第21話 不穏

― 惑星上に筐が設置されてるって? そりゃありえないだろう。

 報告したら案の定、疑われた。僕も何回か確かめたが、表向きにはどんな検索をかけても上がってこない。リゼアの王都以外に惑星上に設置された筐はないはずなのだ。だが現在あいつのいるところは交易都市ヴァンセルガにほど近い、オーフ系の中にある開拓中の惑星だ。筐を出てすぐ、交易都市ではありえない量の日差しや風があったのを僕が見ている。

 ミトラ白砂宮内院。久しぶりに王と影たち全員が顔を合わせていた。不定期に招集される僕たちの御前会議だ。

― オーフ系第4惑星って、どんなところ?

王が尋ねる。うん、まあ小さな星系、小さな文化圏だからね。リゼア連合の中でも目立たないから、僕もよく知らなかった。イクセザリアが黙って座の中央にスクリーンを出し、公式情報を呼び出す。

 あの惑星は厳密にいえば再開拓になる。オーフ系の人類発祥の地だったのだが、お定まりの戦争と深刻な空気汚染でいったん放棄された惑星なのである。オーフ系の人口の大半は今は第5惑星で暮らしている。第4惑星はオーフ系人の寿命で20世代以上も放棄され、その後長い環境改善の取り組みを経て、やっと人間の生息が可能になったのだ。

 文明というのはみなそうだ。何度か壊滅的な災害を受けて、そこから自力で立ち上がったり他星区の支援を得たりして復興する。その繰り返しの中ですべての文明圏は成熟していくものだというのはリゼアにおいては基礎知識だ。リゼアの今の文明もまたそうやって構築されてきたものだからである。

 オーフ系第4惑星もそうした文明の成長点の一つだ。今は第一次産業を主体にした開拓中の惑星である。しかも開拓が始まってリゼアの暦で十年足らず。若い星だね。

― その筐の件に関しては、わたしに心当たりがあります。

深刻な顔をしているものの、話を引き取ってくれたのはウロンドロスだった。

― ずっと以前から指摘されていた筐の誤作動のひとつなんですが。

と、前置きして、ウロンドロスは僕たちみんなにたずねた。

― 我々リゼア人にとって、筐の必要性は何ですか?

― 安全な移動先の確保、でしょうか。

エルクリーズが答えた。うん、自力で移動ができる僕たちには、筐を使う必要性は、強いて言えばない。

― それから移動にかかるエネルギーを節約して他の人に使ってもらうため、よね。

と王。そう、王なんて全く筐を使う必要がないはずなのに、毎回律儀に使っているのはいちいち移動先の安全を確認する手間が省けることと、移動テレポートの力が弱いか、他の星系の人々のように全くない人の移動の手助けをするためだ。筐は移動テレポートにかかるエネルギーを溜める装置でもあるのだ。

 大部分の交易都市の「移動ゲート」すなわち筐は、リゼアのどこかの王都のゲート地区と直結している。エネルギー源を共有しているのだ。言ってみればリゼア人が移動するときのエネルギーの余りを使って交易都市の人々は移動をしているのである。

― その通りです、王。交易都市では安全性の高い筐ほど、リゼア系とのつながりが強固です。逆にいえば、民間に下げ渡した中古品などはつながりがごく細いか、中にはまったく持たないものもある。

― つながりがないって、どうやって運用してるの?

王は知らないことは何だって聞く。ウロンドロスみたいな人が重宝されるわけだ。

― 簡単に言えば移動エネルギーを買うんですよ、王。使用するときだけ、特定の筐につながせてもらうのです。その分相手方に対価を払う。

サグがここぞとばかりしゃしゃり出て説明する。

― 対価って…。直につながってれば無料ただでしょ?

― 無料ただなのはリゼア系の人々だけですよ、王。ほかの星系というか、交易都市間の筐は使用料を取ります。それがリゼアの貿易収入源なので。

― へえ、そうなの。

― そうまでしてもつながりたくない理由があるのですよ。

― 何か、やましいものを運んでる。

 イクセザリアが答えた。この人は、一緒に仕事してわかったけど、ものすごくしゃべらないし、表の経歴のわりに裏の事情にくわしい。

― でも、筐に移動の記録はのこるでしょう。

王は食い下がる。

― 残さない方法があるのです。だから誤作動というよりないのですが。

 ウロンドロスの説明はこうだった。本当に使い古して廃棄されるしかない筐Aに別の筐Bから最後の1回の荷物を送る。その移動が終わった後で筐Aは廃棄となり、処分場に運ばれる。当然書類上も筐Aは抹消される。だが、そのあとで筐Bから「再送」のスイッチを入れると、処分場にある筐Aに荷物が送られてしまうことがあるというのだ。

― つまり、荷物が行方不明になるということですの。

 今度はエルクリーズが尋ねた。いや、そういうことじゃないと思う。この人は根っからの王宮勤めの高位市民ミドリで、考え方が良くも悪くもリゼア的だ。

― 確かに表向きはそうなりますが。では、もしこの筐Bが廃棄物処分場でなく、別の場所、たとえばどこかの惑星上に置かれたとしたらどうなりますか。

 全員が筐のからくりを理解した。だれも捨てた後の廃棄物ゴミの行く先なんか気にしない。いや、ゴミでなくてもゴミだと言い張ればいいのだ。廃棄する筐の代わりにまだ十分使える筐をゴミだと言って持っていけば…。

― あったのね、実際に。

― ええ、誤作動を装って受け取り専用の筐を使っていた例がありました。それ以降筐の廃棄の場合は機能を全壊するようなシステムが組まれているはずなのですが。

 やっぱりそうだ。たぶんまだ十分使える筐を、ゴミと称して運び込んでる。でもゴミだから記録にはなくて、検索もできないということか。でも、待てよ。

―あのっ、この場合移動元というか、発送元は武器を扱う店で、人だけじゃなく荷物も送ってたんですが、それって…

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