第19話 誰何
数日後、私はミトラ王宮で交易都市ディクラの責任者からのメッセージを受け取った。例の宇宙船の5人の乗員が回復したので、帰国前の挨拶をさせたいという公式書簡である。1日前に事故の概要を聞き取った報告書は上がってきている。あとは確かめるだけだ。相手が外の人々なので、時間が指定してある。私はその時刻だけ見てからディクラに跳んだ。
サグとアーセネイユはまだディクラに残って2人の暗殺者を調べていた。場所はサグが根城にしているという飲食店の裏手の家だ。サグによれば片方は小物で、半ば好奇心に駆られて毒矢を撃っただけで、毒も大した効き目はなかったという。
― まあ、自分で確かめてみないと気が済まない、というタイプの愚か者ですな。本来なら記憶を消してさっさと放り出すところですが、ちょっと姫様には関心がありそうなことを考えてる奴でして。
サグは思わせぶりな顔をしている。片やアーセネイユは困っていた。
― もう片方はテレパシー防御の障壁をかけてます。催眠暗示タイプで意識を失ってる間は発動し続けるんで、抜いていいものかどうか迷ってます。
― だったら起こした状態で抜けば?
― 記憶が二重底になってるんです。意識のある状態ではうわべの記憶しか本人には出せない。下手に奥の記憶に手を出せば脳が崩壊して死ぬかもしれません。
― へえ、おもしろい。それ、見せて。
二人の男たちは、一人ずつ半透明の繭状のカプセルに入れられていた。片方はソル系人だ。なるほどこっちがサグの言う方ね。もう片方は見かけはグー系の一般人だ。だが本人はグー系の富裕層の生まれで、将来は外交の仕事をするために研修に来ていると思い込んでいる。グー系人は大雑把に言えば水陸両生だが、富裕層ほどうろこが細かくて、陸上に適合している。うろこが大きく水生を好む一般人は宇宙空間の滞在に制約が大きいのである。
― 刺客、というもの?
― そうですね。このうわべの記憶を放っといたら多分それだけで死にますよ。
― じゃ、抜いてあげるほうが親切ってものね。
わたしはカプセルの上から覗き込んだ。このカプセルは「黒の牢獄」と呼ばれる。中は無重力で、浮かんでいる人体はありとあらゆる感覚を遮断させられ、こちらのテレパシーによる呼びかけに答える以外に何もできない。脳に入る一切の情報をいったんこのカプセルに内蔵されたコンピュータがすべて吸い取ってしまうからだ。真っ暗で音もにおいもなく、何も触れることもない世界に閉じ込められている状態、だから「黒の牢獄」というわけだ。逆に生命維持のために出す情報は読み取ったうえで素通りさせているから、死ぬことはない。栄養も排泄も完全看護状態だ。
意識を中の男の脳幹に滑り込ませる。男がびくっと体を震わせる。テレパシー障壁は外からの侵入に備えた、いわば家の外壁のようなもの。地下からいきなり室内に入り込めば密室に入るのも簡単なことなのだ。
― わたしを爆殺しようとしたのね。
― そうです。自爆というやつで。
男の記憶をざっと読みとって、報告書の様式に流し込む。彼を洗脳したのはグー系人ではない。前金をはずんでくれて、彼の家族の金銭トラブルを救ってくれた相手がどこの星系の者か、彼にはわからない。わかるのはグー系人ではないことだけ。
― 自分が何をしようとしたかもわかってないわね。記憶を消してグー系人の多く住むあたりで放してあげなさい。
― 仰せのままに、王。
記憶を消す、というけどいわば適当に空白の空いた記憶を上書き保存するのである。いわゆる記憶喪失というのとはちがって、これは施術した我々でないと戻せない。そして大方の場合戻すことはない。
― さて、こっちは。
簡単に覗ける記憶を見てわたしは唖然となった。
……神がこの世界のすべてを造ったというのなら、すべてを壊してしまうことも可能なはず。ならばあの大災厄を起こしたのも神、すなわちリゼアだ。
この男の中には、家族を喪った悲しみが満々と湛えられていた。それが発酵してゆえない憎しみに変わるほど長く凝っていた。だが彼の論理は一番の大元の所でわたしの疑問に思っていることと重なる。
― ふうん、この人、しばらく監視させて。できる?
― もちろんです、王。前から目はつけておりましたので。
決められた時刻が来て、交易都市ディクラの市長公邸で、わたしは5人の地球人と対面していた。
「この度はあの大きな事故から我々を救っていただきありがとうございました。なんとお礼を言ってよいやらわかりません。」
「船の残骸を見ました。本当ならわたしたちはみな船とともにごみのようになって死んでいたはずです。王様のお力のおかげです。」
口々にお礼を言って頭を下げる。
「皆無事に帰れるほど回復できて何よりです。不慮の事故で生を全うできないことはわたしたちの最も厭うところですから。」
5人を見渡して私は話しはじめた。
「二つ、頼みがあります。まず一つは、あなた方の宇宙船が事故の巻き込まれた座標を教えてほしいのです。」
「それは、船がああなってしまった以上…」
「だいたいでかまいません。これを使って。」
5人の席の間の床がスクリーンになって、地球圏の惑星群を映し出す。
「これが、出発日の惑星配置です。」
「でしたら、こうっと…」
船長だと自己紹介した男が、操縦士だというもう一人と額を寄せて、航路を確認していく。
「はい、たぶんまちがいないです。このあたりかと。」
男が指さす。予想より遠い。こんなに離れていて使えるものなのだろうか。
「ゲートに入った感覚はあったのでしたね。」
「ええ、わたしら2人は大型の船にも乗っていたことがあるので、ゲートに入る時、出る時の感覚も知っています。」
「ただこんなところにゲートはないのです。第4惑星火星の重力圏に近すぎる。」
地球圏に最も近いゲートは、第6惑星土星の重力圏を越したところにある。彼らの乗ってきた小さな宇宙船ではそんな遠くまでは来られないのだろう。
「ありがとう。ゲートの設置や維持管理は我らリゼア系の大切な責務。必要な情報の提供に感謝します。」
一旦言葉を切って、スクリーンを消す。後の3人はなんだかもじもじして居心地が悪そうだ。3人のうち2人は目的地である第5惑星の衛星上にある、採掘基地がちょっと大きくなった程度のコロニーへ行く民間企業の交代要員。そしてもう1人は控えの操縦士兼メンテナンス要員だとか。話の仲間に入れなくて身に置きどころがないのだろう。
「あと一つの頼みは、あなた方の目的地まででいいので、地球圏の人を1人、連れて帰っていただきたいのです。」
「いわゆる迷子ですな。承知いたしました。」
船長は話が早かった。彼らはこのあと地球圏最寄りの交易都市までゲートで移動し、商業組合の交易船に乗せられて当初の目的地に向かうという。
「よき旅路を。」
わたしは席を立ち、同じ言葉を近くで彼らを待っている彼女にも送った。
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