第17話 慰問

 交易都市の責任者の住まいは、ここへ出入りするリゼア人の拠点としてもつかわれているのだそうで、さながら簡易ホテルといったところだった。アーセネイユも顔を見せた。

―どう、外宇宙にいることに慣れた?

―ええ、なんとか、…はい、王。

―ここではわしの故郷の身内ということにして、連れ回しておりますよ。

ところで、どうします。このまま市内を回られますか。身分がわからないようにすることもできますが。

―このままでかまわないわ。そのかわり案内はしてね。

 私とイクセザリアが主従として、すでに顔が知られているサグとアーセネイユが用心棒のようについて歩く、という形で、慰問が行われることになった。アーセネイユによれば、私の即位式の映像はここでもさんざん流れたそうなので、たぶん歓迎されるだろうという。

 

 立体映像で映し出されていたものは今現実にこの交易都市の外で起きていることなのだと気づくのに時間はかからなかった。あちこちの駅やら商店の空きスペースやらに誇らしげに貼りだされているこの都市の遠景、近景のポスターでおなじみになっている都市の特徴ある外壁が映像の背景に映るからだ。いったいどうやって撮影しているものか、カメラは次々と切り替わって散らばっているリゼア人が何やら打ち合わせている様子やら、外を指さして騒いでいる展望席の市民やらを映し出していく。

「なあ、あれ、こないだ即位した王様じゃねーの。」

 誰かが大声で言う。そうだ、まちがいない。ニュース映像で何度も流れた、分身の術みたいなパフォーマンスをやった王だ。リゼア人は総じて地球人よりは小柄で髪の毛を長く伸ばしており、ゆったりした衣服も似通っていて男女の区別がつきにくい。おまけにここに集まっている者は地球なら少年少女だと思われるほど、みな若々しい。

「見かけで彼らを判断してはいけませんよ。」

 ふいに社長が言った。

「彼らの本当の力を見ることができるいいチャンスです。なぜ彼らが神々だと言われるか、よくわかりますよ。」

 何やら難し気な顔をして虚空を見つめていたリゼア人たちがふいにみな両手を前に突き出した。まるで何かを止めようとするかのポーズ。とたんに何か影のようなものが現れて、画面の中で大きな爆発を起こした。悲鳴がいくつか上がった。

 と、そのあとで間髪を入れず大きな横揺れが起こったのである。今度は嵐のような悲鳴の交錯。そりゃそうだ、これは画面の中だけのことじゃない、すぐ外のことなんだ。影響もある。

 びっくりしたが、揺れは1回だけだった。地震なら揺り戻すのだろうが、宇宙空間に浮かんでいる交易都市は爆発の衝撃で「ずれた」だけだった。いわば止まっていた乗り物が突風でちょっと動いたようなものだ。ちょっと待て、あれだけの爆発で、あのリゼア人たちはどうなった?

 てっきり映らなくなっているだろうと思った映像は不思議なことに生きていた。どこから撮ってるんだ? すると画面は切り替わり、遠景のカメラによる爆発の再生リプレイが始まった。おそらく小型の宇宙船だろうと思われるものが信じられないスピードで突っ込んできて、緩いU字型の障壁にぶつかり、爆発したのである。あの障壁は交易都市の隕石防止用の障壁じゃない。あれは見事なくらい突っ込んできた宇宙船の方向に合わせて作られていた。まさかあれを人の力で瞬間的に造ったのか!

 何度か距離や方向を変えて繰り返されたリプレイが終わると、画面はまたリゼア人の姿に変わった。もう機体の残骸の後片付けである。手を触れることなく、もちろん機械類の使用もなく、残骸は次々と運ばれていく。アナウンスが入り、リゼア人の死者・負傷者は皆無であること、彼らの作った障壁が交易都市を守ったこと、宇宙船の乗組員は直前に救出されて命に別状ないことが伝えられた。画面の前の人々から歓声が上がった。

 信じられなかった。リアルタイムであの揺れを感じていなければ、できのいい作り物の映像だと思ったほどだ。これをあれだけの人数の、人の力でやるだと!

「わかったでしょう、彼らは我々の考える神に近い存在なんですよ。あの力には対抗できない。」

「でも、ふいをつくことができたら…」

「あの宇宙船のスピードを見たでしょう。おそらくは全く偶然にここへ弾き飛ばされてきたんです。彼らが何もしなければ気づいた瞬間にはこの都市は衝突されて壊滅的な被害を受けていたはずですよ。」

 俺も思い出していた。コレハヨチニヨルケイコクデアル。予知。

「予知するんですよ。事故そのものは起こる。それを予防して、全くなかったことには決してしないけれど、被害は最小限度に止める。それが彼らのやり方なんです。」

「こんな芸当ができる人々を敵に回したい者はいません。だから皆リゼアの傘下に入りたがる。搾取されるわけでもないですしね。」

 なるほど、みんなリゼアの信奉者になるわけだ。リゼアの物は何でもありがたがって使うけれど仕組みさえ知ろうとしない。俺の考えはまちがっているのか。俺の故郷があんなになったのは、偶然だっていうのか。

そのとき、止まっていた画面がまた動き出した。

「王様だ!」

「ミトラの新王様が、ここにきていらっしゃる。」

 見憶えのある装飾柱のついた大きな建物。市長公邸の正面玄関前だ。クマのぬいぐるみを思わす体型で、普段は愛嬌のいい市長が、傍目にもわかる緊張っぷりで新王と並んでいる。画面は交易都市の地図に切り替わり、アナウンスがこの後の王の立ち寄り先を伝えてくる。

「うちの店のある街区へもお寄りになるぞ。こうしちゃおれん。」

「ねえ、見に行きましょうよ、王様。こんな機会二度とないもの。」

 あたふたと人々が立ち上がる。後日この場所で王の慰問に歓声を上げている彼らの様子までがセットになったニュース映像が出回ったのには、驚きを通りこしてあきれた。

 俺は的外れなことをしてるのか。わきあがる思いを。おれは必死で押さえつけていた。

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