第18話  邂逅

 護衛らしい護衛もなく、お付きを一人だけ連れて歩き回る王の姿に俺はあきれるを通り越して感心していた。自分が狙われるとか考えてないのだろうか。

 交易都市はまっとうな貿易商や観光業だけの街ではない。自分の星にはない武器やクスリを求める人のニーズにも応えるし、逆に特技を生かした暗殺や強盗などの闇商売だってちゃんとある。一人くらいこの無防備な王を襲う奴がいたっておかしくはないだろうと思うのに、これまでのところ何もない。市警の警護さえお断りになったから表立ってはついていないという噂である。ということは、そこいらの群衆にリゼア人の護衛やらシークレットサービスやら警察の要人警護担当やらが紛れ込んでいるという可能性が高い。

 王は微笑をたたえながら観光客用の表通りの真ん中を歩いてくる。群衆はカーニバルのパレードが通る時のように、道の両側にしつらえられた柵の中から手を振ったり撮影したりしている。ふいにボンっという爆発音がした。王は立ち止まり、人々は音の出所を目でさがし始める。

「あ、花火だ。」

 子どもらしい声がして、みんな上を向いた。本物のファイヤーワークではない。交易都市がいかに大きくても閉ざされた空間だ。酸素の消費が大きく、かつ天井側を破損させる恐れがある火薬を使った花火の類は禁止なのである。これはパーティ用のクラッカーの大きめのやつに色が変わるホログラムフィルムと発光用触媒を混ぜたものを入れて打ち出すだけの代物だ。それでもわずかな時間、空中でひらひら舞い鮮やかに色を変えるこれは花火のように見える。

 群衆に笑顔が戻り、王がまた歩み始めた。すぐ2発目、3発目の花火が揚がる。群衆の半分は空にくぎ付けになった。

 そして5発目の花火のとき、俺は目の前を通り過ぎる王に向かってマウラピストルを撃った。手の中に納まるほどの小さな薄い箱型の装置で、スプリングで発射されるものは爪楊枝ほどの毒矢である。発射音もごく小さなものだ。王との距離は10メートルとない。狙ったのは腰から腿にかけての部分。はずすわけがなかった。毒は即効性ではあるが、即死はしない。

 リゼアの王だろうと不意を突けば倒せる、その確証が欲しかった。

 だが、いつまでたっても王もお付きも何の変化もない。普通ならもう呼吸困難を訴えて倒れているはずなのに。当たらなかったのか? なぜ?

 どっちにしろ失敗だ。王の後ろ姿に背を向けて立ち去ろうとした瞬間、誰かに袖を掴まれた。

「落とし物だよ、兄さん。」

見覚えのない若い男だった。金で雇って花火を上げさせた小物ガキとも違う。

 男が突きつけてきたのは、透明なプラスチック製の袋に入った、俺の発射した毒矢だった。とっさに男から逃げようとしたとき聞き覚えのある声がさえぎった。

「おや、こりゃあバッハの旦那じゃないですか。いやあ、ご無沙汰してます。また今度は面白い趣向をなさったんですねえ、ささ、ちょっとお付き合いを願いますよ。」

 キッドマは初めて俺を「Evening star」に連れ込んだ時のように、肩を押して歩かせた。逃げられない。どういうわけか足が勝手に歩くのを止められない。心臓が早鐘を打ち、背中を冷や汗が伝っているのに、声も出せないし、キッドマの手を振り払うこともできない。路地から裏通りへ入り込み、何件目かの家で裏口から家の中に入れられた。と、そのとたんに俺は意識を失った。


 町の通りを歩き、いくつかの大きな商店をたずねるだけだが、慰問はおもしろかった。実際ワレモノがこわれたり、液体の入った容器がひっくり返ったりという以外に大きな被害はないことや、雑多な出自の人々がおおむね好意的にリゼアを見ていることもわかった。市長の公邸にはわたし宛のプレゼントが山積みになり、ラブレターから脅迫状までさまざまなメッセージが寄せられたそうだ。暗殺未遂も2件、不可能に挑んだ勇気ある犯人はサグとアーセネイユが捕まえている。

 そして最も大切なのは待たせておいた彼女と話ができたことだった。群衆の中に立っている見覚えある仮面。

―久しぶりね。元気そうでよかった。

―新生命宮で寝てるより、うんと楽しくていいわ。

皮肉な調子はない。ヒメサマだったころのおおらかな彼女が戻ってきている。

―彼ら、無事だそうね。便乗させてくれるかしら。

―大丈夫よ。命の恩人の頼みを無下に断ったりはしないと思う。別に悪いことさせるわけじゃないもの。 

 交易都市にはわりと頻繁に迷い人ができる。私たちが筐とよび、多くの人々が移動ゲートと呼んでいるものの誤操作や意図せず内部に入り込んでとばされたりするケースが後を絶たないのだ。商業用の筐には体育館ぐらいの広さがあって大きな機械類の展示場のように見えるものや、設置者の母星の文化に合わせて内装されたものなどもある。特に人が乗らないものは外にスイッチがあるので、なんだかわからない部屋に入ったらなぜか別の都市にとばされてしまい、そこからさらに迷って…というケースが珍しくないのだ。各交易都市の警察には迷い人の身元確認と故郷への送還を専門にする部署が必ずある。

 要は彼女を地球人の迷い人に仕立てて、連れて帰ってもらおうという算段だった。彼女が地球にいたときの異体はすでに私の方で保管してあるのだ。

―連絡するから。

―待ってるわ。

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