうくるわけか。簡単すぎて引っかかるより外にどうしようもない罠が、やっと正体を現した。
おそらくずっと以前に、ここへリゼアの宗能力者が一人か、もしくは数人、やって来たのだ。そいつはわたしがやったのと同じように空を降りてきて、地母神フィーと名のった。そして一見ごくありふれた宗教団体を作ると、去っていった。
すべてはわたしに戦争をふっかけるために。
― 残念だけど、その質問には「いいえ」と答えなければならないわ。
人々がざわめいた。奇跡の主に「自分こそが地母神フィーである」と言ってもらえたら、彼らはどんなにか喜んだだろう。だけど、わたしはつい先日リゼア連邦大公の地位をもらったばかりだし、さらに言えばリゼア暦でたったの18歳である。何百年も前のマティにやって来れたはずがないのだ。そして、導師メンデ・カシオナは、続きをしゃべった。
「そうですか。私も残念です、大公。わたしたちはあなたに戦いを挑まねばなりません。」
― それが予言だから?
「その通りです。フィーは立ち去るにあたってわれらマティ人の未来を語ってくださった。それはわたしたちの中に聖典として残されているのです。その最後の予言が、」
メンデ・カシオナは、言葉を切った。例のリーダー格の老女が、後ろからメンデ・カシオナの肩を捕まえたからだ。老女は小さく首を振った。まるで口に出さなければ予言は成就しないというかのようだ。反対の手で彼女は泣いているメンデ・カシオナの娘チール・メネシャを抱きしめていた。ああ、この子も、他の人たちも、戦いが起こることを恐れていたのね。
メンデ・カシオナは、また話し始めた。
「最後の予言はこうです。長い年月がすぎて後、再び空より降り来る者があろう。それが私自身ならばよし。もしも私と同じ奇跡を生む私でないものならば、それは悪である。あなた方は最後の一人までその悪と戦わなければならない。」
メンデ・カシオナの言葉は、彼らの言う聖典として繰り返し読みあげられた文章なのだろう。一人、また一人とその言葉を唱和する人々が増え、最後の文は全員が声を上げて唱えていた。さながら決意表明でもするかのように。
― それがあなたがたの望みに反してもですか。
「はい。」
― 私もそれを望まないとしても?
「そうです、大公。とても悲しいことですが。」
何も言えなかった。自分の予知の導くままに、最善の策を取ってきたはずなのに、結果は何もしなかったことと変わらない。というより、自分が行動したからこそ、最悪の事態が起きてしまったことになる。これこそが罠と言わずに何と言おう。
「私の命を救ってくださったことには、感謝しています。けれど、マティの多くの人々にとっては、私がこの戦争を呼びかける前に反対派の人々の凶弾に倒れてしまっていた方が、どんなにか幸いだったかもしれません。私が傷つけられたことで、長年神殿を守ってきた私たちの仲間は怒り、市街の破壊に及びました」
ああ、なんてパラドックス。この人も私と同じことを思ってる。だけど、私は王だもの。目の前で志半ばで死にかかっている人を、放ってなんかおけなかった。
― この街を破壊するのが目的ですか。
「いいえ、大公。私たちの敵はあなたです。町の破壊はあくまでフィーの大導師たるメンデ・カシオナを攻撃したマティ政府に対して、示威行動をしたまで。それも町の人々を説得して避難してもらった後に、です。」
リーダー格の老女が口をだした。おそらくメンデ・カシオナがあのまま死んでいたら、あの娘を名目上の導師に据えて、彼女が内乱の指揮を執っていただろう。なるほどそういう意味ではこれは内乱ではない。彼らは外からの新たな権威たる私を排斥したいだけなのだから。予言書は間違っていなかった。
― では私がマティを立ち去ったら?
「それは不可能でしょう。」
― なぜ?
「今頃、宇宙エレベーターは破壊されておりますから。」
意識をサグに向ける。私からだとわかって、いつになく慌てた調子の返事がかえってきた。
― 申し訳ございません、王。してやられました。静止衛星本体でも地上施設でもなく、ケーブルの中間地点を爆破してきました。こちらはパニックのマティ人を抑えるのに手いっぱいです。なにせ上昇してきたエレベーターには重傷者の山で…。
こちらが付け焼刃でしか動けないことを、何百年も前の誰かに嘲笑われているようだ。なにせ向こうは私が生まれる前から準備期間があったのだから。ウロンドロスにサグの加勢をするよう伝えてから、目の前の会話に戻る。
― そのくらいのことでは、私を足止めすることはできませんよ。
何気ない素振りで返事をする。嘘じゃない。ミトラ本星まではちょっと及ばないけど、手近な交易都市までくらいなら単独で跳べる。
「ここを見捨てて帰ることができるとおっしゃるならば、お帰りになられればよいでしょう。あなた様がおられなくとも、われらの戦いは必然的に起こるものなのですから。」
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