第33話 裏側

― どうだ、アーセネイユ。何かわかったか?

 僕は否定の仕草をした。パニックになっている5人はもちろん、この家でいま気絶しているすべての人、さらにその家族や友人に至るまで調べても、まだ出てこないのだ。リゼアのリングで重篤な病人が生き返るということを最初に見つけたのは誰なのか、ということが。

 セシト・セアニャの甥の家の屋根の上である。サグとイクセザリアが5人を脅迫しているのを、ぼくはここでにやにやしながら聞いていたのだ。ちなみに5人の頭蓋骨の中に入れられたボールは、中が空洞になっている。多少脳を圧迫して頭痛なんかを起こすだろうけど、簡単に死んだりはしない。ただゼリーに載せて見せたものは鉛百パーセントだから、脅迫の効果は十分だ。

 セシト・セアニャの甥2人は金儲けをする手段としてリングを売っていたが、使い方については、以前トトラナが入手したような映像や人々の噂から知ったに過ぎなかった。また供給していた観光業者たちも、なぜマティ人がリングを欲しがるのかを逆に尋ねて、その利用法を知って驚いたのだという。

― となると、やはりあの証拠映像を調べるよりないな。

― 一番最初に出た映像を特定して、そこからたどるよりないですね。

 僕の共感応の力は、特定のキーワードをもとに多くの人の知識を検索していくことができる。イクセザリアが以前やった調査が「まるごと」ならぼくのは「ピンポイント」だ。

― やるなら病院関係者からだな。

― 分かれてやる方が、早い。3人で別々にかかる。

 イクセザリアの言葉にうなずいて、ぼくたちは別々の病院へ跳んだ。


― お待ちください、王。新しい情報が入りました。

 やたらと黙り込んでこちらの出方を窺うセシト・セアニャに辛抱強くあわせてやっていると、ウロンドロスが話しかけてきた。

― リングを死者の蘇りに使うのは、古い宗教の信仰の形態ではないかということがわかりました。

― それって、土着の信仰ということ?

― そうです。首都から見て北側に、もうひとつ大陸がありますね。そこに残った古い宗教の信仰のかたちなんです。

 アーセネイユが興奮したように割り込んできた。マティの首都の北にある大陸は、マティ歴の数十世代前に大規模な地殻変動で壊滅したのだそうだ。原因は地下で行った核実験だという。生き残った人々は生まれ故郷を捨てて、当時はまだ開発途上だった今のマティ首都がある地へ逃げてきた。彼らの信仰していたのが現マティで最大の勢力を誇る地母神フィーなのだ。

― フィーに奉納した指輪を死にそうな病人に持たせたところ、生き返ったという伝承があるんだそうです。病院の医者たちは家族や本人の希望があればやらせることにしているけれど、近年本当に生き返る例があって驚いている、と。

― アーセネイユ、その北の大陸というのは、今も誰も住んでないの?

― いえ、いくつもの町があります。古い神殿とか遺跡が残っているらしく、観光地というか、巡礼にくる人々が大勢いるとのことで。

― その宗教の発祥の地が残っていないか調べて。

― はい、すぐに王。

「ところで、セシト・セアニャ。あなた、地母神フィーの教会に行ったことがある?」

「なんだい、突然。そうだねえ、最近は行ってないよ。子どもの頃は親に連れられてお祭りにだけは行ってたがね。」

「じゃ、北の大陸にある神殿なんて、知らないわね。」

「はん、あんなところ、くずれたレンガ積みの遺跡があるだけだよ。神聖どころかがれきの山だね。」

「行ったの?」

「行っちゃあいない。写真で見るだけさ。フィーの降臨の地ってね、どこの教会にも飾ってあるよ。」

 そこまで聞けばあとは検証するだけだった。ウロンドロスとエルクリーズに後を頼んで、わたしは手近な教会に跳んだ。一瞬迷ったが、アバター体で入る。AIが仕組んだアイデンティティは「家族に重病人が出て幼少期以来久しぶりに教会の門をくぐった女」というもの。教会の世話役ともいうべき導師と呼ばれる中年の男ともっともらしい話をしている間、教会内部の様子と中にいた十人ほどのマティ人の意識を探った。

 教会の建物は、四方に入り口がある、神像を置いた広間と地下にある導師の住まいだけで構成されていた。神像は自分でも恥ずかしくなるくらいに、マティに降り立った時の私に似ている。ゆったりした衣装にマント、結い上げた髪。それらが風になびいて足元はあたかも階段を下りてきたかのように片足の先だけが地についている。マティの地母神フィーは空から降りてきてマティの大地を祝福し、人々を守護する神なのだそうだ。神像は薄黄色い石で作られ、顔が直に見えないよう黄褐色の薄いベールのような布が被せられていた。左手に指輪をはめているのも彫刻されている。

 だが一つ似ていない点があった。神像は細くて身長ほどの長さの杖をついている。杖の天辺には子どもの描く太陽のように長短の金属棒をつけた球がついており、そこにはいくつかのリングがひっかけられていた。そのうちの一つが古びてはいるがリゼアの死者のリングであるのが見てわかった。病人のためにあのリングを借りていくのだということも周りの人々の意識から読み取れた。

「新しく奉納されたリングよりも、古い物のほうが霊験はあらたかでございます。ただ喜捨のほうもそれなりに高額に…」

 導師の言葉にAIは今日は持ち合わせが少ないので、また出直してくると返事をし、他のマティ人のまねをして神像に膝をついて祈る真似をすると、教会を出た。

 入った時と違う出口に行くと、セシト・セアニャの言うように、北の大陸の神殿の写真というのが掲げられていた。並んでいる説明図によると、北の大陸でもごくこちらよりの平原部にあるらしく、今は崩れてしまったがかつてはフィーが降り立った場所として大きな神殿が作られていたのだと書かれていた。

 もう一度、先ほど話をした導師の意識をさぐる。リングを使った再生の願かけの起源がいつからなのかはわからない。でもこちらの大陸に移住してくるとき、等身大の神像とともに奉納されたリングをたくさん持ってきたという話は伝わっている。古いリングは繰り返し使われ、新しい教会が増えるたびに分け与えられてきた。最近では古いリングの様式を模した、新しいリングの奉納も多い。

― サグ、急いで宇宙エレベーター下の商業施設の所まで来て。アーセネイユ、イクセザリア、ついてきて。急いで確かめることがあります。


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