第31話 親善

 マティ親善訪問当日。

 私はマティに一基しかない宇宙エレベーターに着くと、地上へむかうケーブルではなく、外の空間へテレポートで出た。そしてマティから空気を取り込むと、自分を中心に直径が身長の五倍程度の空気の球を作った。絶対零度とまではいかないが、相当に低い温度のせいで球体の外側の空気は瞬く間に凍りつき始める。大きな氷のシャボン玉の出来上がりだ。シャボン玉の膜が十分厚くなるのを待って、そのまま地表に向かって降下していく。今度は摩擦熱で氷が解け始めるが、降下のスピードが遅いので溶けきる前に大気圏に入った。

 地上から視認できる高さになってからは、さらにゆったりと歩いて降りるという演出付きである。いつも通り鮮やかな紅の礼装の上に、マティの地母神の色である黄褐色のマントを羽織った姿は遠くからもよく見えたそうだ。エレベーターでの降下を想定していたマティ上層部は唖然としていたが、逆に見物の群衆は熱狂した。天より下りてきた神の降臨を目の当たりにしたのだから、当然だ。ついでにそういう見方を群衆にばらまいたのはアーセネイユである。

 地上に降りると、暗殺目的で仕掛けられた地雷をやすやすとかわし(私は例によって空を踏んで歩いているから、当然なのだが)、銃弾の類はことごとく私の三歩手前で消滅し、自爆犯の何人かは気絶状態になった。どれもこれも児戯に等しい行動なのだが暗殺を計画した側にしてみれば自分の目が信じられない出来事であっただろう。出迎えたマティ政府の代表者と挨拶を交わし、用意された声明文を発表すると、その日の予定はほぼ終了だったが、マティの市民の驚きと興奮と熱狂は予想以上だった。彼らはこの新しい「天から降りてきた者」に夢中になった。マティ政府の目論見とは逆に。

 翌朝。

 私の宿舎にあてられた厳重警備の建物に筐がわりにしつらえた小部屋へやってきたのは、エルクリーズだった。めったに着ない礼装で、しかも変色生地製である。自分の色を着るのがリゼアの礼装の基本だから、好きな色に調節可能な変色生地で作ったものは礼装にならない。つまりは見せかけだけの礼装もどきだ。途中で私と入れ替わっても大丈夫なように、一瞬で色や雰囲気が変わる変色生地を着ているのだ。

― 完全武装ね。

― お身代わりですもの、このくらいは。

― あの、どの辺が、武装なんですか?

 アーセネイユの質問に、わたしはサグと顔を見合わせた。やれやれという表情でサグが言う。

― あのなあ、今日のエルクリーズは途中まで王の身代わりをするんで、着飾ってるだろ。アクセサリーのように見える、あれは何だ。

― へっ。え、あれってまさか、全部白のリング、ですか?

― ご名答。

― でも、それって、危なくないですか。エルクリーズがエネルギー抜かれて倒れちゃいますよ。

― 先に王が充填済みですのよ。わたしは持ち運んでいるにすぎません。

― いや、それはそれで怖くないですか。何かの手違いで切れたりしたら大爆発…

― まあ、そうだな、惑星の一割くらいはふっとびそうだなあ。

― ええええー!

 驚くアーセネイユに、わたしたちは笑いこけた。

― んなはずないに決まってるだろう。

 サグが苦しそうに笑いながら、アーセネイユの肩をバンバンたたく。こういうときのために調整された白のリングで、実は彼女が普段使っている緑のリングと同じ物なのだ。どっちにしても普段は両足首と両手拇指、利き手の上腕と反対の手首とで全部で6つ着けるだけのリングを、両手のすべての指と髪にまで編み込んであるので、5倍近く身につけていることになる。

― 髪や指につけているのは半分くらいは偽物です。切れたら逆に偽物だと分かってしまいますから、細くても切れませんのよ。

― はあ、そうなんだ。でも半分は本物ですよね。あ、だから武装なのか。

 やっと意味がわかったアーセネイユは、逆に感心する。そう、めったにないことだが、白のリングは切れると内側に溜まっていたエネルギーを急激に放出する。いわば爆弾と同じなのだ。

― でも、よくこんなにたくさん身に着けられますね。動きにくくないですか。

― 動きにくくするために、こうするのですわ。権威というより王の自由を奪うためでしょうね。神々の王ですもの。

 そういうことなのだ。リゼア人の持つ力は外の人々から見れば生き物の域をはるかに超越している。外宇宙の人々に神と呼ばれているのは知っていたけど、たかが親善訪問でさえも、王が来るならがんじがらめにしておかない安心できないという考え方もあるのだ。神様は人の味方ばかりではないことはどこの星も一緒なのである。

― イクセザリアはこんな恰好をするのは、絶対に嫌だと。だから私ですのよ。

 さもあらんである。イクセザリアの身のこなしは、重力や気圧の制限を感じていないのかと思うほどいつも機敏で隙がない。昨日の自爆犯を気絶させて回ったのは、半分は彼女なのだ。

 今日の私の予定はもちろん惑星政府首脳との会談なのだが、実際に会談の場に座っているのは私の幻術体アバターを務めるエルクリーズなのだ。私自身はといえば到着後から精力的に病院巡りをしている。昨日の大々的に報道された「降臨」の時と同じ衣装で、子どもや若者の病人・怪我人を中心に治療して回っているのだ。例のリングを押し付ける方法ではなく、直接私自身が触れることによって、莫大な生命エネルギーを分けてやり、回復させるのである。しかも、行き先はなるべく会談の場所から遠く離れた小さな町に限定していた。移動はテレポートだから瞬間的なので、マティ人の目には同時に何か所にも王が存在しているように見えるという仕掛けだ。もちろん、身代わりのエルクリーズは会談の一部始終を私とウロンドロスと三人で共有し、齟齬をきたさないようにしている。私を本当に神らしく見せる演出だ。

 私たちが考えた親善訪問は、マティ政府のおぜん立てに徹底的に乗ってしまおうという作戦だった。私は政府の首脳と会談しながら一方で、あっちこっちの病院で重傷者を治して回る。リゼア連邦大公らしい、まさに神の御業を猛烈にアピールするのだ。これで貿易推進派は格段に増えるはず。内乱がどっちに傾くかを考えれば黒幕たちも安易に動けなくなるだろう。

「マティの市民の健康と豊かで安全な生活のために。」

「マティとリゼア連合の今後の発展のために。」

 歓迎晩餐会の会場で乾杯の声が上がるころには、マティは政府も民衆もみなわたしという新な神の信者とりことなっていた。

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