第22話 記憶

 どう判断したらよいものか迷ったときは予言書を見に行くことだ、ということは、亡きお父様に教えてもらった。お父様自身も、ときどきお母様ではなく予言書を見に行くために新生命宮へ足を向けていた。幼い私は専ら眠っているお母様を生命維持装置のカプセル越しに眺めに行くことがほとんどだったのだが。

 影たちに当面の監視は指示したけれど、これがいつどういう形で動き出すものかというヒントが欲しかった。というのも建前である。すでにここまでの予言は私も知っているし成就しているのだ。

「若き四人の王立たれるとき、リゼアは過去の償いを強要される。備えるべし。古き業績わざの陰にこそ人の憎しみは新たなり。」

 これは予言書の冒頭の詩句、成就したものから消されていく予言書の中で、とうとう冒頭にまで来てしまった古い詩句である。若き四人の王の一人は現セレタス王、これは銀海の宮があの人の即位が決まった時に言い放ったそうだ。さしずめ私は二人目というところか。古き業績わざの調査に行ったのに何の成果も得られないまま帰ってきた私が。

 15歳の誕生日に成人体を得てから数日後、私とコスミアは新生命宮の控えの間に呼び出された。3年間の外宇宙での研修の内容を聞くためだ。控えの間では当時のミトラ王とあの人が待っていた。私とコスミアそれぞれの母星の王が。

― 久しぶりですね、アイシス公。母上はご健勝かな。

― はい、元気にしておりますわ。

 挨拶は先のセレタス王の娘であるコスミアからだった。あの頃は彼女が王族アオではないなんて思ってもみなかったから、その辺りは順当だと思っていた。前置きが終わって私たち2人に命令されたのはナ星区にあるソル系第3惑星において、過去リゼアの実験地であったことを証明することだった。

― ときにガルカナの洪水については知っていますか。あなたがたがまだ小さい頃のことだが。

― 学校の王族クラスで聞いた程度です。

― あれが人災であったことは?

― いいえ。どういう意味でしょうか。

 ガルカナはリゼア系と同じヒ星区にあるアード系の第4惑星の都市の名である。予言書に基づき豪雨による河川の氾濫の被害を防ぐべく住民数十万人の避難と、水流の緩和を進めているさなかに、都市よりはるか上流にあったダムが決壊したのだ。これにより最初に避難した子供や病人たちの落ち着いた先が濁流の餌食になり、避難の完了していなかった都市の機能も破壊された。かなり人命の被害が出たはずだ。

― あれはわたしが即位してまもなくのことでした。慣れないわたしを気遣って、先王のアイシス公も現場に来てくださっていた。

― そう、わたしも憶えている。われわれはいつものように十分な人手を配置し、万全の対策をしていたはずだったのですよ。腑に落ちなかった私たちは、ダムの調査をして愕然としました。

 造られてから百年近く経っており、大規模なメンテナンスも何度も行われていたはずのダムの基底部分には、建造の前からあったとしか思えない爆発物の痕跡があったのだ。そして起爆のスイッチとなっていたものは、テレパシー受信機だったのである。

― ガルカナが洪水に見舞われそうになり、その対策にリゼア人がやってきた、というタイミングでダムは壊れるようにしてあったわけです。

― それではまるでリゼアを陥れるための罠ではないですか。

― 二人とも、予言書の冒頭の詩句を知っていますか。

 そこで私たちは初めて例の詩句を見せられたのだ。ガルカナは遠い昔、リゼアの社会構築実験が最初に行われた場所ではないかと目されている地だという。それならば他にも同様の実験地であった星でも罠がある可能性がある。

 有意的なほど過去にさかのぼる能力や技術は未だないのだ。とすればガルカナの災害は遠い過去に現代のわれわれを攻撃するために仕掛けられた過去の精鋭たち、リゼアの社会構築実験のために選ばれた人々による罠だと考えるより外はない。なんのためにかはわからないけれど。そしてそれを予知したのか、わざとそれらしく書いたのかわからない、あの詩句の存在。

 ともあれ、王たちはガルカナの洪水以来他に該当する罠がないか、至急調査する必要に迫られたのだ。そのため記録に残っている限りの実験地を調査しているところなのだという。ナ星区ソル系もそのひとつだが、ただしそこはリゼア連合に加入してから日が浅いため、リゼア人の訪問自体が少ない。そのため、異体での潜入調査になるしかなく、私たちが選ばれたのだった。

 成人体をもらったばかりの私たちはまだ原野酔フィールドトランスの名残が残っていた。肉体という枷から解放された精神体の高揚感や万能感をまだ少なからず引きずっていたのである。おそらくはそれを見越しての、結果が出ても出なくてもかまわない任務を振られたのだと今はわかる。だからこそ、まともな報告書すらも未だ求められないのだから。だがあの時は与えられた任務の重大さを感じてひどく誇らしかったし、必ずやり遂げられると信じ切っていたのだ。敗北感に似た気持ちを抱いて予言書を頼りに行く私は後ろめたいような気持ちでいっぱいだった。

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